Ambivalent and Vague

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14/撫でる

その奥底に繋がれしもの

 
「ち、ちくしょうっ」
 男は息を切らせながら、それでも力の限り走るしかなかった。裏世界で名を挙げたかった男は、とある男に勝負を挑んだ。どれほどの人間から「止めろ」と言われただろうか。「命を落とすだけだ」「勝ち目はない」と。しかし、自分の腕を過信していた男には、それらの忠告など響かなかった。そして、ついに対峙したその瞬間、今までの自分が持ち合わせていた自信やプライドなど、一気にかき消されていた。息を潜めようとしても、身体の震えが止まらない。
「へぇ、そこかぁ」
 声が響くと、男は身体をビクリとさせる。暗闇に紛れるようにじっとしていなければならないのに、自分の心臓が暴走を起こして、これでは自分の居場所を示してしまう。身体の震えは、吹き出た汗を次々に地面へと落とした。眼に入った汗が痛い。それを拭おうと上を向いたとき、男は声なき悲鳴を上げた。
「やっぱり、ここだったんだぁ」
 とある男、撩がそこにはいた。このままでは殺される、まだ死にたくないと思っても、男がただ出来るのは、床にはいつくばって逃げようとすることだけだ。「ひぃっ」と言いながら冷静さを失った男の姿は、撩にとある感情を呼び起こした。
「めんどくせぇなぁ…」
 この世界の男との闘いならば、自分の血も滾るというものだ。しかし、大きなことを言いながらも結局は無様に逃げるしかない存在は、撩にとって獲物にもならない。その光景は撩を苛つかせ、髪の毛に指を挿し入れて手荒に自ら乱していた。普段乱れることのない髪型はまるで自分を統制するリミッターを思わせ、その行動は自分でリミッターを解除したかのようだった。それに気付いた撩は、
「たまにはいいか」
と自らを解放させてゆく。撩は纏う闇を隠すことなく、むしろ闇を引き寄せるようにして佇んでいた。男が見たのは、薄ら笑いを浮かべながら、銃口を向けている撩の姿だった。

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 ぽっかりと開いた空虚な黒に吸い寄せられるかのように男が見つめていると、
「うわぁ!」
と痛みで現実に戻された。男は自分が撃たれたことを理解した。ならば、なぜ自分はまだ生きているのだろうか。
「なぁ、もう少し俺を楽しませろよ」
 その台詞で何が起ころうとしているのかを理解した男は、目の前の闇に身を捧げるしかない。次こそ命を奪われるのだろうと思う瞬間に、男は何回も引き戻されていった。


 そしてその廃墟に残されたのは、何をも見ていないガラス玉のような眼がはめ込まれた赤黒い物体だった。
「いい夢を…」
という撩の言葉を、その物体が聞いているはずもなかった。





 いつもなら、自分に染み込もうとしている闇の痕を消し去ってから入るアパートも、今夜の撩はそのまま帰宅していた。真っ直ぐ向かうのは、甘やかな香りが漂う相棒の私室。夜の中で、香は穏やかな眠りについていた。華に引き寄せられる蟲のように、撩は香に近づいていく。これだけ解放された自分にも気付かない女に苦笑いしつつ、その柔らかな肌を感じたくて、そっと頬に人差し指を沿わせた。そのまま耳に掛かっていた髪を指先で動かすも、深い眠りについている香はそれでも起きることはなかった。
「…お前、それでいいわけ?」
 どこまでも気付かない白い華が「別世界の存在である」と突きつけられるようで、こうして僅かにでも触れたところが黒く小さな点となり、そこからじわじわと広がって暗黒色に染まらないものかと撩は思い始めていた。もちろん一気に堕とすのならば、今から強引にでも事に及べばいい。
「それじゃ、楽しさは一瞬。すぐに終わっちまうな」
 獲物にもならなかった男のように、その表情を歪めてみたいのか。逃げたいのにそうはさせてもらえず、撩から享受される全てはやがて、華を変貌させるのだろうか。色は変わらずとも、その白が妖しく艶めくとしたら。
「だったら、お前が目覚めているときの方がいっか。寝てる間なんて、もったいねぇ」
 今はどんなに触れても、そのあどけない寝顔はそのままだ。驚愕の表情と恐怖に震える躰を夢見て、撩は触れる指先をそっと離していく。
「いい夢を…」
 その耳元でねじ込むように囁いたのは、奇しくも先程と同じ言葉だった。







Special Thanx to M.Hituji
From "Tea for Two".


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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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