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Ambivalent and Vague

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26/世界のかたすみ

海の底から誘う手

 
 それはいつものことだったし、二人にとっては他愛もなかったことのはずだった。
 だが、表面張力ギリギリのコップに水を一滴垂らせば溢れてしまうように、「いつも」にするには多少のゆとりが必要となる。少なくともこの時の香には、そのゆとりは無かった。目の前で依頼人と撩が抱き合っている、そのシーンを目にして、いつものようにハンマーを振るうことが出来なかった。
 「愛する者」と言われても、身体を繋げるようになっても、撩は撩のままだった。自分だけが女にさせられ、嫉妬心を煽るように女性との関係を見せつけられる。「撩の側にいられればいい」と思えば救われていた時期は終わり、香は自分が伸ばした手を撩に取ってもらいたいと考えるようになっていた。一般的な恋人同士ならば当然であるはずのことも、撩には決して当てはまらないと香は思う。そうであるならば、香が我慢をするしかなかった。
 ただ、人が我慢出来るにも限界はある。コップの水をこぼさなければ、新しい水は入らない。さもなくば、こぼれることを覚悟して注ぎ続けるしかない。行くか戻るか、どちらも取れない香は、どうしたらいいのかがわからなかった。


 だから。
 海を見たいと思った。


 秋も近い海は色を濃くし始め、誘うように白波を立てている。自分を誘うような、数多の手。そこへ手を伸ばせば、一体何が待ち受けているのだろうか。それを確かめたくて、サンダルを脱いだ香は素足を海に浸した。
 少しずつ、少しずつ。香は誘う手の中を歩いていく。どんなに歩いても、香の中は何も潤されない。コップの水はこぼれないし、新たな水が注がれることもない。それでも、香は海の果てへと歩いていった。
 次の瞬間、香は腕を力強く引っ張られた。
「何をしているんだ?」
「りょお?」
「何をするつもりだったんだ?」
「…何も。ただ…」
「ただ?」
「海に、呼ばれた気がしたから…」





 香がいないと気付いたのは午後のことだった。香はいつものように振る舞っていたつもりだったが、実際は避けられていたと撩は思う。
「あのバカ、まったく…」
 傷ついた依頼人を癒すのも自分の役目だと思うからこそ、出来る範囲でなら求められるままに撩は与えていた。昔ならば、身体の関係を求められれば二人ベッドで身体を絡めていたし、少女趣味なデートだって嫌な顔ひとつせずに付き合っていた。あの依頼人を抱きしめたのはそういうことであって、他意はない。「愛」というものなど、形骸化された言葉だけがそこに横たわっているだけだった。
 それでも香にとっては耐えられないことであり、だからこそ撩は避けられていた。撩の中で、香という存在はきっちりと線引きされ、他者とは異なるというのに、香だけがそれをわかっていなかった。「知らない」とは言わせないよう、その白い身体に刻み込めばいいのかと撩は思案するが、それが最適だとも思えない。


 情報という、香への糸を辿る。
 その先で香は、海へと飲み込まれそうになっていた。


 「香!」といくら呼びかけても、香は振り返らないどころか、その足を沖へと一歩ずつ進めていた。
 ───奪われる。
 そう思った撩は、その動きを止めるように海の中を走って香の腕を強く引っ張った。





 二人には言葉もなく、視線も交わされない。ただ、二人のいるこの場所だけが世界から切り離され、どこかの片隅に追いやられているような静寂と閉塞感に包まれていた。
 この世の何ものかに奪われて喪うぐらいなら、香を別の意味で切り裂き、その全てを愛でればいい。この場所が誰を意識するともなく振る舞えるところならば、天の邪鬼な自分を出す必要も撩にはない。
 香を守るための騎士は、もうそこにはいなかった。


「帰るぞ」
「イヤ」
 全身で香に拒否された撩は、有無を言わさずに香を抱き上げた。名残惜しそうな海は、香の足へと滴を残している。
「止めて、下ろして」
 香はそう言うのに、撩は全く聞いていないかのように砂浜へと向かって歩いていた。
「離して!」
 どんなに言っても、香は自由にならない。無言のまま、撩は歩みを止めなかった。静寂と閉塞感は香を捕らえる檻となり、その感覚に香は恐怖を抱くようになった。「ここから逃げ出したい」、それが香の偽らざる願いだ。
「私を解放して」
「………」
「聞いてるの? だから!」
「聞かない」
 香の身体はフワッと浮き上がり、そして砂浜に押し倒されていた。いつの間にか夜となり、厚い雲に隠れて月明かりもない中では、自分に覆い被さっている男が誰なのかを確かめようがない。ただ煙草と硝煙の匂いだけが、その男を撩だと告げるだけだった。
「撩、だよね?」
「………」
「撩なんでしょう?」
「………」
 何も告げられず、何もされず、ただ目の前に男がいるだけ。それは恐怖となり、香に罪悪感を作りだした。二人の位置を一気に確定させる、香には決して出来ない駆け引きの形だった。
「何か言って。怖いよ…」
「怖くない」
 やっと言葉が生まれても、その冷酷な物言いは香の身体を恐怖で縛るだけだ。
「もうやめて、謝るから」
「やめない」
 涙がぽろぽろと止まらない。普段は強がる香がこんなにも撩に求めているのに、撩はその願いを叶えたいとも思わない。囚われた姫君に悪魔が贈ることが出来るものは、堕落への囁きだけだ。
「かわいい、な…」
「ヤダヤダヤダ!」
 いつもなら「珍しいわね」と言いながらも嬉しく思う言葉も、今はその意味が異なっている。香の本能がそれを感じ取っており、その場から力一杯逃げようとした。だが、それを撩が許すはずもない。
「受け取ってくれるだけでいいのに」
「何を、よ」
「わからない?」
「わからないから聞いてるんでしょ!」
 その瞬間、雲から姿を現した月が二人を照らした。淡い月の光でも眩しい香は、何回もまばたきを繰り返す。そのうちに目の前が見えるようになり、香はその光景に言葉を失った。目の前にいる男が誰なのか、本当にわからなくなってしまった。見るものを蹂躙するような視線が香を貫く。撩の顔だとわかるのに、香にはそれが撩だとはとても思えなかった。


「愛してる」


 そんなことを言われても、自分はこのまま壊されていくのだろうと香は気付いていた。暗闇から伸びる手に抗うことも出来ず、「あ、あ…」と口にするだけで身体を動かせない。撩の容赦ない海に沈められ、香は何回も溺れていく。それは香から抵抗する力を失わせ、香は撩の思うままに揺さぶられていった。

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  2. せつないふたりに50のお題

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好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息してたけど、只今休眠中。

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