Ambivalent and Vague

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拈華微笑 1

祭りのまえ (R-18)
※好みの分かれる内容ですので、「何でもドンと来い!」という方はどうぞ。


 
「ちょっと、何をそんなに焦ってるのよ。時間はまだ、たっぷりあるでしょ?」
 男の性急な動きに、女は苦笑いしながらも指を男の髪に絡める。自分がこんな魅力的な男を虜にしていることが誇らしい、女はそう思ってウットリしていた。
「そんなに欲しいの?」
「別に」
 それにしては、男の言動は冷ややかだ。女の身体を這い回る熱に比べると、耳にする言葉は氷のように冷たい。素っ気ない男もいるからと考え、女はさらに問い掛けることにした。その結果、男がもっと自分を求めてくれればそれでいい。女は自分の魅力を自身で実感出来る。
「本当?」
「煙草と同じだ」
 煙草にはそれなしでは過ごせなくなるような依存性がある。やはり男は自分を求めているではないか。そう女が思ったとき、男の言葉が続いた。
「煙草があったから吸った。そんだけ」
 女の鼓動が速くなっていく。自分にのめり込んでいくという比喩としての煙草かと思いきや、どうやらそうではないらしい。むしろ逆のように聞こえる。たまたま近くにあったから手に取ってみただけ、それでは女は自分の価値を確認出来ない。
「どういうこと?」
「言葉の通りだ。別に銘柄なんざ気にしない。たまたまあったんでな」
「ちょ、ちょっと。それってどういう!」
「うるせぇんだよ。声出さねぇなら、さっさと身体を震わせてイケよ」
 男は左手で女の口を塞ぎ、右手は女の身体の中心へと向かっていた。突然のことに何の反応も出来ない女は、その中心で好き勝手に蠢く指にとろかされ、与えられた快楽を自ら受け入れるように身体を開いていった。男が左手をどけると、女は呼吸をするのと同じように喘ぎ声が出てしまう。その様子を男は相変わらず冷ややかな目で見ながら、自らをその中心にあてがって沈めていった。その動きはまるで、流れ作業のように淡々としていた。


 数時間後、部屋には死んだように眠る女の姿だけが残されていた。





 どうやら撩は、昨日も午前様だったらしい。そしてそれは、恐らく仕事だ。
 香が撩と関係を持ってから1年が経とうとしている。最初は羞恥心だけが前面に出ていた二人の行為も、今ではその時間を少しは楽しめるようになってきた。ただ時折、撩は不可解な冷たさを見せるときがあると香は感じていた。関係する前に押しつけられていた、不器用さから来る冷たさではない。香にすら入り込めない領域がそこにあるようで、それが一体何なのかと思っていたところだった。
「撩、そろそろご飯よ」
「うん? あぁ、わかった」
 撩がチラリと香を見て、そのまま視線を外してクローゼットへと移動する。香が「不可解な冷たさ」を認識するのは、こういった一瞬でのことだ。見た目はいつもの撩でも、香からすると、やはりどこかが違っていた。
「どうした、香。まだ何かあるのか?」
「う、ううん。なんでもない」
「そっか。じゃ、ちょっと顔洗ってから行くから」
「わかった。待ってるね」
 香のそばを通った撩には、二人のものではない濃密な空気が僅かに残されていた。そのうなじから放たれる香りは、香の頭に女の姿を描き出す。これも初めてのことではない。今までに何回もあったことで、最初は怒って撩に詰め寄り、そのうちに悲しくなって撩から距離をとったこともあった。その度に撩はいつも以上に「いつもの撩」であろうとし、その雰囲気に絆されて元の鞘に収まっていた。
 今ではその「不可解な冷たさ」と「濃密な空気」はセットになっていると香は気付いている。あれはいつのことだったか、いつも以上に激しく愛されて気絶するように眠った後、ふと目を覚ましたことがあった。夜と明け方前の僅かなその時間、隣にいるはずの男はいなかった。冷たくなったシーツは男の不在を表し、自分とシーツに残された情事の痕は男がいたことを示している。そのまま寝付けずにいると、玄関から微かに男の気配が感じられ、香は急いで寝たふりをした。撩は寝室へと静かに入り、その全てを脱ぎ捨てて香の横へと滑り込んだ。撩の熱い体は香にとっては優しく包む温かさとなり、いつの間にか寝てしまっていた。そして朝、入り込めなさを残した撩の目に出会ったのだった。
 その後、撩はいつもの撩だった。





 伝言板チェックの後、香はキャッツアイで美樹と話していた。
「香さん、どうしたの? 何か元気がないわね」
 コーヒーを差し出した美樹が心配そうに香をのぞき込んでいる。
「ううん、そんなことないわよ。暑さと涼しさの変化に身体が付いていけないだけ、じゃないかな」
「そう、それならいいんだけど。…あ、香さん、ちょっと待っててね」
 いいことを思いついたとばかりに、美樹は裏手に消えていった。カウンターには海坊主もいるが、今日はどちらからも話し掛けない。店内にはサイフォンがコポコポとしている音だけが広がっていた。「海坊主さんぐらいなら、私の懸念はわかっているんだろうなぁ」と香が思っていたとき、美樹が戻ってきた。
「はい、これ」
 美樹が差し出したのは、小さな黒い箱だ。開けてみると、それはシンプルな口紅だった。繰り出してみれば、オレンジがかった美しい赤が見えてくる。
「これ、どうしたの?」
「店員さんに勧められて買ったんだけど、やっぱり私には似合わないと思うのよ。香さんなら似合うだろうと思って」
「そんなことない、私にこんな赤い口紅なんて似合わないわよ」
「そう思っているのは香さんだけよ。絶対に似合うって。なんなら、今つけてみる?」
 香は美樹の申し出を丁重に断ったが、口紅を押しつけられたままで帰宅することとなった。
「こんなの、似合うはずがないじゃない」
 苦笑いしながらも、誰もいない家でなら試してみようかと口紅を唇に近づけたとき、
「たっだいまぁ」
と撩の声がした。香は、口紅を鏡台にしまってから廊下に出た。
「おかえりなさい」
 そう出迎えた香に、撩は微笑みかけていた。





 この日の夜も、撩はいつも以上に激しかった。香は撩の動きを一つでも逃すまいと、快楽に抗いながらも抱かれていると、
「香ちゃん、今日はもっと、ってことかな」
と愛撫を激しくされた。激しくも丁寧な指遣いは、香を単なる女へと変化させる。撩の唇は優しく香の肌を啄み、その舌は癒すように潤していく。激しくも優しい撩の動きは香から抵抗する気持ちを無くし、いつしか自らも撩を引き寄せる動きを見せていた。
「積極的だね、香ちゃん」
「いやぁ、そんなこと、言わないで…」
「香…」
 その深く低い声で耳を塞いだ後、自分の匂い、そして存在すらも染み込ませるように、撩は香の身体に自らを擦り込ませていった。


 ふと目が覚めると、一緒に寝ているはずの存在はいなかった。
「また、お仕事に行っちゃったのかな」
 パートナーである自分を仕事に連れて行かないことに寂しさはあるが、撩なりの考えがあってのことだろうと香は思っている。そう思えるほど、二人の関係は身体の繋がりによっても強められていた。このままこの寝室で待っていれば、僅かな違和感が存在する朝といつもの日常が迎えられる。今まで通りの変わりない時間は、二人にとって何よりも得難い、実は特別な時間だ。しかし、撩にどんな理由があろうと、他の女の存在を纏わせて帰宅されるのは気分が悪い。
 日中、持ち出された子機で話していた撩の声を思い出す。そこはある地名だった。
 このままここで待っていれば「いつもの二人」でいられるにも関わらず、この時の香はそれを選ぼうとはしなかった。着替えるために自分の部屋へと入った香は、クローゼットではなく鏡台へと近づいていった。
「ラストシーン、ね…」
 そう言いながら、引き出しから黒い物体を取り出した。





「風はこれぐらい、か…」
 今日の仕事は、某国の反乱軍トップの暗殺だった。その部屋に乗り込んでも仕事は遂行出来たが、トップが過ごしている部屋を狙撃出来る場所が見つかったため、撩は屋上からのライフル狙撃に切り替えた。香のもとへ戻ることを考えると、出来るだけセーフティーな方法を選びたいと思う自分に気付き、撩は苦笑した。
「あーんな大きな窓のある部屋にいるんだもんな。よっぽどの自信家か、バカしかいないってか」
 トップの部屋は大きな窓からよく見えていた。外を睨み付けるように、戦闘服を着た兵士が立っている。
「まったく、弾が当たったらどうするんだよ」
 本来ならば選ばない満月の日だが、この日しかチャンスがなかった撩は迷わず決行日とすることにした。満月が雲に隠れた時を見計らい、撩はスッとライフルを構えた。トップの頭に照準を定めて引鉄を引いたその瞬間、外をにらんでいた兵士がトップを隠すように動いた。
「なにっ!?」
 本来トップを仕留めるはずだった弾は兵士を亡骸にし、部屋は騒然となっていた。撩はすぐさま照準をトップに合わせようとするも、既に窓ガラスから見える範囲からは消えていた。
「くそっ!」
 舌打ちをしてライフルを下げようとしたとき、他の兵士に止められながらもトップが視界に戻ってきた。机の引き出しを開けて、何かを探している。撩はチャンスとばかりに照準をトップの頭へ合わせ、再び引鉄を引いた。今度こそ、弾はトップの頭を通過した。
「ふうっ」
 仕事は終わったが、撩はどうにも身体が興奮状態から収まらなかった。人間が危機的な状況に陥ったとき、まず素早く行動出来るように臨戦態勢に入るといわれている。それから対象が自分に危害を為すものかどうかを判断し、危害を為すならば対処可能かどうかを判断する。予定外のことは撩の身体を緊張させ、素早い判断を必要とする状況はさらに撩の緊張を強めることとなった。自らが敵陣に飛び込んでいく戦闘ではないものの、それと同じぐらいの昂ぶりを撩は自分の中に感じている。そしてそれはいつものように、自分のアパートまで堪えられるものではないことも撩はわかっていた。
「いつものように、か」


「いつものように、ね」
 こんな場所で聞こえるはずのない声に撩が振り向くと、そこには自分が家に置いてきたはずの女が立っている。コツコツとヒールの音を立てて近づいた女は、いつもの香のようで香ではなかった。微かな風にも揺れるようなワンピースを身に纏い、その唇は撩を誘うように赤い。
「何しに来た」
「別に。見てみたかったから、来ただけよ」
「おまえに言わない仕事をしている、俺を?」
「いいえ。そんなことじゃないわ」
「じゃあ、なんだ?」
 予定外のことが続くと、いくら相手が香でも身体の昂ぶりは収まらない。いつもなら帰宅し、香の存在を腕の中に捕らえれば完全に収まる昂ぶりも、今はその機能を果たしてはくれなかった。
「この後」
「この後?」
「どうせ、どこかで女を抱くんでしょう?」
「おまえ、怒ってるのか?」
 撩は香が気付いていないとは思っていなかったが、この昂ぶりを家まで持ち込むのは至難の業だった。香を相手に自己中心的な行為をしたくなかったというよりは、単に昂ぶりが強すぎて抑えきれなかったのだ。
「怒ってはいないわ。気分が悪いのは確かだけど」
「なら、なぜだ」
「そうね、そんな衝動的な撩を見てみたかったから、かしら」
「ふーん」
 撩はライフルを収めたケースを足下に置き、香へと近づいていく。香はじっとその動きを見つめていた。いつもの行為で見られる優しさは今の撩には見当たらず、ただ闇に囚われた冷たい瞳が香を射抜くように見つめている。
「それなら、ここに女の身体があるんだ。貸せよ」
 そう言いながら、撩は香の胸を鷲掴みにした。力任せのその動きに痛みを感じ、香は若干顔をしかめる。それでも、香はまるで撩を挑発するかのような強い光を湛えた目で見返していた。
「やれるもんなら、やってみなさいよ」


 いつもは蕩けるかのごとく愛し合う二人が、今はまるで敵同士のように対峙していた。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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