Ambivalent and Vague

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Zero Gravity 24 (K)

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泡と消えゆく前に (R-18)

 
───私はどこまで落ちていくんだろう…。
───このまま、もう会えないのかな。
───撩…。





「私の作品が出来上がるまで、私を守って欲しいのです」
 あれから数ヶ月経って久し振りに舞い込んだ依頼は、とある芸術家からのものだった。西口さんと名乗ったその男性は、破格の依頼料を提示して「お願いします」と私たちに頼み込んできた。まだお金には少しゆとりがあるものの、やはり撩と二人きりになるのはまだ心臓に悪いときがあって、依頼という時間で気分転換を図りたいのも正直なところだ。相変わらず男の依頼はイヤだと渋る撩を何とか言いくるめ、この依頼を受けることにした。
 西口さんの話によれば、今回の作業を進めていると脅迫を受けたり、実際に作品の一部が盗まれたり、壊されたりすることがあったらしい。そんなことが起こるくらい有名な人なのか、私にはよくわからないけれど、何かしらの理由があるのかもしれない。
「思い当たることはありますか?」
と私が質問をしても、西口さんには理由がさっぱりわからないと言う。不安そうに言う西口さんに対し、
「任せてください!」
と私は言った。不安そうな表情のままでいる西口さんを何とかしたい、私は自分を依頼モードに切り替えた。


 依頼内容がボディーガードならばアパートに泊まってもらうのが基本だけれど、西口さんはどう説得しても首を縦に振らなかった。仕方なく私たちは、アトリエがある西口さんの別荘に泊まり込むことにした。
「さてと、明日からは西口さんの別荘に泊まりだから、仕度しなくちゃ」
「別荘まで来いだなんて、ずいぶんとワガママな依頼人だな」
「仕方ないじゃない。本当はここに来てくれたほうがいいけど、作業があるんだもの」
「ふーん」
 その言葉にどこか棘を感じた私は、撩へと顔を向けた。
「えっ!?」
 どこか意地悪そうに微笑んでいる撩がそこにはいて、少しずつ私との距離を縮めていた。この数ヶ月でイヤと言うほど思い知らされたことは、こういう撩はすんなりと私を解放してはくれない。まるで囚われたかのように撩という身体で拘束され、私は撩の全てをこの身に受け続けなければならないのだ。苦痛を通り越した快楽は、私の健全な思考をどこまでも奪い去っていく。終わりの見えない時間は、その時の私を単なる撩の人形に変えていた。
「ちょ、ちょっと。私は仕度するんだからっ」
「そんなもん、着替えとかだけだろ。そこまで遠くないんだ、足りなきゃ帰ってくればいい」
「でもっ」
「あの男がいるところで追いつめられたいんだったら、俺はそれでもいいけど?」
 そう言った撩の目は、どこまでも昏い。私がここで撩の要求を飲まなかったら、今言ったことを実行するのだろう。そう考えると、今までの私は本当に甘やかされていたんだなと思う。私の逃げ道は用意されていたし、あの何もない、でも特別な関係でいることを許してくれていたのだ。しかし、今はその選択肢がない。用意されている逃げ道は、実は撩が私に求めている選択肢の一つでもあった。
「撩…」
「そう怖がるな。俺がいじめているみたいじゃねぇか」
「違うの?」
「いじめてはいないだろ? 気持ちいいことをするだけなんだから」
 言い終わった撩は、そのまま私の唇を捕らえてきた。熱い唇が、舌が私を掻き回して翻弄する。その熱は私の耳や首筋を這い回り、行く先々で火を灯していく。撩の動きは執拗で、今いるのが私の部屋だということを忘れてしまいそうだった。
「あつい、あついよぉ、りょお…」
「じゃあ、脱げばいいんじゃねぇの?」
 まだ身体を重ねる前、撩が私の身体に触れているだけだった頃、私は撩に同じようなことを言ったなと思い出した。その時の撩は、熱くなった私をそのままにして出掛けてしまったんだっけ。そして…。
 そう思い浮かんだ瞬間にベッドへと押し倒され、私は何もかもを脱がされていた。いつの間にか脱いでいた撩が私の身体に絡み付いてくる。そして私の頭がボーッとしたところで、ソレは入り込んでいた。
「あはっ」
 撩の腰が私の身体に叩き付けられ、その衝撃で息が出来ない。涙を流しながら息をするしか出来ない私は、撩にいとも簡単に追いつめられていく。
「香…」
 私の名前を呼んでくれた撩の声がどんどん遠く感じ、暴走した熱は私を無音の世界へと堕としていった。


 翌日、撩と私が西口さんの別荘へ行ってみると、荒らされたアトリエには無惨にも壊された何かが床に散らばっていた。
「いつものことですよ。もう驚きませんが、理由がわからなくて…」
 そう言いながら一人アトリエを片付ける西口さんを見ていられなくて、私は手伝うことにした。
 私たちが依頼を受ける場合、例え相手がどんな人物であっても身辺調査をすることにしている。それは撩に任せるとして、私は目の前の西口さんを観察することにした。年齢は50代、中肉中背という感じで、芸術家にしては腕が逞しい。絵を描くだけでなく石膏像なども手がけると言っていたから、重いものを持つ必要があるのだろう。逞しさはそこから来ていると予想した。そんなことをしていると、荒らされたアトリエはあっという間に綺麗になった。
「ありがとうございます。やっぱり香さんは優しい人ですね」
「え、そんなこと、ないです…」
 そんなことを言われ慣れていない私は、恥ずかしくて照れてしまう。ふと部屋の入口を見ると、そこに立っている撩が私たちの姿を眺めていた。





 それ以降は何事もなく時間が過ぎていった。作品製作中は集中したいという西口さんの意向で、撩と私はアトリエに入ることが出来なかった。このまま何も起こらずに作品は出来上がるのではないかとも思うけれど、荒らされた部屋の様子を思い出してしまうと、依頼料を先払いされたこともあって、「何とかしないと」という思いが私の中に湧き起こる。
 制作以外の時間になると、西口さんは私たちと関わりを持とうとすることが多かった。
「香さんは、どんな服でも着こなすことができそうですね」
「そんなことないです。普段はこんな、動きやすい服しか着ていませんし、似合いませんし…」
「何をおっしゃる、動きやすい服はお仕事のためでしょう? お休みの日ぐらい、着飾ってもいいと思うのに」
「そう言っていただけるだけで、ホント…」
「そうそう、私が好きな女神の絵があるんですが。それに描かれているドレスがきっと似合いますよ」
 なんだかここまで言われることは今までなくて、むしろ素直に受け取れなくなるほどに心の奥がムズムズしてくる。人間、褒められすぎても、その言葉の向こうに何かを感じるものなのだろうか。
 撩は私を表立って褒めるなんてことはしない。相変わらず憎まれ口ばかりだし、その様子を見た美樹さんに「香さんも気の毒ね…」と言われたこともあった。夜だって、苛む言葉で私から抵抗する力を奪うだけだ。それでも、私の名前を呼ぶ撩の声に熱を感じて、私の身体はさらに熱を帯びていく。そんな私は、既に撩によって変えられてしまったのかもしれない。
 今の西口さんの言葉にどう反応したらよいのかがわからなかったけれど、とりあえずは良いことだと受け取ることにした。
「そうですか…」
と笑顔で頷く私を、西口さんはどこか満足そうな表情をして見ていた。
「えぇ、そうです。近いうちに叶えてあげますよ。その姿にね」
 西口さんの言葉の意味がよくわからなくて質問しようとしたけれど、西口さんの眼は私ではなく、どこか彼方を見ているようだった。





「気分転換に付き合って欲しいんです」
と私が西口さんに言われたのは、撩が西口さんからの用事でアトリエを離れている時だった。作品制作に必要ですぐに使いたいものを取りに行って欲しい、そう頼まれた撩がクーパーに乗ってアトリエを去っていったのが午前中のことだった。
「こんなの、すぐに使うのか?」
「えぇ、使います。依頼料を先払いしましたから、こういうこともお願いしたいのです」
「まったく、人使いが荒いな」
 そう言っていた撩が去ったアトリエは、どこか寂しい雰囲気が漂っていた。それが私の表情にも出ていたのだろう、西口さんはそれを指摘してきた。
「そんなに冴羽さんが居なくなるのが寂しいですか?」
「いや、そうじゃないんですけど。あいつがいると結構賑やかだから、居なくなると静かだなと思って」
「そうですか。…ところで、お二人はどんな関係なんですか?」
「えっ? それは、仕事のパートナーという関係、ですけど…」
 突然質問をされた私は、いつも用意している答えを焦りながら言うしか出来なかった。
「では、香さんはお付き合いをしている男性がいらっしゃらないんですね」
 さらに突っ込んで聞いてくる西口さんに私はさらにしどろもどろになり、兄が亡くなったので身内がいないこと、仕事の都合で撩と一緒に住んでいることを話してしまった。
「指輪をしているから、どなたかいらっしゃるんだと思っていました」
 西口さんの視線の先には、私の右手薬指にはめられた青い指輪があった。
「あぁ、これですか。前に見つけて、一目で気に入って買ってしまったんです。…へ、変でしょうか…」
「いや、そんなことはないです。香さんによく似合っていますよ」
 どこか追いつめられていたような感じがして緊張したのだけれど、フッと微笑んだ西口さんに私はホッと一息ついた。
「そうですか、お一人なんですね…」
 微笑みながらそう言う西口さんに私はどう反応したらいいのか、またしてもわからなくなってしまった。何もされていないし、言われてもいないのに、どうしてここまで私は西口さんの言葉にいちいち引っかかるのだろう。それがわからないまま、今日は二人で過ごすしかなかった。


「今日は私が昼食を作りますよ」
 私がこの別荘に来て以来、食事は私が担当していた。それは西口さんのためでもあったし、撩のためでもあった。撩は何でも食べてくれるけれど、放っておいたら食事なんて気にしなくなってしまう。単に食事を作るだけでなく、そこには撩の体調管理という意味合いがあった。
 いつも私が三人の食事を作っているお礼だと言って、西口さんが料理しようとするのを私は止めようとした。確かに撩はいないけれど、依頼中に依頼人に気を遣わせるのは、どうしても気になってしまう。
「せっかくですから。冴羽さんは舌が肥えていそうだから難しいけど、香さんは楽しんでくれそうだし」
「あいつは何でも食べますよ、あはは」
 男性に料理を作ってもらうなんて、と思ったものの、もともとアニキが作ってくれていたし、今もたまに撩が作ってくれるようになった。考えてみれば、男性に料理を作ってもらうというシチュエーション自体には慣れている自分がわかり、そのことが私を少しは落ち着かせてくれた。せっかくのお誘いを無下にするわけにもいかない。だから、今回は西口さんの好意に甘えることにした。


 「出来ましたよ」と言われて行ったダイニングには、豪華な食事が並んでいた。フランス料理なのか、ソースがふんだんに使われていて、せっかくだからと料理にたっぷりと絡めて食べていく。
「とっても美味しいです!」
 私は西口さんが出してくれる料理を味わいながら、その都度感想を伝えることにした。
「それはよかった」
 西口さんは私に微笑みかけながらそう言ってきた。けれど、どこかその微笑みがぎこちない。どうしてかと考えても、その理由がわからなくて、気のせいだと思うことにした。そして食後のコーヒーを飲んでいるとき、西口さんは私に改まって話を切り出してきた。
「ところで香さん、気分転換に付き合って欲しいんです」
「気分転換、ですか? 私が一緒だと、逆に気を遣わせませんか?」
「いえ、そんなことはないです。ちょっと作品のアイデアが煮詰まってしまったので、協力して欲しいんですよ」
「そういうことですか。でも私、あまり芸術のことはわからないから…」
「いいんです。香さんにしかご協力いただけないことなので」
「そうですか、わかりました」
「そう言っていただけるとありがたい。では、階段下の部屋に用意してある服に着替えてもらえますか?」
「着替える、んですか? はい、わかりました」
 気分転換、アイデアへの協力。そのことにどうして私が着替えるということが関わってくるのかはよくわからなかったけれど、イメージを浮かべるというのであれば、モデルのようなことをするのだろうか。そんなことを思いながら指示された部屋に行くと、そこにはパールカラーのドレスが置いてあった。「まるでウェディングドレスみたい」と思いながら、私はドレスに袖を通した。着替え終わって部屋の椅子に座ったところで、なぜか私の頭がボーッと霞が掛かったようになった。
「あれ、どうしたんだろう…」
 背もたれにだらりと寄りかかった身体を起こそうとしても、自分の身体が言うことをきかない。一体どうしたのかと思っていると、部屋のドアが突然開いたのがわかった。
「やはり似合う、美しいですね。では、行きましょうか」
 私の耳には西口さんの言葉が入ってきていたけれど、それが何を意味するのかはさっぱりわからなかった。





 完全に意識を失ったわけではない私は、自分が西口さんに抱え上げられて外に出たことはわかった。たぷんたぷんと音がするから、アトリエ近くの湖に向かっているのだろう。そして、私はどこか固い場所へと寝かされた。そこはとても不安定で、ぐらぐらと揺れていた。湖の近く、不安定。一体私は何をされて、これからどうなっていくのか。考えられない頭を一生懸命回転させようとしても、やはり答えは見つからない。ガタンと大きな音がしたと思ったら、ちゃぷんという定期的な音が耳に入ってきた。ゆらゆらとした動きが私を眠りに誘おうとするも、頭のどこかは危機であると冷め始めていた。そうは言っても、身体が言うことを聞かなければ何も出来ない。
 はあはあ、と誰かの荒い息遣いが聞こえたかと思うと、
「やっと、やっとですよ。これで作品が完成する」
という西口さんらしき声が聞こえた。
 ───作品が完成する? 仕上げ?
 考えているその間にも、私の手首と足首には何かの違和感が残るようになった。
「さて、仕上げといきましょうか」
 背中に当たる固い感触が無くなったかと思うと、今度は別の痛みが背中を襲う。自分の身体が中途半端に持ち上げられて、違う場所へと移動させられているようだ。痛みが背中から腰の辺りへと移動したと思ったら、私の身体はズルリとどこかへ落ちていった。
 そう、私はその時初めて、自分が湖に落とされたことに気が付いた。目の前の光はどんどん霞み、意識も遠くなる。





───私はどこまで落ちていくんだろう…。
───このまま、もう会えないのかな。
───撩…。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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