Ambivalent and Vague

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Zero Gravity 24 (R)

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零れ落ちる水 (R-18)

 
「香、ちょっと」
「なぁに?」
 香を呼び出した俺は、
「ちょっと手を出して」
と香に頼んだ。状況が飲み込めない香は、不思議そうな顔をして首を傾けている。
「ほれっ、出せって」
 さすがに二回も言われれば、香も俺の言葉に従ってくれた。香の白くしなやかな両手が何かを受け止めるように差し出される。俺はその中に一つ、冷たい物体を落とした。それを見た香が、驚きの顔から一瞬にして眩しいほどの笑顔になる。嬉しそうにそれを見ている香は、本当に可愛いと思う。そして、その笑顔をずっと見ていたいとも。…これが「愛しい」ということなのだろうか。それがわかれば、俺も香も苦労しないのだろうが…。





 ある日、久し振りに依頼が訪れたが、最初からこの男が気にくわなかった。
「私の作品が出来上がるまで、私を守って欲しいのです」
と依頼時に言ってきた西口という男は、見た目は人畜無害な印象でも、どこか引っかかる。それが何なのかを探るために、俺は香とヤツが話しているところをじっと見ていた。話の内容とは関係なく、西口は香の顔を見つめていることが多かった。男の依頼人が香という存在を気にする、その前触れとしての行動ではなく、香の中に何かを見つけたというような「凝視」だった。そういえば、初めて香の顔を見たときの表情も気になる。心から驚いたような顔をして、
「あ、あの、何か…」
とあの香が言うくらいだった。
「いえ、シティーハンターの方がこんなに美しい方だとは思わなくて」
と何回も聞いたことがある台詞を吐かれても、そこに西口の本心があるとは思えなかった。本来ならば断りたいところだが、依頼人を助けたいという香の気持ちを無下にするのは避けたい。だが、いつも以上に依頼人についての調査を進めなければならないと思いながら、お約束のごとく、
「えええ~っ。撩ちゃん、男の依頼なんてコリゴリッ、楽しくないっ」
「まぁた、あんたはどうしていつもそうやって」
「だって、本当のことなんだも~ん」
というやりとりをしては、香に押し切られる形で依頼を受けることとなった。決まったものは仕方ない、策を講じるためにも、すぐに西口の情報を集めることにした。
「思い当たることはありますか?」
 そう質問した香に対して、西口は「わからない」と言う。この状況で抱いた違和感、そして西口からの話を踏まえ、一気に仮説を組み上げていく。香はヤツの不安そうな表情に何かを思ったのか、
「任せてください!」
と言っていた。困っている依頼人に対して香が一生懸命なのはいつものことだが、今回は別の事情も加わっているように思えた。きっと、俺と二人きりの時間にまだ困ってしまうとか、そういう類なのだろう。
 俺が香を自分の世界に入れたのはお互いにわかっていることとして、だからその閉鎖的な世界でどこまでも俺に溺れてくれればいいのに、香はそうしない。抗うわけでもなく、しかし俺たちの距離はすぐには縮まらなかった。恥ずかしいのか、香の一歩には躊躇いが感じられるし、俺から歩み寄れば香は一歩退く。俺の世界から抜け出ようとする意思は見られないものの、まだ俺の腕の中には飛び込んでくれない彼女をもどかしく思うときもある。ゆっくりいけばいいと思っていても、既に知ってしまった甘い果実は止められそうにないし、際限なく貪り尽くしたいという衝動は隠しきれない。それでも、関係の主導権は彼女だ。それはわかっている。だから、もっともっと香が俺を求めるように仕向けなければならない。
 今まで抱いてきたオンナは、快楽に巻き込めば陥落したのに、彼女は違うから悩ましい。
 そんなことを考えながら、俺は香と西口を冷めた目で見ていた。


「さてと、明日からは西口さんの別荘に泊まりだから、仕度しなくちゃ」
「別荘まで来いだなんて、ずいぶんとワガママな依頼人だな」
「仕方ないじゃない。本当はここに来てくれたほうがいいけど、作業があるんだもの」
 香の部屋で、俺たちは明日からのことについて話していた。
 西口が俺たちを別荘に呼ぶのは、本当に作業面の都合もあるだろうが、それだけではないような気がする。その点がわからないままで別荘に行くのは危ないと思うものの、依頼としては仕方がない。「前金で払います!」と押しつけられて受け取ってしまった手前、今さら依頼人のリクエストはある程度飲まざるを得なかった。どうも面倒なことになりそうだ。
 香を片時も離したくない気持ちはあれど、それでは周囲に気を配って香を守ることすらできない。だったら、前払いでもしてもらうとするか。
「ふーん」
 俺の返事に何かを思ったのか、香は「えっ!?」と言って俺との距離を広げようとした。
 ───気に入らない。
 一気に香との距離を縮めてもいいが、それでは香はわからない。俺から逃げるということはどういうことなのか、何回も教えているはずなのに、香はわかってくれない。今回こそはと思いながら、俺は徐々に香との距離を縮めた。俺の意図に気付いたのか、香は表情を固くして、なおも逃げようとしている。
 ───無駄だよ、俺が逃がすわけがない。
 それでも、「私は仕度するんだから」となおも香はあがこうとする。どうして俺の腕の中に大人しく収まってくれないのか。だから、
「あの男がいるところで追いつめられたいんだったら、俺はそれでもいいけど?」
と言ってやった。今、素直に従わないのならば、実行するまでだ。壁に追いつめられた香は、どこか怯えたように震えている。何の理由もなく怖がらせるのは、もちろん俺の本意ではない。
「撩…」
「そう怖がるな。俺がいじめているみたいじゃねぇか」
「違うの?」
「いじめてはいないだろ? 気持ちいいことをするだけなんだから」
 俺が香に口づけを落とし舌で掻き回すと、香の腕がおずおずと俺の背中に回された。背中を撫でるようなその動きが心地良くて、俺はお礼とばかりに唇で耳や首筋を責めていった。「あぁん」と声を上げようものなら、そこを執拗ともいえるほどに責め、俺以外のことを考えられないようにしていく。香の部屋で始まった行為は、どこか罪深さを纏わせる。香もそうなのか、トロンとした目と熱い吐息になるのが、いつもより早い。
「あつい、あついよぉ、りょお…」
「じゃあ、脱げばいいんじゃねぇの?」
 熱いなら脱げばいい、そして素肌を曝せばいい。俺は香をベッドへと押し倒し、身につけていたものを全て脱がせた。自分の服ですら邪魔だと脱ぎ捨て、俺はすぐさま香に覆い被さる。お互いの熱を馴染ませるように、俺たちは身体を絡み合わせていた。
 今日はなぜか、どこか冷静ではいられない。いつもなら香の様子を見ながら追いつめていくのだが、今日は自分も逆に追いつめられているようだ。香を焦らすなんてことが出来ず、欲望に抗うことなく、香の中へとソレを突き立てた。
「あはっ」
 香にとっては突然のことだったのだろう、驚いた表情のままで、激しい俺の動きに何も出来ずにいた。中を探ることもせず、ただひたすらに腰を打ち付けて苛む俺を、香は涙を流しながら、ただ受け止めるしかなかったようだ。
「香…」
 俺を見ろとばかりに衝撃を与え続けるも、そのことが香の意識を混濁させ、ついには達して脱力していった。





  翌日に西口の別荘へ足を運ぶと、早速アトリエは荒らされていた。
「いつものことですよ。もう驚きませんが、理由がわからなくて…」
と言っているが、どうもタイミングが良すぎる。そんな状況にも関わらず、アトリエに作品が綺麗に残されているのも気になった。これだけ犯人に壊されているのに、重要なものは無事だということが何を意味するのか。
 香はその辺を気にすることなく、むしろ西口のことを心配して掃除を手伝い始めたようだった。そんな二人の姿を見ていると、やはり西口は必要以上に香のことを見ている。時には確認するように、時には瞼に焼き付けようとするようにじっと見つめていた。
 やはり、どうしても気にくわない。今までだって香を見つめた男の依頼人などごまんといたにも関わらず、この西口という男は気に入らない。…それがどうしてなのか、俺はわかりたくもなかった。そう、俺はその答えを知っている。だからこそ、依頼人の身元調査は素早くしなければならなかった。
 アトリエが元通りになり、西口の口からはスッと礼の言葉が出てきた。
「ありがとうございます。やっぱり香さんは優しい人ですね」
「え、そんなこと、ないです…」
 面と向かって俺が言えることといえば、香を追い詰める言葉だけだ。今の西口のように褒めるなど、数えることしかしたことがない。だからだろう、香は西口に対して特別な感情を抱いていないにも関わらず、こう言われば照れた顔をする。心の中で舌打ちをしながら見ていると、香が俺の視線に気付いたようで、ほんの一瞬だけ視線が交錯した。それは、ほんの僅かだけでも訪れた二人の世界だった。





 その後は特に不審なことが起こることもなく、ただ淡々と日々が過ぎていった。作品制作中は集中したいからとアトリエに入ることを西口は許さなかったが、だからと言って俺たちを放置してはくれなかった。香が食事の支度をしている間、俺は居間のあちこちを調べていく。見つかったのは盗聴器、そしてカメラ。恐らく西口は、作品制作と称して何かをしているのだろう。そしてその部屋からは、こちらの様子など手に取るようにわかるというわけだ。
「香ぃ、ちーっと煙草吸ってくる」
「はぁい、気を付けてよ」
「わーってるって」
 西口にわかるように言ってから、俺は別荘の入り口へと出た。どうやら、外には盗聴器やカメラの類は無さそうだ。それを確認してから俺はふぅと息を吐くと、携帯が着信を知らせていることに気が付いた。
「もしもし」
「あぁ、俺だよ、撩ちゃん」
 その電話で告げられたことは、俺の仮説を確実にするものだった。そうだとすれば、香の身が危ない。
「どうすっかな…」
 恐らく、そろそろ西口が本当の行動を起こす頃合いだろう。俺は邪魔な存在だから、どうにかして引き離しにかかるはずだ。
「仕方ねぇか」
 本音を言えば、香を危険な目になど遭わせたくはない。だが、一気にカタを付けるためには、香を囮のように使うしかなかった。西口が香にどんなことをしても絶対に助ける、そのことだけを至上命題として動くよう、俺の中のスイッチを切り替えた。俺はポケットの中から機器を取り出すと、イヤホンを耳に入れる。そして、聞こえてくる会話を頭に入れながら、ある程度のところで切り上げてイヤホンをしまった。
 別荘内に戻ると、案の定、西口が香のそばに来て話し掛けていた。西口は香との会話に満足そうな表情をしていたが、香は困惑しているようだった。何を話しかけられたのか、それを香に直接聞く必要はないだろう。「どうして?」と逆に質問されるのがオチだ。香には申し訳ないが、このまま何も知らずにいてもらおう。





 そしてついに、西口が動き出した。俺を別荘から離すべく、制作に必要なものを今すぐ取りに行って欲しいと依頼してきたのだ。住所と相手が書かれたメモを渡された俺は、すぐに出発しなければならなかった。まずはこの場所から立ち去らないと、事態は先には進まない。俺はクーパーに乗って、西口の別荘を後にした。
 別荘からは見えない場所に車を止め、まずは教授に連絡を入れた。情報屋を使ってもいいが、それではタイムロスが発生する。香を危険に曝してまでも出た勝負だ、後が面倒になっても確実なところを取りたい。教授にあることを尋ねると、すぐに調べてくれた。やはり想像通り、西口のメモにあった場所には誰もいなかった。
「ありがとうございます。それともう一つ、お願いがあるのですが」
 教授は俺の話を聞くと、「また、そんなことをしおって」と非難めいた声色になった。そう言われるのも仕方ないなと思いつつ、
「そうならないことを、俺だって願っているんですよ」
と言って教授との電話を切った。そう、俺だって香が傷つくことを望んではいない。だが、今回は仕方がない。その代わり、香に何かあったとしても絶対に助ける。そのためには、何をしても構わない、そう思っている。
 クーパーを見えにくい場所に置き直し、それから急いで別荘の近くに戻った。ポケットのイヤホンを装着すると、雑音混じりながらも会話が聞こえる。そしてそのうち、会話は独り言しか聞こえなくなった。
「あの野郎、香に何かやったな…」
 だが、その悦に入ったような独り言のお陰で、西口が何をしようとしているのかがわかった。俺は湖に先回りして、周囲を見回す。西口が使うであろうボートから離れたところに、別のボートが停泊していた。湖は中にも木が生い茂り、隠れる場所には事欠かない。
「一番深いところだろうな」
 恐らく、西口は香をこの湖のどこかへと突き落とそうとしているのだろう。そうなると、一番深い場所に落とそうとするのが一般的だ。湖の真ん中、そして西口が取るであろうボートのコースを予測し、先回りして湖で待つことにした。イヤホンから聞こえてきた状況だと、香は何か薬を入れられ、意識が混濁したまま湖に落とされる。香自身が浮上しようと試みる可能性は低いから、すぐに対処できる場所に俺はいなければならない。


 まだ西口が湖に来ないことを確認して、用意していた水着に着替えた俺はゆっくりとボートを進めた。目星をつけた場所にボートを止める。息を潜めて待っていると、ちゃぷんちゃぷんと何かが来る音がした。その音の中から、かすかに西口の声がする。
「やっと、やっとですよ。これで作品が完成する」
 一人の世界に入ったようなヤツの声に、俺はすぐにでもこの場から飛び出してしまいたくなる。だが、それでは何もならない。このままではこの先も香を狙い続けるであろう西口を再起不能とする衝撃を与えるには、まだ俺が出る時ではない。ヤツには一旦、自分の目論見が成功したと思ってもらわなければならないのだ。
 そう考えているうちに、作業が終わったような西口が、
「さて、仕上げといきましょうか」
と言った。そして、何かを引きずり出す音がする。これから、香を今から湖に突き落とすつもりなのだろう。ドボンと音がして、香が湖へと落とされたことがわかった。西口は高笑いをしながら、しかし誰かに見られてはまずいと思ったのか、すぐにその場を立ち去ろうとしていた。ナイフを銜えた俺は静かに湖へと潜り、香が落とされた地点へと急ぐ。
 ───見つけた。
 ご丁寧に手足に重りが取り付けられた香は、重力に逆らうことなく、ゆっくりと湖底へと落ちていく。銜えていたナイフで重りのついたロープを切り、そのまま香の身体を引き寄せる。香の意識はハッキリとしておらず、香の口からは泡がどんどん生まれていた。口移しで息を吹き込む時間などない、一刻も早く水面から出て、ボートに乗せなければならない。
 急いで浮上した俺は、まず香の意識を確認した。どうやら間に合ったらしく、途切れながらも呼吸は続いている。香を仰向けにして連れて行き、ボートに乗せたところで俺はやっと一息ついた。
「なんて格好してるんだよ」
 ウエディングドレスを思わせるようなパールホワイトのドレスに身を包んだ香は今、目の前でぐったりとしている。こうまでして西口が香を湖へと突き落とした理由、それはまだ確実ではない。ただ、予想はついている。
「そんな理由で香を殺されちゃ、たまんねぇんだよ」
 理由については、西口を直接問いたださなければならない。夜にでも俺が別荘に姿を見せれば、西口は勝ち誇ったように俺を迎えるのだろう。
「そうはさせるかよ」
 今の俺は、どんな顔をしているのだろうか。きっと香に意識があったら、「やめて」と言われるのだろうな。香は自分が傷ついたとしても、香のために俺が誰かを傷つけるのを好まない。だから、あの宗教家のときだって、結末は伝えていないし、香が聞いてこないことに甘えているのだ。
「さて、まずはおまえを連れて行きますか」
 ぐったりとした香を安全な場所へ連れて行くべく、俺はゆっくりとボートを漕ぎ出した。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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