Ambivalent and Vague

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Zero Gravity 25 (R)

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荊棘の甍

 
 香をクーパーに乗せて安全な場所へ連れて行った後、俺は別荘に戻ることとした。西口の別荘が都心からさほど離れていないところにあるとはいえ、往復すれば時間はかかってしまう。別荘に戻った頃には空が黒くなっていた。闇を纏う森は、何が起こったとしても隠してくれる。そう、何事もなかったかのように。


 ようやく別荘に戻った俺を出迎えた西口は、どこか嬉しそうにしていた。
「冴羽さん、やっと戻ってきたんですか」
「あぁ、あんたが厄介なことを言ってきたからだろ」
「それは失礼しました」
「それにしても、このメモはでたらめじゃねぇか。この住所、誰も住んでいなかったぜ」
「そうでしたか。それは失礼しました。昔の住所を渡したのかもしれませんね。どうもありがとうございました」
「ところで香は?」
 この俺の言葉を待っていましたとばかりに西口は返事をした。
「えぇ、私に協力してもらったのです。そのお陰で、やっと私の願いが叶いました」
「はぁ? 何を言っているんだ?」
「私の作品には香さんが必要でしてね」
 今はおまえの寸劇に合わせてやろう。即座に厳しい眼差しにして、俺は西口を見つめた。
「…香に何をした?」
「大したことではありません。作品として、美しい姿になっていただいただけですよ」
「はぁ? 香が美しい姿?」
「この湖の底でね、永遠に」
「湖の底? まさか…」
「香さんも今頃は喜んでくれているでしょう。美しい作品として、永遠に存在出来るのですから」
「…それが最初から目的だった、ということか」
「えぇ。どうしても成し遂げたいことでしたから、ね」
 そう、今回依頼してきた西口の本当の目的は、香を自分のもとへと引き込むことだった。用心深く準備をしていたようだったし、どんな方法で引き込もうとしているのかがわからなかったから、西口をおびき出そうと思ったのが今日の俺だ。結果、香は薬を盛られて湖に突き落とされ、危うく命も落としそうになっていた。香について西口が徹底的に調査をしていたというところまではわかっていたが、どうして香だったのかがハッキリしない。この点は、西口本人の口から説明してもらうしかないだろう。
「何故、香だったんだ?」
「私には、かつて愛した女性がいたんですよ。人生を掛けて。そして、彼女を作品のモチーフに使いたかった。でも彼女は病で亡くなり、それは叶わなかった。それから何十年も経ち、ようやく私は香さんに出会ったのです。愛した女性と瓜二つの彼女に」
「香はあんたの女と同じ人間じゃねぇぞ」
「ちょうど香さんが生まれた年は、彼女の亡くなった年です。香さんを見かけ、彼女を調べたときにわかったこの事実は、もう運命としか言い様がありませんでしたよ。これはもう、彼女の生まれ変わりでしょう」
 陶酔した西口の姿は、もはや話し合いは不可能なのだろうと俺に思わせるには十分だった。香が西口が愛した女性の生まれ変わりであることが事実以外の何ものでもないと確信して話す姿に、俺は嫌悪感しか覚えない。こいつのワガママに香は付き合わされたのだ。自分の中に西口への殺意が生まれるも、それは自分の中にまだ収めることとした。なぜなら、香を命の危険に曝したことについて、俺の選択も関わっているということは分かっていたからだ。
「何故、香を作品にする必要があった? 香に話せばよかっただろう?」
「いろいろと調べさせていただきましたよ。香さんには貴方がいらっしゃる。貴方は香さんを離さないでしょう? いくらお金を積んでも、別れてはくださらないでしょう? だから、永遠に自分のもとへと置いておける方法を考えただけです。そして、彼女の美しさが永遠に残るように、ともね」
「狂ってやがる…」
「そうでしょうか? ここ数日でお二人を拝見していましたが、貴方だって、ご自身という牢獄に香さんを一生囲い込もうとしているようでしたよ。それと何が違いますか? 自分の方法で、彼女を永遠に自分のものとしたい。そう考えるのは、男の性でしょう?」
「お前と同じにするな。俺は香を殺すような真似はしない」
「飼い殺しにはしてますよ。だから同じです。じゃなかったら、香さんは私の言葉に少しでも心が揺れるはずがない。そうでしょう?」
「……」
「ふふ、ご協力感謝しますよ。これで私はこのアトリエで幸せに過ごせます。この事実は覆らない」
 勝ち誇ったような笑みを浮かべた西口は、俺にそう言い切った。もう、真実を隠しておく必要はないだろう。西口という男へ抱いた感情を俺はそのまま解放していく。恐らく、俺は西口をどこか見下したような眼で見ていることになるのだろう。俺の表情に気付いた西口は不快そうな表情となり、怒りなのか震えながら俺に言ってきた。
「そんな眼で見ても、もう香さんは湖の底だ。貴方の手に戻ることはない。だから…」
「香は生きてるよ」
「は? そんなはずはない!」
「だって、俺が助けたからな」
 西口が香を湖に落としてからの顛末を言って聞かせると、西口はさらにワナワナと震えだした。
「自分の行為に酔いしれたあんたが、そのまま湖を立ち去ってくれたのはありがたかったよ」
「く、くそ。…そ、そうだ。お金ならいくらでも出しますよ。貴方の悪いようにはしない。だから香さんを私に…」
「あんたに香を渡したらどうなるのか、答えは一つだ。そんなヤツに香を渡せるか」
 そんなにも過去の婚約者に執着心を持ち、叶えられなかった願いを香で補おうとしたのだろう。西口にとって香は婚約者の代わりであり、香という存在そのものを必要としているわけではない。そんなことすらもわかっていない西口に何を言っても、話になるはずもなかった。
 人生をかけて愛した存在がいたのは結構だ。だが、その存在の喪失を代役で補おうとするのはいただけない。そこにあるのは、彼女を愛する想いではなく、喪失に耐えられなかった自分の弱さだからだ。代わりでもいいから埋めようとするなんて、かつての婚約者にも失礼な話だろう。香への執着心は、今でも向き合えない喪失から逃れようとする西口の心からくるもので、そこには香を大切にしようとか、そもそも婚約者への愛だとか、今となってはどこにも存在していない。
「今度こそ、ちゃんと話して、一緒に過ごして頂けるように努力しますよ。だから…」
「あいにく、本来の俺は即座に判断するタイプでね。あんたの言葉を信用できるかどうか」
「だから…」
「答えは、否、だ。香を傷つけた分、その身で代償は払って貰う」
「そ、そんなことを言ったら、貴方だって傷つけているでしょう! その態度で、その言葉で! その台詞、そのまま貴方に返し…」
 その瞬間、森に銃声が響き、物と化した男が床に転がった。


「そんなこと、俺が一番わかってるんだよ…」


 暗い森は出来事を密やかに飲み込んでいく。証拠を残さないよう処理をした後、俺は別荘を立ち去った。もともとひっそりと生活していた西口が世の中に見えなくなったからといって、誰が何を気付くわけでもない。このまま存在は埋没し、消えていくのだろう。
 クーパーで新宿に向かいながら、俺は西口とのやりとりを思い出していた。西口は俺に、二人ともやろうとしていることは同じだと突きつけてきた。そう、西口に抱いた嫌悪感は「同族嫌悪」だ。ヤツと俺は、同じものを求めていた。
 ───自分の方法で、彼女を永遠に自分のものとしたい。
 俺だって自分の世界に香を閉じ込め、そこから一生出さないように罠を張り続けている。その言動が一体、西口と俺の間でどこが違っていたのか、簡単に説明など出来ないだろう。香が俺を愛してくれているから許されるのだろうか、それとも同じ言動は断罪されるべきなのだろうか。
 それでも俺は、彼女を手放したくはなかった。そのためなら、どんな手段を用いてもいいと思っていた。この手が血で染まろうが、この身が血を浴びようが、そんなのは構わなかった。香と一緒に過ごすようになってから、少なくとも彼女の前では誰かを殺すことを避けてきたし、裏の仕事でも殺さない方法をまずは頭に浮かべようとしている自分がいた。それが今はどうだろうか。香を自分という牢獄へ閉じ込めた後は、その中で俺のことしか考えられないように香を溺れさせたいし、他のヤツに香の姿を見せたくもない。もはや嫉妬心などを越えて、何もかもを俺が彼女に与えたいという支配欲がどんどん強くなっていくのを感じる。そして、独占欲は俺に生ぬるい手段を選ばせない。西口が骸と化したのは、つまりそういうことだ。ただそこまで香を想っても、必要となれば今回のように香を危険に曝す選択も厭わない。
「ホント、酷い男だな」
 そう呟きながら、俺は目的地へと急いだ。





 夜中に教授の屋敷へ到着すると、香はまだ目が覚めていなかった。教授からは、香は命に別状はないし、このまま休んでいれば大丈夫だろうと言われた。「ありがとうございます」と教授に礼を言って俺が教授の部屋を出て行こうとすると、
「撩、ちょっと待ちなさい」
と教授に引き留められた。早く香の姿を見たいという気持ちはあれど、今回は教授の協力がなかったら難しかった依頼だ。その言葉を無視することなど出来なかった。
「なんでしょう?」
「撩、おぬしは香くんをどうしたいんじゃ」
「香を? どうしたいって、何を言ってるんですか?」
「香くんの心も身体も手に入れたおぬしが何をするかと思ったら、香くんを危険に曝しおって」
「それは、今回の依頼には必要だったからですよ。あいつは俺のパートナーですし」
「本当にそれだけか?」
「何が言いたいんです?」
 香を愛しているのなら、取るべき行動があるのだろう。それは彼女を慈しむことなのだろうし、むしろ危険から遠ざけようとする努力なのかもしれない。だが、俺が今回取った行動はその逆だ。自分の駒のように香を使い、気にくわない西口を亡き者にした。簡単に言ってしまえば、そんなところだろう。教授はそこを非難しているし、「また、そんなことをしおって」と忠告されていたのだ。
「わかっておるのだろう? 香くんを大事にしなさい、わしが言えるのはそれだけじゃ」
「努力しますよ」
「そうであればいいがな。危険に曝され続けた香くんが何を考えても知らんぞ」
「もちろん守りますよ。絶対にね」
 教授はまだ何か言いたそうだったが、まだやることがあるからと言って話を切り上げた。今日のところは、どうやら解放してくれるらしい。


 廊下へ出ると、そこにはかずえくんの姿があった。
「冴羽さん…」
「かずえくん、今日も遅くまで研究かい? ミックも忙しそうだし、すれ違っちゃってるんじゃないのぉ?」
「最近はね。でも、会えばミックは会えなかった分を埋めようとしてくれるから」
「ははは、ごちそうさま」
 砕けたやりとりをしていても、どうもかずえくんはそこから立ち去らないし、俺に何かを言いたそうだ。一体何のためにと思ったが、かずえくんの立場を思い出すと、自ずと答えは導かれた。いくらミックがスイーパーを引退したとはいえ、まだ完全に裏の世界から抜け出せたわけではない。かずえくんのパートナーはまだ、裏の世界に関係している。そこは香と一緒だ。
「立ち聞きはよくないな」
「だって…。ねぇ、冴羽さん。冴羽さんの仕事が何なのか、それは私も理解しているつもりよ。そして、香さんとどんな関係かも」
「何が言いたい?」
「裏の世界で愛する存在を守り抜くことは至難の業だってわかってる。だからこそ、香さんにわかるように、大切にしてあげて」
「かずえくん?」
「だから数ヶ月前、香さんは悩んだんでしょう? 依頼を放棄してまで、考えたかったんでしょう?」
「なるほどね。ミックみたいにわかりやすく愛を囁け、そういうことかな」
「冴羽さん!」
 裏の世界の男をパートナーにすれば、女の側は何を思うのか。スイーパーとしての技量を持つ美樹ちゃんとも違い、教授の助手とはいえ、かずえくんはもともと表の人間だ。そんな彼女が、どんな想いを香に重ねているのか。
「わかってるさ。俺だって、香のことを大切に想っているよ」
 俺に改めて向き合ったかずえくんは、俺の顔を見て表情を固くしていた。
「何があっても放しはしないさ。それが香の希望通りかどうかはわからんがね」
 そう言った俺は、かずえくんには悪魔のように見えたかもしれない。


 部屋に入ると、香は静かな眠りについていた。ちゃんと助けたとはいえ、溺れたことは香の体力をかなり奪ったのだろう。
「まずはしっかりと休め」
 俺は香の頬にキスを落として、部屋を立ち去った。





 翌朝、教授の屋敷を訪れると、まだ香は眠っていた。香の様子を見ていると、陽の光が香の瞼を動かした。ここがどこなのかと確認するようにゆっくりと頭を動かしている。
「目が覚めたか」
 俺が声を掛けると、香は顔をこちらに向けた。反応したその様子に安心した俺は、ふぅと息をついた。
「気分はどうだ? どこか違和感とかはあるか?」
 見た目は何事もなかったとしても、香がどこかに痛みを感じれば教授に伝えなければならない。その点を確認したくて聞いたのに、なぜか香は目を潤ませて、そしてまた瞼を閉じてしまった。あぁ、また自分が対処できなかったと自己嫌悪に陥っているのだろうか。
「ごめんなさい…」
「どうして謝る? おまえは巻き込まれたんだ、何も悪いことはない」
「でも、私がもっと気を付けていれば」
 西口についてあらかた把握していた俺が香に何も伝えなかった。そのことが悪いのであって、香は何も悪くはない。だが、香を囮のように使ったとは、このときの俺には言えなかった。それを言えば、香は何を思うのだろうか…。
「香、おまえが今言うのはそれじゃない。まずは体調について教えてくれ」
 まずはその点が重要だ。こんな扱いをしていてなんだが、香を喪うなど、考えたくもないのだ。身体の不調があれば、すぐに対応してもらう必要がある。それを理解してくれたのか、
「うん、ちょっと身体は重い感じがするけど、それ以外は大丈夫」
と伝えてくれた。
「そうか、それはよかった。無理するんじゃないぞ」
「うん…」
 香は自分が我慢して頑張ってしまうところがあるから、それはしなくてもいいと伝えたかった。無理して、我慢して頑張ってしまう。その向こうに何があるのか。きっと俺にとっても香にとってもいいことではないと予想できるがゆえに、そんなことをさせたくはなかった。今、目の前に香がいる、それを確認したくて頬を撫でていく。俺の親指がその柔らかい唇に触れると、そこから唇を辿っていく。香は俺に身を任せるように目を閉じた。まるでキスを強請っているようなその表情に、俺は引き寄せられたかのように唇を重ねた。





 数日後の夜、教授の屋敷を訪れた俺は、香が過ごしている部屋の扉をノックした。すると、俺が何も言わないのに、
「はぁい。いいよ、撩」
と香が声をかけてきた。驚いた俺が扉を開けると、香はちょっと悪戯な笑顔を浮かべていた。俺の気配がわかったのだろうか、
「声も掛けてないのに、よく俺だとわかったな」
と言うと、香は、
「だって、撩って、ノックの仕方がわかるもん」
と言う。そういう行動面からも自分を見てくれていることがわかり、俺はどこか満たされていくのを感じていた。
「そうか?」
「そうよ。昼間はそれで、かずえさんに気を遣わせちゃったわ」
「かずえくんに?」
 俺にもっと何かを言いたかったであろうかずえくんが、俺がいない間に香と何を話したのか。気にならないと言えば嘘になる。
「そう、『冴羽さんじゃなくてごめんなさい』って」
 香が苦笑いしながら言うから、俺もつられて苦笑いした。そして、かずえくんにきっと気を遣わせたのだな、ということもわかった。
「撩、まわりに何か言ってるんでしょ」
 突然、香がそう言い出したので、俺は何のことだかわからずに言葉の続きを促した。
「何のことだ?」
「あの、私たちのこと…」
 かずえくんと話して、何か思うところがあったのだろうか。確かに、あまり表立って香とのことを言われたくないから、キャッツで皆に先手を打ってはいた。ミックなどは「なんでだよ、カオリを祝福しちゃいけないのか」と言っていたが、噂が広がれば香の身に何が降りかかりやすくなるのかを伝えれば、さすがのミックや美樹ちゃんも納得せざるを得なかった。香としては、俺との関係を知っているはずの周囲が何も言ってこない、そのことに違和感を感じていたのだろう。そして、かずえくんが何かを話したことで、その想いが強くなったのだと思う。
「どうしてそう思う?」
「だって、ミックがからかってこないし、美樹さんも言ってこないし…」
「まぁな。おまえだって、今すぐ聞かれても、どう反応していいかわかんねぇだろ」
「うん、そうだね…」
 別に、香との関係を隠したいわけではない。むしろ、香は俺のモノだと主張したい気持ちは強い。だがそうすれば、香の身に危険が迫るのは明白なのだ。最善の未来を考えれば、自分から危険の種を蒔く必要はない。それでも、香が誰かに言いたいという気持ちまでも押さえ込む気持ちはなかった。香だってむやみやたらに俺とのことを言うようなタイプではない。それがわかっていたからだ。
「おまえが話したいのなら、それはいい。ただ、不用意なことはしたくないんでな」
 俺は香が寝ているベッドへと腰を下ろし、香に起きるよう言った。ゆっくりと起きてくれた香は、なぜか横並びに座るように移動してきた。アパートのソファーならこうするんだろうなと思いながら、俺も移動して、香を後ろから包むように抱きしめた。いつだって身体を重ねたい欲望はあるも、ただその温もりを感じたいときもある。そんな時、この体勢はちょうどよかった。同じ光景を見ながら、二人で静寂の中に身を置くことができる。今もそうやって香の温度を味わっていると、聞かれるだろうなということを香は口にした。
「ねぇ、撩。…依頼、どうなったの? 終わらせてきたんでしょう?」
 この口ぶりからすると、何となく香なりに予想が付いているのではないかと思ってしまう。「お前が思っている通りだ」と言ってしまうのもいいが、そこからさらに質問をされても答えにくい。なぜなら俺は、依頼人であり犯人だった西口を殺しているからだ。今回ばかりは言葉にうまく出来ないのがもどかしくて、つい香を抱きしめる腕に力が入ってしまった。すると香が、
「…ううん、いいや。撩が選んだことなら、私はそれでいい」
と言ってきた。俺としてはそうしてもらえるとありがたいが、どうして香がそう思ったのかが気になってしまう。
「香、聞かないのか?」
「うん、聞かない。だって、撩が選んだことだもの」
 俺が西口を殺したことまではわからなくても、きっと香は普通に解決したわけではないということに気付いている。以前ならば「どうして言ってくれないの?」と俺を責めていた香が、今は言わない選択を認めてくれている。そんな香ともっと身体を合わせたくて、俺は寄りかかるように香に身を寄せた。香はくすぐったそうに動いていたが、俺たちの身体はしっとりと迎え合っていく。
「ねぇ、撩」
「なんだ?」
 香が右手を上げる。薬指には青い指輪がその存在を主張していた。香が何を言いたいのかがわかるような気がして、俺は左手を下から近づけ、指を絡めた。指輪は今、俺の指の間から静かに青い色を見せている。
「この指輪、お守りになったかな。撩からもらった、この指輪…」
「あぁ。そのお陰でおまえの様子もわかったしな。さすが教授だ」
「この指輪が戻ってきたとき、びっくりしちゃった」
 表参道の雑貨屋でこの指輪を買ってやった後、俺は教授へ預けるために一旦預かることとした。くり抜きタイプの指輪だからどうだろうとは思ったが、見事なまでに色んな機能を埋め込んでくれていたのだった。だから教授は俺と香の関係も知っているし、俺がどんなに香のことを守っているかもわかっている。だからこそ、時折俺が見せる、香を駒のように扱う言動が気になったのだろう。
「撩が助けてくれたんだね、ありがとう」
 全てわかっているとでも言いたげな香の様子に、俺もこの時ばかりはきちんと返事しようと思った。
「いや、おまえを危険に曝すのを承知でのことだったから。こっちこそ、すまなかった」
「…いろいろ、撩はわかっていたんだね。それなのに、私は…」
 香は何も悪くない。むしろ、そんなことを思ってほしくもない。自分がわかっていなかったから、対処できなかったからといって、どうするというのか。俺から離れようというのか。そんなことは認められない、許せるはずもない。どこにも行かせないとばかりに、俺は自分の腕で香をさらに閉じ込めた。
「ちょ、ちょっと撩、痛いよ…」
「おまえが悪く思うところはどこにもない。むしろ、香だから任せることが出来たんだ」
「撩?」
 香にとって、俺の側にいるということ、存在意義。パートナーとして意味ある行動をしていたのだと気付いたら、香の気持ちは落ち着くのだろうか。
「だから、そんなことを言うな…」
「うん…」
 香の答えで、いつの間にか緊張を見せていた自分の身体から力が抜けていく。どうやら二人とも同じだったようで、香も緊張から解放されていた。今の香なら、柔らかく抱きしめたとしても、ここから抜け出すことはない。
「ここにいればいいんだ、おまえは」
 香の身体がピクリと反応したのを感じる。そのまま香を追い詰めるように、俺は香の耳を舌で玩び始めた。二人が絡み合う水音を途切れさせたくなくて、俺は思うままに香をシーツの波に縫いつけていった。そして何度も繰り返し、
「おまえはここにいたいんだろ、な?」
と彼女の意思を決めつけるように確認していった。





 ふと目が覚めると、まだ夜は明けていなかった。腕の中では香が静かに夢を見ている。香の頭をそっと枕に委ね、俺は着替えて庭へ出ることにした。三日月はほのかにあたりを照らし、俺を地面から浮かび上がらせている。
 依頼中は香を抱くことが出来なかったからか、さきほどは半ば貪るように香を抱いていた。いや、むしろ苛んでいたと言ってもいいだろう。まるで呪縛のように言葉をかけ、香自身がさもそう思っているかのように刻み込む。今さら香がどう思おうと、彼女に自分の世界で溺れて欲しい、ここに居たいと思って欲しいのは俺だ。香が居たいと思っているから世界に入れたわけではない。それなのに、香が本当に俺の側に居たいと思っているのか、確かめたくて仕方なくなる。
「やっぱ、不安ってことか」
 香は俺の意のままに動かせる人形ではないから、だからこそ何をされるのかと思うところがある。香が俺のことをどんなに想い、どんなに考えているのか、十分わかっているはずなのに、自分の思い通りに動かせないこの状況がもどかしい。
「それが、誰かを受け入れる、ということなんだろうが」
 月を見上げても、もちろん答えなど与えてはくれない。ただ、往生際悪く足掻いている俺を照らし出すだけだ。これ以上ここに居ても仕方がないと思い、俺は部屋へ戻ることにした。ドアノブに手をかけると、香が起きている気配を感じた。
「香、起きてたのか」
 特に何かを答えることもなく、香は俺へと顔を向けた。その視線に絡め取られるように、俺は香の横へと滑り込む。香を抱きしめて感じる温もりは俺をゆっくりと溶かしていく。俺という荊棘に包まれているはずの香は、なぜか微笑みながら眠っていた。そんな姿を見ながら、俺も本格的に眠りに入っていった。

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プロフィール

うーたん

Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息してたけど、只今休眠中。

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