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Ambivalent and Vague

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47/「おいで」

Unspeakable

 
 ふと香が目を覚ますと、まだ午前一時を過ぎた頃だった。喉の渇きを覚えた香は、そっとベッドから起き上がる。同居人はいつものように飲みへと繰り出しているが、毎日起きて待っていてはこちらの身体がもたない。明日は久し振りに依頼人から話を聞くことになっているのだ。依頼人が男性ということはわかっており、しかも内容はボディーガード、ここ数ヶ月の間に身の危険を感じることが何回もあった、とのことだった。事前に言っては撩がどこかへ逃げてしまう可能性もある。香は当日の朝に告げて、待ち合わせ場所のキャッツアイへ向かおうと思っていた。
 香が撩をリビングで待っているのは、確かに飲み代について一言物申したいというのが主な理由だ。何回言っても聞く耳を持たずに同じ行動を繰り返す男だとはわかっていても、すぐに言わなければ気が済まなかった。もちろんそれだけではなく、飲みとは言いながらも実は違うのかもしれないという香なりの勘が働くときもある。
 もし。撩が香に言うことのない仕事をしているとして、その中で彼の身に何かが起こってしまったら、香は一体どうしたらいいのだろうか。兄の喪失を撩という存在で埋めていた香にとって、今また撩を喪うことはどんなことよりも辛かった。撩に一言告げるため、撩の生存を確かめるためなど理由はいくらでも挙げられるとしても、その行動の根源は、香が持つ喪失への恐れと痛みだった。
「はぁ、台所で水でも飲もうかな…」
 部屋の扉を開けると、香はハッとして即座に身構えた。少し暗闇に慣れた目でもその全貌を捉えることは出来ないが、確かに目の前には誰かがいる。暗闇に溶け込むように、むしろ暗闇に馴染むようにそこに立っていたのは、今アパートにはいるはずのない存在だった。
「撩…」
 驚きの色を浮かべて、香は撩の黒い姿を見つめている。その視線を撩は逸らすことなく見つめ返した。外の音が小さく響く廊下では静寂の方が目立ち、この世に時間軸というものが存在するのを忘れてしまうぐらいだった。二人の間に再び時の流れをもたらしたのは、撩の一言だった。
「香、どうした」
「あ、あぁ、あのっ、喉が渇いて、それで…」
「そうか」
 飲みに出掛けているはずの撩がどうして目の前にいるのか。明らかにその姿は仕事であり、これから出掛けるようだった。見てはいけない、知ってはいけないことに遭遇してしまったと気付き、香は目を伏せた。
「じゃ、おやすみなさい…」
「香」
 いつもの明るくも穏やかなバリトンではなく、深い海の底から響くような声が香の耳に入り込む。自分は台所へと急いで喉を潤さなければならないはずなのに、その足は水の流れに遮られたかのように動かない。
「香、その目で見てみるか?」
 何を見るのかなどを聞くことは愚問だった。だが、香は何を話したらよいのかがわからず、その問いを口にしてしまった。
「お、お仕事でしょ、撩の…」
 戸惑い焦る香を見ても、撩の様子は変わることがなかった。
「知りたかったんだろ?」
「見せて、くれるの?」
「あぁ。何を見ても保障はしないがな」
 そう言った撩の目は「どうする?」と香に答えを求めていた。見てはいけないことだとわかっていても、これは香がずっと知りたいと思っていたことでもあった。
「行く」
「10分だ、車庫まで来い」
 撩は香に背中を向けて、そのまま玄関へと向かっていった。その姿をボーッとしながら見ていた香は10分しか猶予がないことを思いだし、急いで支度をしに部屋へ戻った。


 車庫で待っていた撩の顔を、煙草の灯だけが照らしている。
 今日は飲みと称して繁華街へ足を運び、依頼に必要な情報や物品を受け取っていた。香が起きていようがいまいが、気配を消して再び出掛けるつもりでいたのだ。今夜は香がリビングで待っているということはなく、いつものように気配を消していれば何の問題もないと思っていた。しかし、香は目の前に現れた。
 撩にとって、香は予測不可能な存在だ。こんな自分に生きていくことを決意させ、くすぐったい感情をもたらし続ける。いつの間にか自分の中へと飛び込んできた香は、撩にとって全くの異物ではないから排除する対象ではない。しかし、自分と同一でもないから全てがしっくりいくわけでもない。自分の近くで自由電子のように動き回る存在、それが撩にとっての香だった。
 今夜の仕事は殺しだ。さらに、男が命より大事にして肌身離さず持っている彫刻も壊して欲しい、とのことだった。その男の気まぐれで引き起こされた、そしてこれからも起こるであろう悲劇の数を考えると、この依頼は妥当だと撩は判断した。男を殺すのは簡単でも、彫刻まで壊せるかどうかはわからない。その点は面倒だと思いながらも、撩ほどの腕であればさして問題のある依頼ではなかった。これまで何人もの人間が試みては遂行できなかった依頼が達成されるのは、もう時間の問題だった。
 だからだろうか、撩は香を現場へ連れて行こうと思いついた。それに、香が気付いていない事実もある。事実を突きつけて香がどんな表情で自分を見るのか、そのことを知りたかったのかもしれない。相変わらず悪趣味だと思いながらも、自分の姿を見た香が自分から逃げていくのが怖いという感情よりも、香を決して逃がさないという意志が強くなった今では、罪悪感も薄まっていた。
「お待たせ、待った?」
 香が駆け足で近寄ってくると、撩は運転席へと乗り込んだ。香も助手席へと乗り込み、車はアパートから静かに出発した。道中、二人の間に会話はなかった。


 車でホテルの駐車場に直接乗り入れると、地下入口に近いスペースに撩は車を止めた。黒いケースを持った撩は、何も言わずに地下入口から建物内に入っていく。香は置いていかれないように、撩の後ろについていった。懐からカードキーを出して機械に滑らせると、撩と香は部屋の中へと入っていった。ベッドへ置いたケースを開けた撩は、中からライフルを取り出す。まだ弾がこめられていないライフルをチェックする撩の姿を見て、香は「どうして自分がここにいるのだろう?」と思ってしまっていた。
「香、座ったらどうだ?」
 撩が示した先には座り心地がいいとはいえないイスが置いてある。言われたとおりに座り、香は撩の様子を見つめていた。ライフルに弾をこめ、撩はゆっくりと窓際へと移動した。
「何も聞かないんだな」
 ライフルで狙いをつけながら、撩は香に言った。
「邪魔しちゃ悪いから…」
「そうか」
 次の瞬間、撩が纏う空気が変わった。いつも感じていた温かみがさらに失われ、機械を目の前にしているようだった。そう、この時の撩は殺人マシンに近い状態だったのかもしれない。
 何の感情の昂ぶりもなく、銃声が二発、部屋の中に鳴り響いた。撩から依頼内容を聞いたわけではないが、今回は殺しなのだろう、と香は思う。撩が誰かを殺すところは何回か見ていて、今さら嫌悪感を抱くものではない。なぜなら、撩は納得した依頼しか受けないと思っていたからだ。
「終わったの?」
「あぁ、終わった」
 香はこの部屋から一秒でも早く立ち去りたかった。理由など、香の中に何も浮かんではいなかった。
「あ、明日ね、依頼人と約束があるから。帰ったらすぐ寝てよ!」
 部屋の空気をどうにかしたくて、朝告げるはずの依頼を香は口にした。これで早くこの部屋から去って、あの馴染んだアパートに戻れればいい、その一心だった。しかし、
「知ってる?」
と撩は言った。何を知っているというのか、その質問自体が香にはわからなかった。わからないという表情をすると、片付けを終えた撩が香に近付いてきた。
「今の相手、その依頼人だって」
 香は思考回路が混乱し始めた。
 撩は今、人を殺した。その人は、明日会うはずの依頼人だった。
 それがわかっても、今度は心が追いつかない。納得の出来ない依頼を撩が受けるはずはない。ただ、遠く離れた場所で撃ち抜かれた男は、自分たちに助けを求めようとしていた存在だ。どうして依頼人を撩が殺すのか、香にはそこが理解出来なかった。理解不能な出来事は、香の中に不気味な影を落とす。その影から逃れるように、香は部屋から立ち去ろうとした。しかし、気持ちと身体がバラバラになっていることに気がつかず、香は転びそうになってしまった。
 そんな香を受け止めたのは、撩だった。
「危ないだろ」
 香の身体を撩の腕が支える。いつもは温かく包んでくれるこの腕が、今は無慈悲なものとなっていた。逃れようと身体を動かそうとしても、撩は離してはくれない。勇気を出して見上げれば、そこには冷静な表情の撩がいた。香にはむしろ、冷酷に見えた。
「帰るぞ、香」
 この不気味な状況に何をも思わず、さも当然だと振る舞える撩を見て、香はこのとき初めて畏れを抱いた。自分はこれからもこの腕に守られ、この無慈悲な腕に囲われていくのだろうかと思うと何も言えなくなり、抗う気持ちはどこか遠くに行ってしまった。
「おいで」
 撩の手が少し力を強める。その動きに促されるまま、香は目の前の胸にもたれかかり、そして全てを委ねていった。撩は満足そうに笑みを浮かべると、香を促して部屋から立ち去った。


 二人が生んだ不気味な影がまだ潜んでいるかのように、閉ざされた部屋はその闇を濃くしていた。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息してたけど、只今休眠中。

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