Ambivalent and Vague

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09/いとしいひと

嘘をつく唇
一人語り:撩Ver.


 
 今朝は目覚めると、そこに香はいなかった。このアパートには俺一人、数年前にはよくあった光景だ。


 台所に行くと、俺のための食事が用意されていた。触れればわずかに温もりが残っており、香が出掛けてからそこまで時間が経っていないことを示している。サーバーに落とされたコーヒーをカップに注ぎ、席についた。日中のこの時間、目の前の道は車通りが多いはずなのに、部屋は静寂に包まれて耳が痛い。

 いつもなら。

 香が目の前にいて、依頼について何か言っている。依頼がないときはすぐに話も終わってしまうから、香は自分が見聞きしたものを俺に伝えてくる。「ったく、おまえもそんな話ばっか、しょーもねーなー」と言いながら、香の話で耳が痛くなることはない。むしろ、彼女の言葉は意味だけでなく熱をも運び、俺の身体を刺激する。何てことはない言葉のはずなのに、俺はこの腕を伸ばしたくなる。

 そこから何をしようというのだろう。
 伸ばしたところで、俺はこの手で何をすることも出来ないのに。

 何も考えたくなくて、日課であるトレーニングをすることにした。ひたすら身体を動かすも、頭のモヤモヤが晴れることはない。煙草を吸うのも違うような気がして、俺はただ、窓から外を眺めていた。

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 俺が死んだところで、誰も何も困ることはなかった。俺自身すらも困らないし、今もそれは変わらない。

 はずだった。

 けれど、彼女は困るのだろうか。血だまりに浮かぶ俺を見て、彼女は絶叫するのだろうか。それとも、静かに見送るのだろうか。


 共に歩む未来が欲しい、とは思う。そして、それを素直に願えるような世界ではないこともわかっている。共に歩む未来は、共に血に濡れる未来をも意味している。そうわかっていながら、どうして香を引き込めるというのか。彼女を守ると決めても、血なまぐさい空気からは絶対に逃れられない。いつの間にか背後にまで迫り、香に牙を剥く。俺が彼女を必ず守るというのならば、それは香に手枷足枷をつけて檻に閉じ込めておく以外に方法がない。果たしてこれは、「共に歩む未来」と言えるのかどうか。

 香がどんな気持ちでいるのか、それは十分わかっているつもりだ。
 そして、俺自身の本当の気持ちも。

 だからこそ、口にすれば言葉は呪縛となり、香を一生縛りつけてしまう。光溢れる表の世界で幸せを掴む権利を持つ彼女を、この地の底に。





「あらっ?」
 いつの間にか、部屋の静寂が消えている。香が帰宅したようだ。
「撩、やっと起きたんだ~」
 そう言いながら、香は俺に笑顔を向けてくれる。
「あ、食器! もうっ、食べたんなら、片付けてくれてもいいでしょ」
「あのメシを食ってやったんだ、それだけでありがたいと思えよ」


 ───嘘をつきながら、今日もこの時間に身を任せる俺を、おまえは…。







Special Thanx to M.Hituji

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好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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