Ambivalent and Vague

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13/虹のように儚い

Snow White

 
 撩が帰宅すると、香はリビングのソファでゆらりゆらりと身体を揺らしながら眠っていた。午後も遅いというのに買い物にも行かず、どうしてこんなところにいるのかと撩が訝しがっていると、香の太腿の上に置かれている本が目に入った。可愛らしいお姫様が描かれたその絵本をそっと持ち上げて表紙を見ると、そこには英字のタイトルが印刷されている。
「Snow White、か…」
 いわゆる『白雪姫』の話をどうして香が読んでいるのか、しかも英文で、だ。撩はその理由をすぐに探し求めることが出来ず、どこか心地悪さを感じていた。恐らくは些細なことなのだと思っても、撩の心に起こった波は消えてくれない。
「まったく、いつからこんな…」
 彼女の全てを把握するなど不可能であると感じながら、そうしなければ気が済まない自分を撩は隠しきれなくなっていた。誰にでも分け隔て無く接することができるのは香の良さであるとわかっていても、その微笑みが自分以外に向けられるのを見て、無関心を装うのが精一杯だ。自分だけに向けて欲しいなどという願いは子どもじみていて、そして香の関心が自分に向けられていないことがわかると不安になる自分など、最初は受け入れることが出来なかった。それを人は「人間が持つ弱さ」や「執着心」、「嫉妬心」と言うのかもしれない。どれも自分に当てはまるようで、全てを説明してくれる言葉ではないと撩は感じていた。そしてこの不安は、香が撩に笑いかけることが特効薬となることもわかっていた。
「結局、そういうことですかねぇ」
 この気持ちに別の言葉を当てていいのかどうか、撩には判断が付かない。一度認めてしまえば、その気持ちの濁流を再び止める自信はなかった。濁流に飲み込まれた自分が香に何をするのか、自分の中の獣が舌なめずりをして狩りの瞬間を待ちかまえているとわかっているから、尚のこと現状で留めておかねばならない。しかし、香の気持ちを天の邪鬼な態度で誤魔化してかわせば、それでも香は傷つくのだ。どちらにしろ香を傷つけるとわかっていながら、撩は自分を誤魔化して、自分からも香を守る方法を選んでいた。


 再び、白雪姫の絵本をめくっていく。香が持っていた本はグリム童話そのものではなく、後年に手が加えられていた内容だった。今ではこちらの方が有名だ。そしてその結末など、撩にだってわかっていた。王子様のキスで目覚めた白雪姫は、その王子様と一緒に幸せに暮らすというものだ。
「おまえも、そうしたら目を覚まして…」
 まだスヤスヤと眠っている香を見て、撩はぼそりと呟いた。もし仮に自分がキスを落として香が目覚めたとして、その先に幸せな生活があるのだろうか。それがわかれば、自分は迷いなく彼女に唇を落とすことが出来るのかどうか、それすらもわからない。禅問答のように答えが出ない問いを、撩はしばらく彷徨っていた。


「撩?」
 いつの間にか目覚めていた香が、どこか寂しそうに撩を見ていた。





 肌寒さを感じた香がまぶたをゆっくりと開けたとき、その視界には撩の姿があった。ぼんやりした姿がくっきりしてくると、手にした本をじっと見ながら、撩の心は思索の彼方に飛んでいるようだった。そんな撩を邪魔しないようにと思っても、同じ空間にいながら何もかもが交わらない状況に、香は寂しさを覚えてしまう。撩に嫌がられるだろうかと内心ビクビクしながら、香は小さな声で「りょお?」と投げかけた。しかし、撩はそれに気付いてはくれなかった。何回呼びかけても気付いてもらえず、今度は少しずつ声を大きくして呼びかけた。その何回目かでやっと、撩は香の呼びかけに気付いたのだった。
「撩?」
「ん? 香、起きたのか」
「うん」
「そうか」
 同じ空間にいて意識を向け合っているのに、どこか心が交わらない状況であると、二人ともが感じていた。お互いに何を言ったらいいのかがわからないし、ここから動くことも出来ない。二人だけが時間からも取り残されたように、ただ呼吸だけをしてこの場に居続けている。周りから切り離されたような空間に二人だけで入り込めること、それこそ撩と香にしか出来ないことだと気付くには、まだ時間が必要だった。そして、そんな重苦しい沈黙を破ったのは撩だった。
「なぁ、香。おまえ、なんでこんな絵本なんて」
 香に話しかけられれば何でもよかった撩は、つい気になっていたことを口にした。その言葉で香は、自分が持っていたはずの絵本を撩が持っていることに気付いた。どうして撩がそんなことを気にするのかと不思議に思うも、ちゃんと答えようと説明を始めた。
「今日ね、美樹さんのところでコーヒーを飲んでいたら、小さな子がこれを頑張って読んでいたの。白雪姫のお話は知っているはずなのに、英語になると、途端に雰囲気が変わるんだなぁと思って」
「で?」
「うん、帰りに本屋さんに寄って、買って来ちゃったんだ。英語、そんなに得意じゃないんだけど…」
「そうか…」
 香は絵本を渡してもらおうと手を伸ばすも、撩は手から離そうとしなかった。このまま絵本を香に返せば、今この時間は終わりを告げる。これから二人は別々に行動し、撩は今夜も繁華街への逃避を図るのだろう。明日こそ何か起こるのではないかと期待しながら、それは今ここでの決断を延期しているに他ならない。何かを変えたいのならば、例え僅かであったとしても、気付いた人間が変えていくしかなかった。そして、積み重ねられた未来は、誰も何も保障してはくれない。それでも、撩は変えようと、いや、変えたいと思っていた。
「香、座れよ」
「え、なんで?」
「いいから、座れって」
 撩が先にソファに腰を下ろすと、香もそれに続いた。二人の間は少し離れていて、それが微妙な二人の距離を表しているかのようだ。お互いにその距離をどうにかしたいと思っても、手を伸ばすことが出来ないのもこの二人だった。「ただ、今だけは…」という想いは、今までとは違う展開へと進めていく。


「香、もうちっとこっち来い」
「え、だって…」
「いいから、それじゃ見えねぇだろうが」
「見えない?」
 いつまで経っても動こうとしない香の腕を、撩は優しく掴んで自分へと引き寄せる。距離が空いていた分、香はその身を撩に任せるようになってしまった。撩はそっと香の腰を抱き寄せて、無理のない体勢にさせていく。端から見れば、二人は恋人のように寄り添っていた。
「撩?」
「読んでみたいんだろ?」
「そうだけど…」
「じゃ、そのまま聞いてろよ」
 “Once upon a time in the middle of winter, ......”と、撩が流暢な英語で話を辿っている。それは二人にとって、とても穏やかで静かな時間だった。そしてラストシーンを読み終えると、撩は絵本をパタンと閉じた。
 二人はそれから何も言わず、ただソファに座っていた。そして相手が何をしているのかと気になって、お互いが横を向く。
 ───ただ、相手を求めて。





 視線が絡まる。
 お互いの息遣いが感じられるほどに引き寄せる。
 腕の中に愛しい人の温もりを感じる。
 そして。
 影が重なる。


 そっと触れて温められた唇は、離れればすぐに冷えてしまう。


 また唇を重ねたくても、迫りくる濁流を撩はもう無視できなかった。
 そして、再び現れた二人の距離を感じた香は、寂しさを覚えていた。


 初めての温もりは、二人を新たに繋ぐにはまだ儚かった。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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