Ambivalent and Vague

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Transmigration of Souls 2

KNIGHT

 
 少年は一人になりたくなったとき、森の奥深くへ逃げ込むように滑り込んだ。その先にある、どこまでも澄んだ泉。鬱蒼とした森の中で、そこだけが降り注ぐ光にキラキラとしていた。風で水面が揺れれば、その輝きが宙に舞って飛んでいきそうな、そんな幻想的な空間。柔らかそうな草の上に寝転がって、大きく息を吸い込む。どこまでも続く静寂、今の少年が望むもの。
「ちょっと~! そこはあたしの場所なんだから~ぁ!!」
 その静寂を追いやるように、少女の声が辺りに響いた。何事かと少年が起きあがる。
「どいてよっ! そこはあたしの宝物があるんだからっ」
 先にこの場所へ来ていた少年はムッとして、少女の言葉など無視しようとした。うるさいヤツだ、と相手をまともに見ようともせず、少女がどんな表情をしているのかもわからない。だが、そんな気持ちも次の言葉で変わることとなる。
「大事なお花があるの。だからお願い、そこをどいて…」
 切実な少女の声にハッとすると、少年はようやく少女の顔を見た。顔を真っ赤にしながら少年を睨み付けてはいたが、口はへの字となり、その瞳は潤んでいる。少年がふと下を見ると、不思議な形をした花が一株、ひっそりと植わっていた。どこか力強そうな、そして同時に儚い印象を持つその花は、なぜか目の前の少女と重なって見える。
「ご、ごめん」
 少年はそっと立ち上がり、花をこれ以上傷つけないようにした。それを見た少女は、一気に表情を綻ばせる。この場所に咲き誇る花がもう一輪、少年は目が離せなくなった。少女はそんな少年の気持ちなど知らず、花に駆け寄ってじっと見つめている。そして、少年へと顔を上げた。
「気付かないで悪かった」
「ううん、あたしもいきなり叫んでごめんなさい」
「いや…。で、この花は?」
「これね、かあさまが好きだったお花なんだけど、綺麗な水が必要だから、ここじゃないといけなくて」
「そうだったんだ。…なんて名前なんだい、この花は」
「確かねぇ、ホトトギス、って言うんだよ」
「ホトトギスか。小さくて可愛い花だね」
 少年の言葉を聞いて、少女は嬉しそうに頷く。
「うんっ。あたしも大好きなお花なの」
「そうなんだ。初めて見るけど、素敵な花だと思うよ。…俺もじっくり見ていいかな?」
「うん! 一緒に見よっ」
 二人は寄り添うように寝転がり、飽きることなくホトトギスを見続けた。何を言うわけでもなく、ただひたすら同じ時間を過ごす。少年にとっては今までに体験したことのないものであり、それは少女にとっても同じだった。少女に微笑みかけられると、少年の胸には何とも言えない感情が湧き起こる。少女も同じように、少年に対する憧れのようなものが芽生えていた。
 太陽が南中を過ぎる。お互いにずっとここで過ごしたいと思うも、そろそろ帰らなければいけない時間だ。
「じゃ、そろそろ俺は帰るよ」
「あ、あたしも」
「また会えるといいな」
「うんっ、絶対に会おうね」
 そう言った二人は、泉から別方向に立ち去った。お互い、また一緒に過ごしたいという気持ちを抱きながら、その先に待つ現実へと戻っていく。
 ───そして遠くない将来、二人は本来の場所、本来の立場で出会うこととなる。





 魔法の時代が人びとから忘れ去られた頃、人類はこの地上で暮らし続けていた。いにしえに存在していたといわれる技術は、「大消滅」と呼ばれる大きな力の反発により、その多くが失われていた。何を生み出すにも運ぶにも、人びとは自分の手でやらなければならない。多くの人びとが暮らす木の家は、より快適に暮らせるようにと工夫が凝らされていく。苦労して石を積み上げた家は、石の家そのものがステータスになるというだけでなく、その作り手に達成感を与えていた。質素な暮らしながらも工夫して暮らす、そんな生活が息づいている時代。
 そうした工夫や技術が注ぎ込まれた場所が王城だった。白い石が積み上げられて出来た城は、目にした者の憧れであり、拠り所でもあった。綿布の上下を着た人びとは、王城を見るたびに微笑みを見せる。わざわざ遠くから見に来る人もいるくらいで、目にしたことを活力に換えて、また自分の仕事をこなしていく。今まではただ切った布を縫っただけの長袖とズボンだった服も、その襟元や袖に色布を縫いつけたり、腰布を巻いたりするなど、少しずつ装飾で楽しもうという雰囲気が出てきたところだった。文化の成熟、それを実感出来る最近だ。


 そんな生活を守っていたのは騎士であり、その精鋭は聖騎士団と呼ばれていた。今日も街に近いところで何かが暴れているという情報を得て、少数精鋭がそこへ派遣されていた。
「まったく、どうして主席聖騎士の俺がこんなことを」
「そんなこと言わないでくださいよ、ミック隊長。ご自分から申し出たの、知っているんですよ」
 部下からなだめられると、ミックはやれやれといった表情になる。先日、大きな戦闘が終わったばかりの騎士団は、その多くが何かしらの負傷を抱えていた。ほぼ戦闘に加わることなく終わってしまったミックは、どうにも身体がなまってしまって仕方がない。標的が何かはわからないが、運動という意味でも自分が出陣していいだろうと思い、王に直訴したのだった。
「ま、相手には悪いがね、ちょっと今回は本気で仕掛けようと思うんだ」
 これくらいのトラブルであれば、普段なら軽装で対応してしまうミックも、今回は聖騎士の正装をしていた。白金で出来た鎧は、曲線を描いたパーツが身体を包むように組み合わさっている。精鋭部隊の鎧は白く、胸部と腰当ての中心には十字の紋章が彫り込まれていた。主席聖騎士の鎧は金色の縁取りが施され、紋章の真ん中には青い宝石が埋め込まれている。聖騎士の厚い鎧は重いはずだが、ミックは軽々と身につけていた。これで槍を軽々と扱うのだから、その実力は相当なものだった。
「ははは、本気を出す前に終わってしまうのでは?」
「ちょっとは骨のあるヤツだといいんだがな」
 軽やかなやりとりをしながら、目的地に辿り着く。目の前にあるのは、石造りの建物だ。特に変わったところは見当たらない建物だが、中から何者かの気配がしていた。ミックたちが玄関から入ると、その室内には誰もいなかった。
「おかしいな…」
「隊長、ここを見てください!」
 壁に出来た隙間に指を入れてグッと動かすと、動いた壁の向こうには、暗い中へと階段が伸びていた。
「地下室か」
 明かりとして用いられる輝光石を使い、一歩一歩、その階段を下りていく。行き止まりは広い空間になっていた。
「祭壇?」
 そう気付いたとき、空間に置かれていた松明が一気に燃え上がった。そして祭壇の上には、赤い炎と対照的な蒼い焔がゆらめいている。
「隊長!」
「おまえらは下がれ」
 こうした不可思議な敵に出会うことは珍しいことではなかったが、目の前の焔からは、何かよからぬ雰囲気をミックは感じ取っていた。間合いを取るも、これ以上は近づけそうにない。だが、槍を武器とするミックには、多少の距離は関係なかった。的確に槍を貫ける瞬間が来れば、あとは敵に向けて放つだけだ。そして、その瞬間が来た。
「もらった!」
 ミックの槍は確実に蒼い焔を貫いたはずなのに、焔は変わらずそこにいる。それどころか、槍が貫いたところから裂けてしまった。分裂して小さくなった焔はその勢いを増して、元の大きさへと戻っていく。
「増えたのかよ…」
「隊長!」
「何とかする」
 だが、また同じことが起きれば、単に敵を増やすだけになってしまう。ミックは何かいい手はないものかと思案していた。と、その時。
「どけ」
 闇に溶け込むような声がしたと思うと、そこには黒い鎧の男が一人佇んでいる。それを見たミックは、声を荒げ立てた。
「おまえ、何をしに来た! これは俺が請け負った任務だぞ」
 ミックが言うも、そんなことは聞いていないとばかりに、騎士は蒼い焔へと近づいた。両脇の鞘から剣を出す。細身で左右長短の双剣を構えた騎士は、そのまま空を横へと切り裂いた。悲鳴を上げながら焔は上下に分かれたが、さきほどと違って勢いが弱くなり、そして断末魔の叫びを残して消滅していく。その様を見届けた騎士は剣を収め、そのままその場を立ち去ろうと一歩を踏み出した。
「ちょっと待てよ」
「なんだ?」
「説明しろ、どういうことだ」
「見た通りだ。暗黒の力しか通じない。おまえが出発した後、王が標的のことを言い出したのでな」
 松明の炎も消えた空間は静寂が広がっている。もうここには用はないと、全員が建物の外へと移動した。
 光溢れる世界の中で、黒い騎士の姿は違和感を与えていた。近づく者を拒絶するように刺々しい装飾の鎧は、光すら吸い込むかのような艶のない黒だ。鎧は騎士の全身を覆って密着しており、兜は頭部の全てを隠している。その装いから、素顔を見た者は命を失う、と言われているほどだった。放たれる威圧感は、側にいる人間全て、あの聖騎士ですらも震え上がらせる。そんな中、ミックは騎士に話し掛けた。
「さすが、王直属の騎士だな、リョウ」
「ただ勅命に従っただけだ」
 そう言った騎士は、背中の黒いマントを翻して立ち去っていった。
「ミック隊長、あれが…」
「そ、暗黒騎士さ。真の主席、漆黒の鎧に選ばれた男」
「選ばれた?」
「あの鎧は誰でも身につけられるわけじゃない。今まで多くの人間が試し、血を流しながら死んでいったヤツ、発狂したヤツ、そりゃ色々だったそうだよ。それをあいつは、鎧に喰われることなく身につけたんだ。だから、暗黒の力を操れるのは、ヤツ一人だけさ」
「ご存じの方なのですか?」
「まぁな。…さて、帰るぞ!」
 先に帰路へつこうとするミックを追いかけるように、数人の聖騎士が慌ててついていった。





 城へ先に帰還したリョウは、王への報告を済ませた後、城西奥の塔にある自室へと戻った。暗黒騎士である自分の部屋がある場所である。城の最も奥にあり、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。リョウは剣を置き、鎧を脱ごうと心の中で呟くと、密着していた鎧が外れる。中身を失ったはずの鎧は、鎧自身が意思を持ったかのように組み合わさっていった。次に、掛けてあった黒いローブを手に取り、今度はローブで全身を覆っていく。暗黒騎士である自分の立場をわかった上での行動だった。
「リョウ?」
 その言葉と共に扉が開くと、そこには一人の女性が立っていた。身につけているのは、森を思わせる深緑のベルベットが使われた上品なドレス。ハイウェストで切り替えられ、スカートはふわりとした曲線を描いている。そのワンピースの上からは、もっと濃い緑のケープを羽織っていた。
「リョウ、おかえりなさい」
「ここは、あなたが足を踏み入れる場所ではない、と何度言ったら。早く東の塔に帰りなさい」
「いやっ! だって、せっかく咲いたお花を見て欲しいんだもん」
「カオリ姫!」
「お願い、今年も一緒に見てよぉ…」
 縋るような上目遣いのカオリに、リョウは白旗を上げるしかない。ふうっとため息をつきながら、リョウはカオリに優しく声を掛けた。
「わかりました。では、こちらへ」
 部屋の大きなソファへとカオリを誘うと、二人は寄り添って腰を下ろした。カオリは持っていた植木鉢を目の高さに上げて、リョウがよく見えるようにした。そこには、数株の小さな花が植えられている。
「今年も見事ですね」
「うん。今年はホトトギスがたくさん咲いたんだよ。…こんなことぐらいしか、あたしの自由はないから」
「姫?」
「導きの巫女に選ばれたが故に、城の奥へと幽閉されるなんてね」
 導きの巫女、それは神へ願いを届ける存在として認識されている。前代の死により自動的に次の代が選ばれ、その度に神殿が各地を探し回っていた。今回の巫女は王女であり、その立場から、神殿ではなく王城で過ごしている。カオリ自身も理解しているように、それはほぼ幽閉であり、王が神殿に対して持っている切り札ともなっていた。この世がどうしても神の力を必要とするとき、巫女はその命と引き替えに願いを叶えてもらうと言われている。
「リョウ、お願い。顔を見せて」
「姫、いきなりどうしたんです?」
「お願い…」
 なぜか切羽詰まった願いに感じ、リョウは顔を覆っていたフードをゆっくりと外した。ローブと同じ漆黒の髪と瞳。その身体の隅々までもが闇に染まっているかのようだった。カオリは植木鉢をテーブルに置き、そしてリョウの頬を両手で包んだ。白くしなやかな手で触れられたことに、リョウは身体をピクリとさせる。
「いきなりどうした。カオリにとっては、見慣れた顔だろう?」
「うん、知ってる。あの森で出会った頃から変わらない、優しい人」
「暗黒騎士に向かって優しい人と言うのは、おまえしかいないよ」
「それは、鎧がリョウを選んでしまったから…。あなたは全然変わっていない。でも…」
「でも?」
「あたしは変わる、近いうちにね」
「どういうことだ?」
「そろそろ、神殿へ行くことになると思うの。ほら、直感だけは鋭いから、あたし」
「待てよ。それってつまり」
「そういうことよ。今日だって不思議な存在がいたでしょう? これからどんどん増える。でも暗黒の力はあなた一人。とてもじゃないけど難しい」
「だからって、何もおまえが犠牲になることはないだろう? 俺が全てを切り裂いてやれば!」
 知らずとリョウは声を荒げていく。つい立ち上がった拍子に、カオリの手がリョウの頬から離れていった。


 森の奥にある泉で出会ったときから、リョウにとってカオリは大切な存在だ。再会を願いながらも、まさか再び出会えるとは思っておらず、そして王女と暗黒騎士という立場になるとも予想していなかった。あれからリョウは地方への研修へと移り、泉に足を運ぶことが出来なかった。側近の目を盗んでは、花のために泉に行っていたカオリは、今日こそ少年に会えるという期待を持ちつつ、そして叶わぬ日々だった。それがある日、黒いローブ姿の人間がホトトギスをじっと見つめていた。カオリに気付いて振り返ると、その瞬間に強い風が森を駆け抜けた。
 ───その顔を忘れるはずがない。
 逃げようとするリョウを、カオリは必死になって追いかけた。カオリが転ぶと、リョウが「大丈夫かっ!?」と戻ってくる。自分の痛みなど横に置いて、どうして自分から逃げるのかとカオリは問い掛けた。その答えは、「今の俺は暗黒騎士だから、姫の前には…」だった。カオリはその言葉にただ驚いた。城で何回も出会っている畏怖の存在、その暗黒騎士こそがあの少年だったなど、いくら巫女であるカオリでも気付かなかったからだ。逆にリョウはカオリの正体に気付いており、だからこそ接触を避けていた。だが、二人は再び出会ってしまった。それなのに。


「次の満月の夜、神殿に旅立つわ」
 寂しそうに言うカオリに、リョウはいたたまれない気持ちを抱えていた。そして、何かが起こる予感めいたものを抱えていた。





 その言葉通り、次の満月の夜にカオリが出発すると決まった。神殿への護衛には、ミックが選ばれた。
 この時ばかりは、リョウは自分の立場を恨みたくなる。聖なる場所への旅路に、暗黒騎士の護衛など必要ない。しかも、訓練学校からの同期であるミックなら、文句など何もなかった。そうやって頭で理解していながら、この鎧を全て脱ぎ捨てて、一人の男としてその側で守ってやりたいと思ってしまう。それは確かに、カオリへの愛だった。そしてその直後、リョウは王城から姿を消した。
 カオリは何も決定権を持たない。だから、護衛にミックが決まったと聞いても、異論を唱えることは出来なかった。出来ればリョウと最後の時間を過ごしたい、それはカオリのささやかな夢だった。しかし、王女という立場であっても、巫女という立場であっても、その願いは許されるものではない。もう仕方ないのだと諦めて受け入れてしまった方がいいのかもしれない、カオリはそう思っている。
 旅立ちの当日、カオリは最後の挨拶をして馬車に乗り込んだ。城の全員が見送る中、そこにカオリの暗黒騎士はいなかった。あの塔でのやりとりが最後になってしまったと思いながら、その思い出を噛みしめていった。
 表情が沈んでいるカオリを見て、ミックは声を掛ける。
「姫、どこか気分が悪いのですか?」
「い、いえ。大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」
「それならいいのですが」
「ごめんなさい」
「謝ることはありませんよ。あいつのことでしょう? ホント、素直じゃないから」
 ミックが何を言い出したのかと、カオリはギクリとする。この話題こそが図星なのだと、ミックはそのまま話を続けた。
「あいつは見事なまでに隠していますけど、姫がリョウを見る視線が、ね」
「いえ、そんな、いや…」
「詳しいことなど、私も知りませんよ。ただ、恋する二人が引き裂かれるのは辛い、僕だってそれは知っていますから」
「ミックさん…」
「僕にもね、カズエっていう恋人がいるんですよ。城の研究室にいる薬師です。今は調査とかで、遠くに行っていますけどね。…それだけでも、心が苦しくなる」
「カズエさんと…、そうだったんですね。ご帰還されたら、カズエさんも戻ってらっしゃる頃でしょう。またお会いできますよ」
「姫だって、リョウと会いたいんじゃないですか?」
 カオリはその質問に答えることが出来ない。なぜなら、会いたい気持ちはあっても、もう叶うものではないからだ。暗黒騎士であるリョウには、日々仕事が舞い込んでくる。しかも勅命となれば、リョウが断れる理由などない。カオリがいなくなったとしても、リョウの日々は変わらないのだ。そんなカオリの思考を、ミックはなぜかわかっていた。
「大丈夫ですよ、姫。どこか一瞬でも、それは叶うはずです」
 ミックはそう言って、馬車から外に視線を向けた。
 ───あいつ、俺にわかるように殺気を出しておいて、肝心の姫の前には姿を現さないんだもんなぁ。おいリョウ、早くしないと神殿に着いちまうんだぞ。おまえから姿を現せ、コノヤロウ。俺だって、お前の詳しい位置なんざ、わからねぇんだよっ!
 そんな思いを誰に言うことも出来ず、ミックは溜息をつくしかなかった。





 数日後、一行は神殿に到着した。大理石が積み上げられた建物は、天に届くかもしれないと思わせるほど高く、騎士たちは思わず神殿を見上げる。どこにも扉はなく、吹き抜けた先には、生い茂る緑がどこまでも続いていた。その空間の中心には、こんこんと泉が湧き出ている。神殿の側には、神殿に携わるわずかな人間が生活する小さな建物があるのみだった。
「神殿って、こんなに簡素な建物だったのか」
「そうみたいですね。ここに来た巫女は、ずっとここで過ごすわけではないですから。このぐらいで十分です」
 そう言いながら、カオリは掌で水面に触れた。すると、そこから光が溢れ出て、辺りを一気に包み込んでいく。光は一部の形を変え、人の姿となってカオリに話し掛けた。
 ───現代の巫女よ、我の言葉を求めるか。
「はい。このままでは、蒼い焔がこの世に蔓延してしまいます。その前に何とか出来る手立てはないか、とお尋ねしたいのです」
 ───よかろう、簡単なことだ。
「はい、ありがとうございます」
 ───いくら私でも、実現には力が必要だ、巫女よ。
「はい、わかっています」
 ───なら、よろしい。
 人の形をした光は大部分に溶けて、光そのものがさらに強くなっていく。まるで多くの人が手を伸ばすように、細く伸びた光がカオリの身体を包み始めた。と、その時、
「待てっ、カオリ!」
と黒い姿が光の中へと入り込む。強烈な光にも負けない暗黒、それはカオリがどうしても会いたかった存在だった。いつもなら身に着けている兜もなく、必死なリョウの表情がわかるようだった。しかし、自分の最期はもう始まっている。今さら戻ることなど出来ない。それでもリョウが少しでもカオリに近づこうとすると、一気に光が弾け飛んだ。一瞬にして光が消え失せた空間に、そこにいる者たちは何が起こったのかがよくわからない。ただ、リョウとカオリは再び会うことが出来た。そう思って二人が寄り添おうとした瞬間、光の玉がリョウを包み込んでしまった。
「リョ、リョウ!?」
 光は激しさを増しながら、しかし音を全て吸い込んだように無音の世界となり、あたりは時が止まったようだった。暗黒はついに光に取り込まれ、その姿を消した。気付けば目に入るのは、輝きを増した泉だった。


 何が起こったのか、それを認識したカオリはたまらず叫んだ。
「いやあああぁああぁぁあああ! リョウ!!!!!」
 神殿内に響き渡っても、その呼びかけに答えてくれる存在はいない。自分が身を捧げるはずの神に、どうしてリョウが取り込まれてしまったのか。どんなに考えてもその理由が見つからず、カオリは悲しむことしか出来なかった。カオリの頬を一筋の涙が流れ、泉に波紋を起こす。すると、今度は青白い優しい光が浮かび上がった。
 ───あなたが現代の巫女なのですね。私たちも導きの巫女、歴代が積み重ねてきた記憶です。
「どうして、どうしてリョウが!」
 ───世界に知られている巫女の役割が、そもそも間違っているのです。
「間違っている?」
 ───私たちは、確かに神へ願いを届けるために必要とされています。しかしそれは、私たちがこの身を捧げるから、ではありません。
「それはどういう?」
 ───神は言ったはずです、「実現には力が必要だ」と。
 共に歴代の巫女の言葉を聞いていたミックは、ある考えに至った。それはカオリにとって残酷な事実だったとしても、確かめねばならないと口を挟んだ。
「巫女よ、失礼いたします。あなたがたの役割というのは、神が願いを叶えるために必要とする力を捧げることなのですか?」
 ───その通りです。聖騎士よ、あなたはもうわかっていらっしゃるようですね。
「ミックさん、ねぇ、どういうこと?」
「カオリ姫、落ち着いて聞いて下さいね。神が必要とするのは、この世で一番力を持つ存在です。その者を取り込み、願いを叶える。では姫よ、現在この世で一番力がある存在は誰だと思いますか?」
「それはもちろん、リョ…。……あああああ!!!!!」
「そうです、あなたは最強の存在を神に捧げるために居るのです。巫女の側には力ある者が集うでしょう」
「そんな、そんな…。あたしと出会ったがために。リョウ…」
 ───時に、巫女とその者は深い繋がりで結ばれていることが多いのです。結果、耐えきれなかった私たちは心を狂わせ、命を絶つ者もありました。…現代の巫女よ、あなたはどうしますか? 愛する者を今すぐに追いますか?
 カオリはしばし考える。確かにこの哀しみの中で生きていくことは辛い。だが、もしここで今リョウを追ったとして、そのことをリョウは喜んでくれるのだろうか。リョウが大切に守ってくれていたこの身を滅ぼすことを、リョウはよしとするのだろうか。そう考えていくと、自ずと答えは導かれる。
「いえ、私はここで祈りを捧げます。リョウが大切にしてくれていた、この世界のために。そして、リョウのために」
 ───それがあなたの選択。大事になさい、自分の想いを。そして、哀しみすらも抱える、その力を。
 青白い光はフッと消え、神殿は本当に元通りになった。少し前までは哀しみの表情しかなかったカオリが、今は何か想いを秘めた目をしている。
「ミックさん」
「はい、ここに」
「ミックさんはこのままご帰還ください。そして、歴代の巫女同様、私も消えた。そのように伝えてください」
「しかし、それでは…」
「私はここにいたい。リョウが最期を迎えたこの場所で、彼をずっと想っていたい…」
「わかりました。姫からの依頼、このミック、最後まで必ず」
「ありがとう、ミックさん」
 そのカオリの微笑みは、どこか哀しく、そして美しかった。





 カオリは街から離れ、神殿を管理する人々と交流しながら、その祈りをどこかへと捧げる。この世で最後の祈りを終えると、カオリの身体は青白く光り、そして消えていった。歴代の巫女が眠る泉ではなく、またどこかへと。


 王城へ戻ったミックは、カオリの依頼を果たすこととなる。一通り報告を終えたミックが一休みしていると、
「ミック、おかえりなさい!」
と明るい声がした。それは調査で旅立っていた、恋人のカズエだった。神殿での二人を見ていたミックは、早くその温かさを感じたかった。急に抱き寄せられたカズエは、キョトンとした表情でミックを見上げる。
「なんでもないよ」
 そう言ったミックは、カズエを抱きしめる腕に力を込めた。


 そして、姫と同時期に姿を消した暗黒騎士は、「闇に取り込まれて狂ってしまった」「魔の鎧に食べられてしまった」といった噂が流れ、そして人々の記憶から次第に消えていった。





 どこかにある世界の狭間。そこで声なき声が響いている。

 ───カオリ。いつかまた、おまえを迎えに行く。

 ───リョウ。あなたを待ち続けるわ、絶対に…。

 そして光と闇は、またどこかへと弾かれていった。





 そんな光景を見ていた存在がぽつりと呟く。

 ───そんなにも一緒に居たいというのなら…。

 何かを企むような声は、そのまま何事も無かったかのように消えていく。
 その声の主が「神」であるとは、光も闇も知る由もなかった。

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プロフィール

うーたん

Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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