Ambivalent and Vague

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Silent Eve The After 9

Silent Eve
But Christmas ain't what it used to be.

 
「あれから一年、かぁ…」
 ゆっくりとタバコを吸うために足を運んだ屋上で、撩は去年のことを思い出していた。
 ちょっとしたボタンの掛け違い、そこから生まれてしまったすれ違い。香がコルトローマンを置いてアパートから去ったときの衝撃を、撩は今でも忘れない。あれからどんなに同じ時を刻んでも、どんなに身体を重ねても、あの時の記憶は鮮明に残っている。
 ───どうすれば、ずっと一緒にいられるのか。
 いくら考えても、その答えは浮かばない。これだと思ったことも、直後にはしっくりいかなくなっている。そんなことを考えながら、今年もこの日を迎えてしまった。香のことだ、撩に何も言わないが、去年のことを決して忘れてはいないだろう。胸の奥にチクリと潜む棘のように、香が撩から離れる決心をした瞬間は、きっと今でも彼女の心の中に眠っているはずだ。
「な〜んか、できないかねぇ」
 去年のクリスマスだって、撩はその時に考えられる精一杯のことをやったつもりだ。しかし、翌年の誕生日ごろの出来事で、どうも香にとっては引っかかりを残す再会だったのではないか、と撩は感じたのだった。
「そりゃな、準備すんのに頼んだのが、オンナだったもんなぁ」
 立場を逆にして考えれば、素直に喜べるものではない。何も言わないという香の優しさに甘えているようでは、いつかまた、去年と同じようなことが起こってしまうだろう。それだけは避けたかった撩は、今年は知り合いの女性に頼むことなく、一人で準備をしていたのだった。どの場所ならいいのかと探していたら、気付けば深夜に帰宅の日々だ。やはり香がいい顔をしていないのをわかっていながら、頼むからクリスマスまで待ってくれと思う毎日だった。


 指に挟まれたタバコがそろそろ終わるという頃、
「撩、ごはんだよ〜」
と元気な声がした。夕食の準備をしていた香が、撩を呼びに来たのだった。
「おうっ、今いく」
 自分が香のために準備してきたことを、一体いつ告げようか。撩はそのタイミングを計っていた。





 だが、時間はどんどん過ぎていく。準備が完了したのは早かったはずなのに、クリスマス当日になっても撩は香に告げられていなかった。「こんなことを向かいの堕天使が知ったら、それこそ笑い者にされんぞ…」と思ったものの、「どう言ったらいいのかがわからなかったんだよ」と言い訳を並べて当日まで来てしまったのだった。とは言え、今日こそは言わなければならない。


 撩がブランチをとっていると、そこへコーヒーを持った香がやって来た。まず朝一の掲示板チェックは済ませてきたようで、「また依頼が無かったなぁ」とぼやいている。「依頼なんていいんだよ、むしろ無くていいんだ」などとは口が裂けても言えないが、このタイミングがラストチャンスかもしれない。そんな思いは、例の件を口にさせた。
「あのさぁ、香。今夜はイルミネーションに出掛けっから。帰るのは朝になると思うから、ヨロシク」
 その言葉を聞いた香は、撩の言ったことがすぐには飲み込めなかった。
 ───イルミネーションに出掛ける? 朝帰りになる? 一体、どういうこと?
 ここ最近、撩の帰りが遅いことはわかっていた。「ちょっと出掛けてくる」と詳しいことを言うことなく出掛ける男を、香は複雑な想いで見送っていた。この一年の積み重ねで、撩が香を大切に想っているのは十分わかっているし、必ず香のもとへ帰ってくると信じている。しかし、相変わらず綺麗な女性が大好きで、ナンパを止めることをしなかった。その光景に、撩への愛が揺り動かされることはないにしても、少しだけ心が痛むのも事実だ。そんな香の気持ちを、撩はどう思っているのか。言えば重荷になってしまうとわかっているから、香は自分の気持ちを飲み込むしかなかった。こんなことが続いたら、去年の二の舞になってしまう。その不安をどうにか収めてくれるのは、この一年間で一緒に過ごしてきた日々だった。
 それにしても、イルミネーションに出掛けて、朝まで帰ってこない、とはどういうことだろうか。もし自分を誘うのであれば、ちゃんとわかるように言ってくれるだろうし、そもそもわかりにくい言い方などしないだろう。ということは、誰か他の人と約束してしまったのかもしれない。女性に対して自由奔放、それも冴羽撩。香はそう理解しているところがあった。ならば、そういうことなのだろうと結論づけた香は、
「はいはい、わかったわよ」
と答えることが精一杯だった。どこの女性と出かけるのかはわからないが、とにかく夕食の支度はしなくてもいいということらしい。せっかくのクリスマス、今年こそゆっくりと一緒に過ごせるのかと思いきや、当日起こった大どんでん返しに、香はやはり悲しくなる。撩は自分のことに精一杯で、そんな香の心境を見抜くことが出来ていなかった。


 この日の午後、香は掲示板チェックを休んだ。





 夕方になり、部屋で準備をしていた撩がリビングに入ってきた。いつもとは違った服装、それは去年のクリスマスに着ていたスーツだった。あの時の思い出の服を着ていくのかと思うと、香の気持ちは複雑だ。撩はそんな香を見て、不思議そうな顔をしていた。
「んあ? 香ぃ、おまえはまだ支度してないのか?」
「支度してないって、別にあたしは何も予定ないし」
「はああああ?」
 このときになって初めて、撩は香に自分の意図が伝わっていないことに気がついた。香に対してあれだけ言えばわかってもらえるだろう、という撩の予想は外れていたのだった。
「俺、言っただろ。イルミネーションに出掛けるって」
「だからそれは、どこかのおねーちゃんとの話でしょう?」
「なんでそうなるんだよ。俺は誰に言ったんだよ」
「誰にって、あたしに言ったけど。…って、もしかして、あたしと、なの?」
「もしかして、じゃねぇ。おまえとだ、お・ま・え・と! さっさと支度してこいっ」


 自分の勘違いがわかった香は自分の部屋に戻り、大慌てで支度をしていく。
「あれ、撩ってあのとき、何て言ってたっけ?」
と思い出せば、「あのさぁ、香。今夜はイルミネーションに出掛けっから。帰るのは朝になると思うから、ヨロシク」と言った撩の姿が浮かんだ。イルミネーションを見に行く相手は香だ。だとすると、朝帰りの相手は。
「あ、あたしぃ!?」
 香は改めて自分の下着を振り返る。今身に着けているのは、動きやすさ重視のブラジャーだ。色もベージュで、色気などはどこにもない。
「白じゃ幼いし、黒だと気合い入れすぎだと思われてイヤだなぁ。やっだ、このピンクは毛羽立ってるじゃない。もぉ、どれにすればいいのよぉ」
 下着をベッドの上に広げながら、香は途方に暮れていた。服は去年のクリスマスに着たものと決まっているのだ、あとは下着だけだった。
 と、その時、
「これはどおですかぁ?」
と呑気な声がして、香に何かが手渡された。それは、銀糸の刺繍が入ったレースをふんだんに使った、ネイビーのブラジャーとショーツ。
「あっ、このネイビーね。この前買ったけど、着る機会がなかったのよね」
「でしょでしょでしょ。いつまでたっても着けてくれないんだもん。今日はこれがいいなぁ」
 一瞬、いいかなと思った下着を選んだのは、今ここにはいないはずの男だ。香のこめかみに血管が浮かび上がる。
「あら、撩。どうしてここにいるのかしら。そして、どうしてこの下着のことを知っているのかしらぁ?」
 香が一瞬にしてハンマーモードに切り替わったのを察すると、
「撩ちゃん、リビングで待ってるから。ネイビーでよろしくね、香ちゃ〜ん」
と言いながら逃げ去っていった。
「まったく、油断も隙もないヤツ」
 香はブツブツ言いながら、しかし撩が選んだ下着を身に着けていた。


 支度を終えた香がリビングへ姿を現すと、撩はフッと微笑んだ。自分の服装を見て、ちゃんと合わせてくれている。香のそういうさりげない気遣いが、撩にとっては大きな救いだった。
「じゃ、行くか」
「うんっ」
 新宿から地下鉄で一本、降りて地上に出た先にあったのは、大きな商業施設だ。撩がすっと左腕を出す。香は戸惑いながらも腕を絡めると、撩は香のペースに合わせて歩き出した。そして、さらに歩いていけば。
「うわぁ!!!」
 目の前には、どこまでも広がっているイルミネーション。音楽に合わせて、たくさんの色が光り踊っている。光が波を作り、そして渦巻いて自分たちを包み込むようだった。じっと見ていると、音楽の終わりと共に、イルミネーションが暗くなった。まだこの場所で包まれていたいと思った香は、撩を見上げる。
「ねぇ、もうちょっと見ていていい?」
「あぁ、いいぜ」
 再び始まったイルミネーションを、香はキラキラとした表情で見つめている。そんな香を見ている撩の目は優しかった。


 その後も周辺を散策した二人は、もう夜もいい時間になっていると気がついた。夕食のためにお店を探そうにも、どこも混んで待たなければならないだろう。それならば、と撩には考えがあった。
「香、もう次の場所に行くぞ」
「次の場所?」
「そ、すぐそこの建物」
 撩が指差した先にあったのは、自分たちがいたビルよりは低い建物だったが、そのロゴマークは香でも知っている。
「ちょっ、ちょっと、りょお!」
 焦った香をそのまま連れて、撩はその建物に入っていった。ロビーのソファに香を待たせ、戻ってきた撩は香をエレベーターの前まで連れて行く。撩の手には、あの日のようにカードキーがあった。これから何があるのか、おぼろげだった香の予想は、確信に変わろうとしていた。
 撩が香を抱き寄せると、香は撩を見上げた。二人の視線が交錯して、互いに相手しか見えていない。
「食事はルームサービスでいいだろ?」
「ふふふ、あのとき、いっぱいルームサービスを使ったのに?」
「今回も使えばいいんじゃねぇの? 散々使ってさ、部屋から出なければいい」
「本気なの?」
「もちろん、本気」
 香は撩の首に腕を回して、唇が耳元に届くように背伸びをした。
「じゃあ、逃がさないで、撩…」
「あの時言っただろ、『もうお前を二度と逃がさない』って」





 エレベーターの到着を知らせる音が響いても、二人は構わずに唇を重ねていた。







Special Thanx to Nimono

 パラレルの話は、クリスマスに関係なくゆっくりと書いていくことにしました。その代わり、この二人が再登場。皆様、素敵なクリスマスをお過ごしくださいませ。

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好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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