Ambivalent and Vague

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35/夜のしじま

I have, and always will.

 
 今日も伝言板には依頼なし。いつも通り。
 香はその光景にため息をつきながらも、しかしすぐに気を取り直してその場を立ち去った。


 正月三が日も終わり、新宿は日常を取り戻しつつある。不夜城と言われる街であっても、年越しを過ぎれば、案外静かな空間だ。そして次には、デパートの初売りに胸躍らせる人びとが集まる。今年はもう仕事始めを迎え、交差点では勤務先に向かう人が行き交っている。早速仕事なのかとげんなりした顔、新年だからと気合いを入れ直した表情。人間模様は、相変わらず様々だ。





 ───この年明け、香は静かにその瞬間を迎えた。


 同居人は「ミケランジェロの穂乃華ちゃんが、ボキをご指名なのだ~」とはしゃいでいたし、年越しぐらいは羽目を外しても構わないだろうと香は思っていた。日常的にツケを溜められるのは困るが、撩が年末年始に繁華街へ顔を出すことは、普段から世話になっている人びとへの挨拶も兼ねている。そういった意味合いの飲みまで、香は撩に口うるさく言うつもりはなかった。用意された年越しそばを年末恒例の歌合戦が始まる前にたいらげ、撩はご機嫌な様子で出掛けていった。
 テレビから歌が流れ出す。例の歌合戦が始まったらしい。もう年越しそばで満たされていた香だが、こっそり用意しておいたおつまみとビールを持って、テレビの前に陣取る。時折ザッピングしてお笑い番組も見ながら、結局は歌合戦に戻っていた。
 そして、ふと香は思う。
 兄である槇村と一緒に過ごせた大晦日、それはいつまで遡ればいいのだろうか。毎年やっている番組だからこそ、香は昔のことを思い出していた。


 警察官だった時代は大晦日も仕事だったことが多かったし、撩とパートナーを組んでからも出掛けることが多かった。高校卒業を控えた大晦日、その日も変わらず出掛けようとする兄に向かって、香は不満そうな口調で言った。
「もう警察官じゃないんだから、お仕事ないでしょ。なんで出掛けちゃうのよ」
「確かにそうだが。こういう時じゃないと、挨拶出来ない人もいるんだよ」
 槇村は苦笑いしながら答えた。新年を迎えるその瞬間は、家族と一緒にいるものではないのか。今までが「仕事だから」と我慢してきた分、自由に出来るであろう今も一人にされるのは、香にとって少し堪える。だからだろうか、いつもなら飲み込んでいた想いが、このときはスルリと口から出た。
「何それ。それで、あたしは一人にされるの?」
 そんな妹の言葉を聞いて、槇村は困った顔をした。もちろん、槇村にだって香の言いたいことはわかるし、言い分はもっともだと思っている。だが、新宿という街に住む人びとと繋がって仕事をしている以上、律儀な槇村は挨拶という習慣を欠かしたくはなかった。懇意にしている情報屋などは、年明けしばらくは新宿を離れることも少なくない。まだ皆がいるであろうときに、槇村は会っておきたかった。
「香、おまえにもわかる日がくるよ」
 まだ高校生の妹には、そして今までずっと寂しい思いをしてきた香には受け入れられないことかもしれない。そんな槇村の想像通り、
「そんなの、わっかんない」
と口を尖らせて言い、そして香は俯いてしまった。
「ははは、今はそうだな…」
 槇村は、そうとしか言えない。二人の間に少し気まずい空気が流れる中、香は顔を上げて槇村を見た。そこにはさきほどまでの拗ねた表情はなく、何かを選択したような、何かを諦めたような目があった。
「じゃあさ、明日の朝は一緒におせちを食べようよ」
「そうだな、お隣からもらった餅もあるし、たくさん食べるか」
 新年を迎える瞬間の約束は出来そうにない。しかし、目覚めた朝の約束なら果たすことが出来る。いや、それは絶対に守らなければならないと槇村もわかっていた。一番目の願いが叶えられないのであれば、次の願いが叶えばいい。そうやってずっと香を我慢させてきたはずなのに、今も香は同じことをしようとする。
「うん。じゃ、いってらっしゃい」
 笑顔で見送ろうとする香に、槇村は少し胸が痛む。それでもやはり、槇村は出掛けることを選んだ。
「あぁ。夜更かしは仕方ないが、ちゃんと寝るんだぞ」
「わかってるってば」
 そんな会話を最後に、玄関がバタンと音を立てて閉まった。
 この部屋には今、香一人のみだ。部屋のテレビからは、もう少しでトリを迎える歌合戦が流れていた。


 槇村が不慮の死を遂げ、香は撩のパートナーとして押しかけた。撩は香が思うよりも自由人で、大晦日も変わらず、自由気ままに過ごしている。そこに相容れなさを覚えることもあったし、諦めることも多かった。だからといって、自分の過ごし方を変えるつもりも、香にはなかった。
 そうすると不思議なことに、撩は香と一緒に年越しそばを食べるようになり、大掃除を一緒にやるようにもなった。普段から共に過ごす時間が増えていき、少しずつ撩のやっていることも理解出来るようになっていく。それでも、撩は年越しの瞬間を家で迎えることはなかった。
 寂しくないと言えば嘘になる。しかし、香は槇村のことをふと思い出したのだ。それ以降、大晦日の飲みは大目に見るようになった。撩は急に何も言わなくなった香を訝しがっていたが、「あんただって、いろいろと顔を出すところがあるんでしょ」という言葉に何かを思ったようだった。


 酒というものは、気になっている記憶を引き出しやすくするものなのだろうか。ビールでほわんとした頭は、これまでのことを芋づる式に思い出させた。そして、自分たちの関係が変わっても、撩には変わらない部分がある。今夜もそうだったなぁと思いながら、香はテレビを見続けていた。


 年越し15分前に歌合戦は終わった。静かな境内を映しだす画面はそのままに、香はコートとマフラーを身につけて屋上へと向かった。時報に合わせた腕時計に視線を落とす。寒さの中、香は夜空の下でその瞬間を迎えたいと思っていた。リビングという閉ざされた空間ではなく、繁華街のどこかにいるはずの撩と、空の下という同じ空間で一緒に迎えたかったのだ。





 指先が寒さでかじかむ。はぁ、と香が息を吹きかけると、手には一瞬だけ温かさが残った。

 ───あと3分。
 その瞬間を見逃さないよう、香は時計の針に集中していた。

 ───あと2分。
 吐く息は白く、そしてあとかたもなく消えていく。

 ───あと1分。
 再び時計の針を睨む。その瞬間まで、もう少しだ。

 ───あと30秒。
 やはり寒さにかじかんだ手に温もりを戻すべく口元へやると、その上から大きな温もりが重なった。香が驚いて振り向けば、そこには撩がいた。話し掛けようとする香の口に人差し指をそっと置き、香の腕を取る。

 ───5、4、3、2、1…。





 二人の関係が変わってから初めての年明けを、香は静かに迎えた。香の吐息を奪い、「おめでとう」の言葉すらも許してはくれない、撩の唇。


 それでも、香は嬉しかった。その瞬間を二人で迎えられたことが、ただただ嬉しかった。







 遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。今更な話からスタートした当ブログですが、本年もどうぞよろしくお願い致します。

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好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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