Ambivalent and Vague

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40/わからない

彼女の海

 
 ───溺れたいのか、溺れたくないのか。





 香が帰宅してみると、ソファの上で撩が横たわっていた。いいご身分だと声を掛けそうになるも、いつもとは違う様子が逆に香を戸惑わせる。崩れた顔で愛読書に目を通すわけでもなく、紫煙を纏わせているわけでもない。ただ横になり、どこか遠くを見つめていた。
「撩?」
 香が遠慮がちに名前を呼んでも、撩が反応することはなかった。自分の呼びかけに反応してくれなかった悲しみよりも、遠くに飛んだ意識が撩と自分の距離を示すようで、漠然とした不安が香の中に生まれ始めていた。
「撩」
 それでも香は、撩の名前をもう一度口にしてみる。香が撩に出来ることといえば、側で彼を見続けることだけだ。それは時として、愚直だとしか言えないことなのかもしれない。しかし、撩のどんな姿を見たとしても目を逸らさないでいられること、それが香の才能であることは確かだ。自分が入り込めない撩の闇を目の当たりにしても、香は決して拒絶しない。
「撩…」
 ソファに近付いても、心が遠くにある撩の様子は変わらなかった。一体何を考えているのかはわからないが、その全てを知って癒してあげたい、と思うのは陳腐なのだろう。
 それでも撩の身体は温かく、その温もりに触れたいと思う。そして、彼の存在を感じていたいと香は願うのだ。だから、右手を漆黒の髪にそっと置き、手のひらで感じる僅かな熱を大切に受け取った。


 頭に感じた重みで、撩は香の帰宅をやっと知った。
 何があったわけでもなく、むしろ何も考えてはいなかった。やっと香へ視線を向けた撩に香は、
「ただいま」
と微笑む。その笑顔が優しくて、
「おかえり」
と撩は呟いた。香は撩の世界を尊重するかのように、ただひたすら頭を撫でているだけで何も言わない。何をしていたのかと質問をされても答えを持っていないのだから、香の行動は撩にとってありがたいものだった。


 優しい笑顔は、その目に撩への信頼を浮かべている。その気持ちが嬉しくて、同時に怖い。
 不確実な存在である撩に、香は確固たる想いをぶつける。いくら香が恵みの雨を降らせても、撩が差し出せるものは砂の城だけだ。香の想いを受け止めることも出来ず、撩は自分の想いを見失って崩れていく。
 香の想いはやがて海となり、撩の目の前に広がっている。その水に自分の足を浸したいという願い、そして、自らの黒い水を流し込みたいという欲望。その両方が撩の頭の中で渦巻き、自分が何を選びたいのかすらわからなくなっていた。
 香と身も心も交わすことを罪とは思わない。禁忌であるとも感じない。ただ、自分が香と何をしたいのか、その答えはこれまで二転三転してきた。撩はまだ決断することが出来ないから、今は中途半端なままで時間が過ぎていくしかない。
 身も心も交わして、彼女をどこまでも甘やかしてみたい。自分でいっぱいにして、彼女から余白すらも奪いたい。
 時には近づいて、いつでも受け入れてくれるはずの彼女を確かめてみることぐらいは許されるのだろう。そう思いながらも、今は彼女の海を眺めることだけで精一杯だ。


 海は静かなままではない。打ち寄せた波は砂浜を濡らし、潮の満ち引きは海の表情を変えていく。海を見るだけだと距離を取っていたつもりでも、気付けばその足下にまで水が迫っていた。
「ねぇ、撩。コーヒー用意するね」
 香が本当に嬉しそうな表情をするから、撩も「おう」という返事しか思いつかない。
 香の笑顔をまた見たい。明日も見たいし、いつまでも目の前で笑っていて欲しい。
 そう思っている時点で、すでに足は彼女の海に包まれているのだということを、撩はまだ気がついていなかった。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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