Ambivalent and Vague

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Opposite : Ryo

ただ、その祈りを
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 月明かりが海を照らし、キラキラと変化する光が波の存在を教えている。海の見えるホテル、そのロビーから見渡せる光景は、そんな質素なものだった。潜入を依頼されていたパーティーも終わり、後はアパートに戻って眠るだけだ。今から車を飛ばせば、日付を超えることなく到着するだろう。
 香は出席者の一人として、肩を大胆に出したドレスを身に着けていた。夜明け前を思わせるドレスの青が、今にも外の闇に溶けていきそうだ。今、その香は何を言うこともなく、胸の前で手を組んでいる。夜の海に向かい、何かを想いながら、声なき会話をしているようだった。


 この依頼が決まったとき、香がやけにそわそわしていたことを撩は覚えている。カレンダーをじっと見て、手にしていたマジックで日付を丸で囲んでいた。
「おいおい、久し振りの依頼だからって、そこまでするのかぁ? おまえだったら、覚えてるだろ」
「そんなんじゃなくて…。ただ、忘れたくないのよ」
 そう言って、香は逃げるようにリビングを出て行った。印を付けられた日は、単に依頼があるというだけではない。その他にも意味があるはずだ。
 一年前、この日に何が起こったのか。撩は、それを忘れることはないだろう。これまで自分を縛り付けていた過去を脱ぎ捨て、自分をいつまでも呪おうとしていた男と決着できた日だ。
 呪いの裏にあったのは、愛。
 撩がどうしても海原に求めずにはいられなかった想いが、実は海原も同じであったこと、それを確認出来ただけでも十分だった。二人きりで交わした会話が、果たして現実だったのかどうか。今さらそれを問うても、誰も答えを出してはくれない。幻だったとしても、かつての温かさを海原から感じ、父としての言葉を聞けたこと、それだけでよかった。
 今日の昼間、依頼のために撩が準備をしていると、用意されたものを見た香が、
「ねぇ、撩。他に持って行くものはないの?」
と聞いてきた。撩は、香が言いたいことは何となくわかっていた。だが、今さら何を持って行けばいいというのだろう。
「いんや、これだけだ。あんまり大事にしたくない、って依頼人の希望だしな」
「そうだね。…うん、わかった」
 言ってきた割にはすぐに引き下がる香に、撩は戸惑いを覚えた。それでも、撩からは何も言えない。


 海はどこまでも広がっている。例えここから見えなかったとしても、視線を走らせたそのずっと先には、確かに沈んでいる存在がいるのだ。麻薬や資料は引き上げられたが、船そのものを引き上げることは出来なかった。爆発で歪んだ船を棺として、あの父は眠っている。やっと狂気から解放されて眠ることができた父を、撩はそっとしておいてやりたかった。いまだに父への強い想いを伝えてしまいそうだから、撩は祈ることも出来ない。自分に出来ることといえば、形見代わりの44マグナムを撃つことぐらいだ、と撩は思っていた。
 しかし、香は違っていた。彼女のこれまでがそう考えさせるのだろう、命日に海を見られるのならば、花の一つぐらい手向けてはどうか、と思っていた。それでも、撩と海原の問題は簡単に口出し出来るものではないと感じたようで、その考えを撩に伝えることはなかった。ただ、香は香で、この日に何かをしようと決めていた。

fgsmMlN5 のコピー

 目を閉じた香は、胸のうちで海原に語りかけている。ただ祈るということすらも出来ない自分に代わって、香が祈りを捧げている。いつまでもこの静かな時間は続くのだろうかと撩が思ったとき、香が手を解いて顔を上げた。撩を見た香は、
「ごめんね、じゃ、帰ろ」
と言って微笑んだ。
 何をしたとは言わない。何をしろとも言わない。
 想いを交わしてからも、撩の領域を大切に見守ろうとする。その香の健気さに、撩は救われてきた。そして、これからも。
「そうだな、帰るか」
「うん、帰って少しはゆっくりしたいもんね」
「…香」
「なぁに?」
「ありがとな」
「撩?」
 不思議そうな顔をした香に、撩は理由を言わない。言えるはずもない。撩は香の肩を引き寄せ、そのまま駐車場へ向かった。ふと、途中で振り返り、夜の海を見る。


 ───もし、想いを届けてもいいのなら。彼女を守ろうとする自分を、そして、二人を見守っていて欲しい。


 神でもなく仏でもなく、静かに眠る父に、撩はそう願った。







Special Thanx to Shiro-Anzu.

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好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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