Ambivalent and Vague

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ハッピーエンド?

 
 ───呼ばれた気がしたから、あたしはただひたすら走ってみた。





 誕生日はいつも通りに過ごそう、というのが今年の約束だった。香は「誕生日だから、何かしたい」と撩に言ってみたものの、「日常こそが得難いものだから」と呟いた撩に何も言えなかった。望んでいるものが穏やかな時間であれば、その願いを叶えよう。香がそう切り替えて迎えた、三月の終わりだった。


 26日はその約束通り、特別なことは何一つなく過ぎていった。香が伝言板をチェックすることも、その周囲で撩がナンパをすることも、二人でキャッツに立ち寄ることも、二人はいつも通りだ。
 ただ、「いい?」と言われて始まった夜は、いつもと趣が異なった。ベッドの上で香は、為すすべもなく翻弄されていた。与えられるものに溺れ、更に求めようとする香の様子こそが、撩の心も身体も震わせる。どんなに限界を訴えてもねじ込まれる快楽は、香を現実から遠ざけていった。そんな最中、遠くで何かが聞こえる。
「31日はすまん。その分も、な」
 激しい動きとは正反対の優しい声に、そしてその内容に、香の目から涙が一筋こぼれた。


 そして31日を迎え、夕食の時間帯を迎えても、香の目の前に撩はいない。
 午前中、香は槇村の墓前にいた。兄と声なき会話をする時間は、やはり今年も穏やかだった。だが、今年は香一人の訪問だ。香が訪れたときには既に、花が一束供えられていた。恐らく、それは冴子なのだろう。そして、その花に隠れるように、タバコが一箱置かれていた。依頼で忙しいはずの撩が足を運んだこと、それだけでも香は嬉しくなる。
 26日以降、撩は特に大きな準備をしている様子は見られなかった。大がかりな依頼ではないのだろうか、依頼内容を聞いてしまおうか、と香は何回も悩んだ。しかし、自分がそうやって悩むことこそが答えなのだと思い、その問いを撩へ投げかけることはなかった。
 自分を納得させたとしても、やはり一人の夜は寂しい。パーカーを羽織った香は、アパートを出て走り出した。行く先の当てなど、特にはない。誰に会うでもなく、ただひたすら新宿の街中を走っていた。


 無我夢中で彷徨っていた香が急に立ち止まる。自分の息苦しさに気付き、息の荒さに驚いたからだ。周囲を見回すと、そこまで暗くもない住宅地だった。自動販売機で水を買った香は、近くに何かを見つける。そこには一本の大きな木が立っていた。街灯しかないそこで、桜は闇夜に浮かび上がる。満開を過ぎ、花びらがいくつか舞い降りていた。


 よく見れば、薄桃の下では一組の男女が抱き合っている。その男女の姿は、香にとってどこか異世界だ。
 長い黒髪、赤くひかれたルージュ、匂い立つ女性としての存在感。女は腰を抱かれ、首筋を撫でられている。しかし、女を抱きしめる男に愛を囁いている様子はない。そして、香はその男と目が合った。男の目は夜を越えて、虚無の闇へと香を誘う。それほど、男は無表情だった。抱きしめていた腕を緩めれば、女がドサリと、重力のまま崩れ落ちる。あぁ、自分は見てしまったのだ、と香はそのときになって気が付いた。
「撩…」
 撩の領分を自分が侵害できるはずもない。「どうして」と問いかけたとしても、「依頼」という以外に答えはない。しかし、何も言わない空気に耐えられる強さも香には無かった。こんなとき、例え文脈が間違っていたとしても、すぐに思いつけることは多くない。
「き、綺麗な桜ね」
 それでも撩は答えない。距離を縮められないから、却って撩の様子を観察出来てしまう。黒いシャツとジーンズ、中にはバーガンディーのTシャツを着ているようだ。いつもとは違う洋服だと思っていると、右手の赤に気付く。
「ケガしてるの?」
「いんや」
 やっと口を開いた撩は、何もなかったかのような口調だった。いつも通りといえばそうなのだが、香を先程の出来事が邪魔をする。どこかに違いを探そうとして、だからこそ今は日常ではないのだと納得したかった。


「香、その水」
 撩がペットボトルを指差す。香が渡すと、撩は桜に近づいていった。香も一緒について行くと、そこで撩はペットボトルの蓋を開ける。ペットボトルから流れる透明は撩の手で赤くなり、桜の根元で土に消えていった。ペットボトルを香に戻しながら、撩は静かな声で、
「こうすれば、桜も更に色付くさ」
と言う。撩が何を言い出したのか、香には理解が出来ない。
「何を言って…」
「よく言うだろ? 桜の木の下には死体が眠っている、その血を吸うからこの色なんだって」
「そんなの…」
「嘘だと思う?」
 撩がチラリと視線を逸らす。そこにあるのは、撩が抱きしめていた女だ。女は血が染み込んだような、真っ赤な洋服を着ている。
「こうやって、この桜も」
 撩は女の横に行き、力を失った身体を起こした。女の背を桜に向けて抱きかかえると、その首元に手をやる。
「撩?」
 スッと手が動いたと思えば、何かが一気に飛び散った。赤が舞い、薄桃にもその存在を残している。その様子があまりにも日常からかけ離れ、香はどこにも現実である証拠を見つけ出すことができなかった。
 ドサッという音がする。香が音の方を向くと、女は再び力無く横たわっていた。撩の手には、銀色の刃が握られている。
「ほらな」
 状況にそぐわぬ無邪気な笑顔で答える撩に、香はゾクリとしたものを覚える。二人の間を越えられない何かがあると実感するのは、大抵こんなときだ。それぞれのスキルや経験値の差ではない。ただ、撩の中にはびこる闇がそのまま顔を出すと、香はどうしたらいいのかがわからない。絶望的なほどに暗い底に光を当てても、ただ吸収されるだけだ。光はその底を照らすことはない。自分は撩のそばで何ができるのだろう、そこに答えなどないのだ、と突きつけられる瞬間だ。そんな戸惑いが表情に表れていることを、香自身は気付いていない。


「香、また水」
 香がペットボトルを渡そうとすると、撩は手にしていた刃を香が見えるように出した。意外にもあまり赤がこびりついていないそれは、確かに撩のものだった。
「ここにかけて」
「え?」
「いいから」
 そう言いながら撩は、刃を桜の根元に向けた。香がペットボトルを傾けると、透明な液体はそのまま落ちていく。銀色を取り戻した刃を見た撩は、素早く空を切った。刃に残っていた水が飛び、香の頬を微かに叩く。その水の冷たさを感じ、香は穏やかに微笑んだ。


 撩が懐に入れていた手を出すと、刃のかわりに小さい何かを手にしていた。透明なキャップからは、黒い本体がそのまま見えている。
「これ…」
「おまえの誕生日だろ?」
 そう言いながら、撩はルージュを繰り出す。そして香の唇に近づけると、反射的に香は目を閉じた。撩が人を殺めたというのに、彼に向かって無防備にも香は目を閉じる。撩にとっては、そんな香の信頼が嬉しく、そして彼女の信頼をどこまでも試したくなる。
 唇にルージュを滑らすと、ふわっと香りが残った。
「甘い香りね」
「それだけじゃねぇよ」
 突然始まった噛みつかれるようなキスに、香は戸惑った。入り込んだ舌が連れてきたのは、ここにはないはずの甘い味だ。執拗に刷り込まれる甘さは、香を惑わせる。
「一人にした分、今からな」
 香の頬を撩の指が撫でる。その手が先ほどまでしていたことを、香はもう考えないことにした。闇を纏う撩に対して自分は何が出来るのか、焦点はそこではなかった。彼の闇が垣間見えたこと、それだけで穏やかに笑える自分がいると知ってしまったからだ。
 ───こうされるのが嬉しいなんて、あたしも同罪ね。
 今夜ならば、撩にこびりついた罪は色濃い。その手で自分の奥深くに触れて、罪と闇の痕を残して欲しい。そう願うから、香は撩に話しかけた。
「じゃあ撩、連れて行って」
「了解。日付が変わる前に、な」
 言葉を読み取った撩は、スッと香を抱き上げる。そのまま二人は、近くにあるはずのクーパーへと消えていった。





 花びらをはらはらと浮かべながら、桜は残された存在を密やかに見つめていた。







「ハッピーエンド(Single Version)」 SILVA

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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