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Ambivalent and Vague

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Möbius loop 3

いばらの冠
星に願いを」のつづき


 
 香が目を覚ますと、目の前には無機質な天井が広がっていた。
 客間から401号室に移動して、もう数ヶ月が経つ。それでもこの部屋には、最低限の物しか置かれていない。香一人分の食器、折り畳めるテーブルと座布団、そして布団一式だ。食器は水切りかごが定位置で、食器棚すら買ってはいなかった。洋服だけは数を揃えていても、質素な衣装ケースに収められている。カーテンも「安かった」というだけの理由で灰色であり、とても妙齢の女性が住んでいる部屋という印象ではない。香にとってこの部屋は、ただ生きるために食事をとり、そして寝て身体を休めるためだけの意味しかなかった。
 そんな無機質な空間にも、朝が来れば、太陽の光が差し込んでくる。その光で香は朝に気付き、どこか重い身体を布団から引き摺り出すように、自分の上半身を起こした。何を考えることもなく、袋から食パンを取り出し、水切りかごから取り出した皿に乗せる。食器はどれも青白く、温かみは感じられない。心を躍らせるような色は、この部屋には必要ない。今の香には、モノトーンの世界で十分だ。
 冷蔵庫から取り出した牛乳をマグカップに注ぎ入れ、皿と一緒にテーブルに運ぶ。座った香は食パンを一口大にちぎり、口の中へ放り込んだ。咀嚼はするが、それは飲み込むための準備運動のようなものだ。味や食感は二の次どころか、関係なかった。生きるためには食べることが必要、ただそれだけだった。
 数ヶ月前までは自分が毎日料理していた、そのことを香は覚えている。しかし何を思って台所に立っていたのか、それがよく思い出せない。


 自分がシティーハンターのパートナーとしてふさわしいのか、それを自問自答しないままに突っ走ってきたのだな、と香は思う。そして、今この時になってやっと、そのことを考えたのだ。
 撩がなんと言おうが、裏の世界で自分が素人の範疇を超えないということを、香自身がよくわかっている。トラップ技術の腕を磨いても、照準を合わされたコルトローマンで射撃練習をしても、きっと自分は撩のアシストなど十分に出来ないのだろう。今まで出来ていたと思っていたのは、撩が香に合わせてくれていたからだ。しかし、それはスイーパーのパートナーとしては致命的で、撩が仕事に集中することを妨げている。撩のためには、自分が側にいるのは間違っているとしか思えない。しかも、今さらパートナーを解消して離れたところで、撩にとって香の存在はある意味変わらない。シティーハンターをおびき寄せる餌として使われることは目に見えていた。
「どうすればいいのかなぁ。いなくなればいいのかなぁ。ねぇ、アニキ…」
 言葉で悩みを吐露しても、その心は追いついてこない。心を凍らせた香だからこそ、その短絡的な選択に拍車がかかりつつあった。





 そんな日常に入り込んできたのは、親友である絵梨子の声だった。今までなら断っていたモデルのバイトも、短期バイトが終わってしまった今となっては渡りに船だ。
 新作ラインのポスターを撮影したいのだが、どうしてもイメージに合うモデルがいない。香ならイメージに近いから、ぜひ協力して欲しい。絵梨子はそう力説した。
 これまでならば、シティーハンターのパートナーとして、目立つ行動は避けていた。必ず撩に相談し、「撩がいい顔をしなかったから」と断ってきたのだ。だが今は、相談する相手もいない。自分で稼ぎ、生きていかなければならない。
「わかったわ」
とその場で快諾した香を見て、逆に絵梨子が驚きの表情を隠せなかった。
「いいの? 本当にいいの?」
と絵梨子が念を押してきたのを見て、
「いいのよ。さ、説明してくれる?」
と香は返した。どこか腑に落ちない絵梨子も、せっかく香がやると言ってくれているのだから、と気持ちを切り替えた。


 撮影当日、そつなくこなしていく香を見て、絵梨子は呟く。
「香、ちょっと雰囲気が変わったわね」
 香の特徴は、豊かな感情表現だ。作られたものではなく、内側から溢れる、周囲を心躍らせるような雰囲気を香は持っていた。しかし、今はその逆をいっている。香の感情が伝わることなく、どこか淡々とした様子だった。それがかえってクールな雰囲気を醸し出しており、デザイナー目線で言えば悪くはない。
「これはこれでいいと思うけど。冴羽さんと何かあったの?」
 香に何かあるときは、理由の大半に冴羽撩が関係する。だから、その問い掛けをすれば、ほぼ状況の理由を得ることが出来ていた。そう思った絵梨子に香は、
「何もないわよ。何も変わってはいないわ」
と言う。ますます訳が分からないが、とにかく香の気が変わらないうちに、と撮影を進めることにした。絵梨子の目の前には、カメラマンの指示を的確にこなしていく香がいた。


 長時間に渡る撮影がやっと終わった。もう少し話をしたい絵梨子から食事に誘われたが、
「疲れたから、ごめんね」
と香は断った。
 撮影していた建物を出れば、外は日が傾いている。オレンジに色付く街並みの中を香は歩いていた。しかし香の目には、その鮮やかなオレンジ色が感じられず、ただ時刻は夕方なのだ、ということを知らせるだけだった。


「香さん!」
 突然、柔らかな声色が香を呼び止める。ゆっくり振り返ると、そこにいたのは美樹だった。キャッツにいるときとは違い、今はエプロンをしていない。両手に買い物袋を持っているから、どこかに買い出しをしてきた帰りのようだった。
「香さん、お久し振りね」
「こんにちは、美樹さん」
 ここ暫く、香はキャッツアイに顔を出していない。伝言板のチェックも、家と駅の往復を繰り返すのみだ。撩に対する気まずさはないが、撩の世界を狭めたくはなかった。自分がキャッツに顔を出せば、あの男は何かしらを考えるのだろう。自分に関する、余計なことはさせたくない。だったら、必要最小限のことだけをこなして、あとは海に沈む貝のようにひっそりとしていればいい。香は心からそう思っていた。
 撩から現状を聞いていても、それは真実の半分でしかない。もう一人、香からも話を聞いてこそ、真実の全体像を把握することができる。美樹はそう考えていた。目の前にいる香は、確かに何を考えているのかがわかりにくい。むしろ、心を閉ざしてしまっているようにも思える。今の状態ではいくら美樹でも、香と深い話をするのは難しいだろう。
「もうっ、全然お店に来てくれないんだもの。どうしていたのか、とずっと思っていたのよ」
 この美樹の言葉を、香は理解出来なかった。なぜ自分がキャッツに行かないことを心配するのだろうか。社交辞令の返しも出来ず、香はただ困ったように微笑んだ。





 それから約一ヶ月、ただ時間だけが過ぎていく。依頼もない日々では、撩と香が顔を合わせることもほとんどない。
 ボーッとした頭をどうにかしたくて、撩はキャッツへと足を運んだ。家でコーヒーを飲む気にはなれないが、たまには飲みたいと思ったからだった。そんな撩にコーヒーカップを差し出しながら、美樹はこう続けた。
「これ、香さんでしょう?」
 美樹から渡された雑誌を見て、撩は目を見開く。表紙をめくった見開きには、エリキタハラの新作広告が掲載されていた。どこまでも無彩色で、そこに有彩色は見られない。黒いワンピースを着た女性が、上から黒い革のライダースジャケットを羽織っている。足元はこれも黒い、靴底の高いサンダルだ。控えめながらもレースが使われたワンピースとライダースジャケット、そしてサンダル。甘さと格好良さ、ラフさがちぐはぐな印象となりそうだが、このモデルはその印象を融和させて着こなしていた。写真の女性は髪が長く、口元に黒子がある。しかし、それは紛れもなく香だった。感情豊かな香が逆に感情を抑えた表現をすることで、モノトーンの世界をさらに深めている。けだるい雰囲気で立っており、そこに笑顔はない。だが、どうしても写真の彼女に引き込まれてしまう。


「モデルをしている香さんって凄いのね」
「なにが?」
「いつもと雰囲気が違うんだもの。そうね、手の届かない存在、そんなオーラを感じるわ」
「そんなこと…」
 自分が一番そう感じている。だから、自分に言い聞かせるために否定しなければならない。そう思って言葉を続けようとした撩を、美樹は見逃さなかった。
「一番感じているのは冴羽さん、あなたじゃないの?」
「……」
 ズバリ核心を突いてきた美樹に、撩は何も言えない。畳み掛けるなら今だ、と思った美樹が追及を続ける。
「それとも、もう手が届かない存在だと認めて、諦める?」
「美樹ちゃん、何を言って」
「だって、冴羽さんは何もしようとしていないもの。この前頑張ったのはわかるわ。でも香さんの傷は、そんなことでは癒せない」
「……」
 撩は沈黙に逃れようとしている。今だからこそ、美樹は撩に香の様子を知ってもらいたかった。街中で出会ったあの香に心からの笑顔をもたらせるのは、やはりこの男しかいない。
「一ヶ月前、香さんと街中で会ったわ。心を凍らせて、閉じ込めているようで、見ている私が辛かった。そうさせたのは、あなたでしょう?」
「別に、俺が頼んだわけじゃない」
 傷ついているのは自分だと言わんばかりに、撩は少し口を尖らせた。
「確かに、香さんが自分でしたことだわ。…そうね、冴羽さんがそう言うのならば、このままでいいんじゃないのかしら。じゃあ、どうしてイライラしているの?」
「イラついてもいない」
 撩は美樹の言葉を否定することしか出来ていない。この男のどこが裏世界ナンバーワンのスイーパーなのだろう、と美樹は思う。こんなに香という存在に心を掻き乱されているのに、そのことを撩は認めようとしない。男のこれまでを思えば、香に手を伸ばしづらいのもわかる。しかし、それでもやらなければならないときはあるのだ。
「…ねぇ冴羽さん、もう一度言うわよ。本当にあなたはどうしたいの? 何か起こってから素直になっても、手遅れなのよ」


「美樹、臆病者に何を言っても無駄だぞ」
「ファルコン!」
 カウベルと海坊主の声が重なり、美樹が声を掛ける。美樹が頼んだ買い物から戻ってきたのだった。
「香は行動した、こいつは何もしなかった。それだけだ」
「でも、冴羽さんは」
「香にわかるようには行動してこなかったんだ、それはやってないのと同じだ。だが、香の身が危険なのは変わらん。誰かのせいでな。だったら、影ながら一生見守っていればいい」
 美樹を引き継ぐように、海坊主が続けた。その言葉一つ一つが、撩の心に突き刺さっていく。いつもなら面白半分に誤魔化して切り抜けるのに、今の撩にはその余裕もない。
 カウンターに置かれた撩の拳が震えている。いても立ってもいられなくなった撩は、何も言わずに席を立った。キャッツを出て行こうとしたその後ろ姿に、海坊主が声を掛ける。
「今の香は、必要とされればその手を取るぞ。例えそれが、槇村であっても、な」
 その言葉に、撩はハッとする。そうだ、必要とするのは、なにも現世の人間だけではない。香のことを誰よりも想っている存在がいるのだ。


 キャッツを出た撩は、槇村の言葉を思い出していた。
 ───わからないなら、手を離せ。そして、香自身に決断を委ねろ。香の決断なら、俺は何も言わない。
 夢うつつの中で、確かに槇村はそう言った。
「こんなんじゃ、槇村も痺れを切らすよなぁ」
 槇村が香を呼ぶ、そんな展開を撩は考えたくもなかった。





 海坊主の言うとおり、香の身が危険であることは変わらない。
 ある日、香は撩のパートナーであるが故に誘拐されてしまった。無事に助け出せたものの、ここ最近の関係が二人に影を落とし、撩は香に掛ける言葉が見つからない。以前は言えていた優しい言葉も、「これを言ったら、どう反応されるのだろう」と変に考えてしまい、撩はどうしたらいいのかがわからなかった。そのことが却って、相変わらずの言葉を口にさせる。そんな撩に、香は告げる。
「いいの。もう運命には逆らわないから」
 淡々と語られたそれは、攫われた自分を見捨てろと言うことと等しい。見捨てればどうなるのか、結果は火を見るより明らかだ。
「あたしの居場所は、ここにはないから」
 撩が言葉を失う。この世のどこにも居場所がない、と思っていたのは撩だったはずなのに、香は自分がここを去ると言っている。
 ───では、どこへ?
「あたしの居場所は一つだけ」
 それは、「自分であれば」と撩が密やかに願っていたことだ。香が思い描いているのは誰なのか。
「仕方ないなって、きっと言ってくれる。もうあたしには、一人しかいないから」


 何か言いたげな撩を残し、香は自分の部屋へと入った。401号室は相変わらず寒々としていて、気持ちが安らぐ場所ではない。同じモノトーンの世界であれば、絵梨子に頼まれた撮影だってそうだったはずだ。しかしそこで、香はカメラマンにモデルとしての力量を求められていた。絵梨子からも期待を寄せられていた。そうやって、香が香であることを求められていたからこそ、あの撮影を何とかやりこなしたのだ。何も求められやしないこの場所で、自分は一体なにを得るというのだろう。
 ───槇村香として、誰かに求められたかった。
 自分が行動している理由は、やはりこうだったのだ。確かな見返りを求めている、というわけではない。そこには「香が」いて、「香が」何かをもたらしているのだと、誰かに気付いて欲しかった。そして、一番気付いて欲しかった人間は、自分を見ようとはしない。それはわかっている。まざまざと見せ付けられたから、香は心を凍らせて、自分を守ることにしたのだ。
 それなのに、ふとした瞬間に撩の顔が浮かび、その度に香の胸は苦しくなった。いくら気持ちを凍らせたといっても、完全に消滅したのではないのだ。熱量のない想いだけが心に浮かび、時にその存在を主張する。香にとって、見て見ぬ振りなど出来ない。
 心は動いていないはずなのに、どんどん胸が苦しくなる。誰かに「助けて欲しい」と言いたくても、SOSをどうやって出したらいいのかも忘れてしまった。
 ふと見ると、衣装ケースの上に置かれた兄の写真が目に入る。
「アニキ、やっぱり苦しいよ…。助けてよ…」
 やっと出せた声は、頼りないほどにか細かった。


 ───やはり、あいつには勝てないのか。
 目の前で閉まる玄関を見ながら、撩は香が縋っている存在を思う。
 ───だが…。
 その人物が誰なのかを認めた今、撩の心はやっと決まった。
 ───そんなことは、絶対に阻止してやる。





 数日後、二人は久し振りの依頼を受けることとなった。女性の依頼ということで香が嫌な顔をすることはなかったし、撩も必要以上にはちょっかいを出さない。仕事で役割が与えられれば、二人はそれを全うする。分担して取り組んだことが功を奏し、ついに敵をアジトへと追い詰めていた。
 しかし、敵は人数に任せて香を捕らえ、人質として首筋に刃物を突きつけていた。二人にとってはよくあることで、これまでに数え切れないほど、同じような状況を打開してきている。香が敵を油断させ、撩がその間に敵を仕留める。いつもなら、アイコンタクトで十分だった。
 それが、今の香は目を閉じ、まるで何かを覚悟した姿だ。彼女に何かを伝えられる状況ではない。これでは、撩が香を傷付けずに敵を倒すことは難しい。
 ───頼むから、俺を見てくれ。
 考えが香に届くようにと強く念じながら、撩は香を見続けた。
「なにやってるんだよ、冴羽ぁ!!」
 どうにも動かない事態に痺れを切らしたのは、香を捕らえていた男だった。突きつけていた刃が、位置を変えて香に向けられる。撩が即座に放った銃弾が刃を折るも、男はそのまま香に振り下ろした。
「うっ」
 止まらなかった刃は、香の背中を引き裂いた。苦痛に顔を歪めながらも一切抵抗することなく、香は刃を甘んじて受けている。彼女の足元にはシミが広がっていった。
 その光景を見て、撩は殺気を抑えられなくなった。
 辺りに銃声が鳴り響く。香を捕らえていた男は、コルトパイソンの衝撃で飛ばされて気絶していた。男の手から離れ、その場に崩れ落ちていく香を撩は抱きとめる。サッと応急処置を施し、香を静かに横たわらせた。
 その間にも、統率を失った周囲の男たちは、叫び声を上げながら撩に向かってきていた。コルトパイソンをしまった撩が、懐からアーミーナイフを取り出す。美しく光る刃が映し出すのは、男の暗い瞳だ。撩はそこに舌を這わせ、そのまま高く飛び上がった。刃が光の弧を描くたびに、男たちは悲鳴を上げる。
 香を傷付けた男への、それを止められなかった自分への怒りは、撩から容赦という言葉を失わせる。こんな戦い方は遠く過去に遡るが、今は自分を止められない。同時に残っていた冷静さはそう思いながら、撩はあっという間に全ての敵を戦闘不能にした。


「香っ!!!!!」
 名を呼びながら、香にかけよる。改めて背中を見れば、致命的な傷とはなっていないようだった。そこに一安心するも、このままでは彼女は危ない。さらに出来る限りの処置をしようとすると、その手を香が止めた。こんなときだというのに、香は微笑んでいた。
「もう、いいの」
「なにがだ」
「このまま、ここに置いていって」
 香のこの言葉を、撩は理解したくない。
「何を言って…。すぐに止血すれば大丈夫だ」
「ううん、このままでいさせて。お願い」
 ───なぜ?
「どうして? いくら致命的な傷じゃなくても、このまま放置すれば」
「だから。このままここで朽ちれば、あたしは花を育てることぐらい出来るでしょう?」
 ───認めない。
「待てよ、おまえ…」
「あなたを待っている人はたくさんいる。だからほら、ね?」
 ───そんなの、認めない。
「ダメだ」
「お願いだから。もう、誰の邪魔もしたくないの」
 ───槇村のところへなんて、逝かせない。
「却下」
「撩、お願い。もう眠らせて…」
 ───槇村になんか、絶対に渡さない。
 撩は香を起こして抱きしめた。身体に痛みが走り、香の表情が歪むが、撩はそれを気にしてはいられなかった。
「香、俺はおまえを…」
 耳元で囁かれた言葉の続きを聞いて、香は目を見開いた。涙と一緒に、香の何かが溢れていく。
「どうして? どうしてそんなことを言うの…」
 ───だって、おまえは俺の…。


 香から力ない抵抗も無くなった。急いで処置の続きをした撩は、これなら大丈夫だろうという状態になりホッとする。あとはしかるべきところに運び込めばいいだろう。疲れ切った香は、スッと眠りに落ちていった。再び香を静かに下ろした撩は、呻いている男たちを見渡す。
「さて」
 絶対零度を感じさせる声色は、今までとは正反対だ。圧倒的な実力差を見せられた後で、自分たちがどうなるのか。もう動けないからこそ、この死神のような男に自分を委ねるしかない。
「銃もいいが、こっちも捨てがたい」
 今さら命乞いをしても、死神の心を動かすことはないだろう。なぜなら、自分たちはその逆鱗に触れてしまった。男の手にあるのは鎌ではなく、先程のアーミーナイフだ。
「さ、始めようか」
 その口元だけは笑みを浮かべている。そして、漆黒の目はどこまでも暗く、虚無の闇へと続いていた。

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うーたん

Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息してたけど、只今休眠中。

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