Ambivalent and Vague

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45/臆病

堕ちた羽根の悪戯

 
「ただいまぁ」
 帰宅時に挨拶するのは、香にとっては習慣である。例え家で誰も待っていなかったとしても、無事に帰宅できた証として言うのだ。だから、
「おかえり」
と撩が返事するとは思わず、「えっ!?」とビックリしてしまった。
「なに驚いた顔してんだ、おまえ」
「だって、こんな時間に撩がいるとは思わなかったんだもん」
「別に珍しくはないだろ。…うん?」
 撩があることに気付く。香の手には、見慣れぬ袋が提げられていた。街に出れば声を掛けられ、時には「香ちゃんに特別っ」と様々なものを貰ってくる。これもその類だろうと思うも、撩はどこか気になっていた。
「それ、何が入ってるんだ?」
「あぁ、これね。なんだっけ、ラフレシアのママが、撩に渡せって」
「ふーん」
 渡された紙袋をのぞき見ると、そこには羽根と小瓶が入っていた。何の変哲もない羽根は艶やかな黒で、適度なしなやかさを持っている。撩が手にしても若干大きいと感じるサイズだ。小瓶には古めかしい紙が貼られており、「Dove’s Blood Ink」と書かれている。ラフレシアのママが何を意図して香に託したのか、撩でもすぐには思いつかなかった。
「これ、何かしら」
「見たまんまだよ。羽根とインク」
「羽根ペンってやつ?」
「羽根ペンなら、今は先っちょにペン先が付いているけどな。これは、もっとシンプルなやつ」
「ふ〜ん。…ねえねえ、瓶にBloodとか書いてあるんだけど。それって、血って意味でしょ?」
 小瓶の文字に気付き、香は少し気味悪そうな顔をしている。ホラー耐性が極端に低い香は、撩が持つ二つから距離を取るように後ずさった。
「Dove’s Blood、鳩の血ってやつだな」
「もうっ、ラフレシアのママは、どうしてこんなものを」
 黒と血、香は薄気味悪そうにしているが、彼女が見落としている点がある。それは、この組み合わせに馴染んでしまう存在が、真横にいるということだ。とはいえ、撩に渡された理由は別にありそうだ。それでは一体、どういうことなのか。
「あ…」
 撩の頭に一つの考えが思いついた。もしそうだとしても、悪趣味も甚だしい。何に使えというのかが、さっぱりわからない。
「どうしたの、撩?」
 考え込む撩を気遣うように、香が顔を見上げている。
「いや、なんでもないさ」
 撩は香を安心させるように、穏やかに微笑んだ。





 部屋のベッドに寝転がりながら、撩はちょっと前のことを思い出していた。確かに先日、撩はラフレシアに足を運んでいる。通されたカウンターにつくなり、ママから恋愛に関する愚痴を聞かされる羽目になったのだ。
「こんなにも想っているのに、躱されてばっかり」
「ママ、それって脈あるのかよ」
「だって、あたしは誰よりも想っているのよ。想いだけなら、誰にも負けないんだからぁ!」
 どうやら、ママは恋愛のせいで悪酔いしているらしい。恋愛は、想いの強さだけで選ばれるものではない。普段の彼女ならそれを理解しているはずだが、相当いやなことがあったのだろう。そんなことを言っても、さらに絡まれるだけだ。だから、
「だったら、呪ってでも何をしても、そいつを縛りつけときゃいいだろ」
という役に立たないアドバイスをして帰ったのだ。気がかりだったのは、ママが妙に乗り気になっていたという点だ。


「その結果がこれか」
 撩は手にした二つを見つめ、そして呟いた。ママはあの勢いで、かのグッズを買ってしまったのだろう。そして、そのお裾分けがここにあるということだ。
 かつて撩が生きていた中米では、魔術と呼ばれるものが生活に根付いているところがあった。誰かが病に倒れれば、医者ではなく魔術師が呼ばれることもあったのだ。もちろん、医者の絶対的な数が少なかったこともあるだろうし、呼ぶための経済的な余裕がないことも関係するだろう。もはや生活に馴染んだその営みを、撩はとやかく言おうとは思わない。ただ、彼らの魔術にすがる想いの強さだけは、今も頭の片隅に残っている。
 ───叶えたいと思う自分の願いを後押ししてくれるというのなら。
「このインクを選んだって、確信犯だな。…じゃ、乗せられてみましょうかね」
 普段は神を信じない男も、このときばかりは考える。必ずしも思い通りにならない一つのことのために、これらを使ってみてもいいのではないか、と。





「いっやぁ、だめぇ、あっ、あんっ」
 香は暗い世界の中で、体を這い回る感触に耐えている。夜よりも暗い視界なのは、香が目隠しをされているからだ。


 撩は時折、香に目隠しをして事に及ぶことがある。最初は拒否していた香も、「だめか?」と懇願するように言う撩の眼を見ると、頷くことしか出来なかった。
 この夜も香が寝室へ足を踏み入れてみれば、撩はシルクの黒い布を手にしていた。目隠しをされるなんて、と思いながら、撩の願いには逆らえない。香は自らを差し出して、撩がもたらす暗闇を享受する。
 闇夜に横たわる白い肌は汗ばみ、艶めかしいくねりを見せている。撩が手にしているのは、あの羽根だ。香の肌を優しくなぞり、彼女の中にざわつきが生まれると、そっと羽根を遠ざける。ただ羽根が体を撫でているだけなのに、香はその感覚を最大限に受け止めていた。少しずつゆっくりと、まだ遙か遠くにあるはずの絶頂に向かって持ち上げられる。体内のざわつきは消えることなく、次第に胎内をも侵略していった。


「あっ、あぁ…」
 ざわつきは穏やかな波へと変わり、だんだんと波が間隔を狭めていく。いつしか重なり、より大きな波が生まれる。ぷかぷかと波に浮かんでいられた香も、後は飲み込まれるのを待つだけだ。実は溺れるその瞬間が待ち遠しいなど、恥ずかしくて浅ましくて、香は口にすることが出来ない。何かから逃げるように首を横に振り、そんな考えを頭から追い出して、無かったことにしたい。


 白い肌をしつこく舐る、漆黒の羽根。そのコントラストを、撩は美しいと思ってしまう。胸の頂を掠める羽根にすら震えてよがる、そんな香が愛おしい。その姿を一つも見逃すまいと、まるで観察をするように撩は見つめていた。


 シルクは次第に結び目を緩め、ついに解けてしゅるりと落ちた。ほんの僅かな光でも、今の香にとっては眩しい。ぼやけた世界が少しずつ形取られると、目の前には愛しい男の顔があった。
 ───こんな表情を見るのは、初めてかもしれない…。
 香へと向けられた視線は淡々としている。全てを見通すようなそれは、知られたくない浅ましさだけではない、香の何もかもを暴こうとしていた。身も心も丸裸にされたようで、しかし自分を隠す場所を持たない香は、撩に自身を曝すしかない。その視線が羽根が、香を追い詰める。
「イけよ」
 撩の静かな声が耳に届いた瞬間、気付けば香は溺れていた。
 撩はまだ指も使っていない。それなのに、撩がもたらすものというだけで快楽に変換する体は、ぬめる涙をコポリと流した。


 予告もせず、そっと撩が入り込む。まだ収まらないざわつきを隠さず、香は撩を迎え入れた。


 何回にも渡る行為は、香から意識を飛ばした。撩が自身を抜き去ると、白濁が追いかけ零れてくる。力無く横たわりながら、飲み込んだ白濁を垂らす香は、やはり美しいと撩は思う。押しつける何もかもが細胞まで染み渡り、自分から離れないよう彼女を作り替えてしまえればいいのに、と考えたくもなる。そんな幻想を抱いてしまうほど、撩は香に対して臆病だ。だから、先に精一杯の強がりを見せて、何とか主導権を握らなければならない。しかし、それとていつまでも続くものではないだろう。
 こんな自分を見られたくなくて、撩は香に目隠しをしたくなる時がある。そうすれば、撩がどんな表情をしようが、唇で音のない言葉を形作ろうが、香が知ることはない。臆病な自分を少し解放して、香を抱くことが出来る。けれど、そんな自分ですら知って欲しいと思う時もある。もし途中で結び目が解けてしまえば、香の知るところとなる。その為の素材選択でもあった。


 ヘッドボードに置かれていた瓶を手に取る。シーツに埋もれていた羽根と床に落ちていたベルトも持ってくる。ベルトのバックルからミニナイフを取り出し、羽根の尖端を斜めに切り落とした。瓶を開けて羽根を浸すと、軸の空洞にインクが吸い上げられる。そして香の肌を傷付けないよう、腹部に近づけた羽根をゆっくりと動かした。
「せっかくのDove’s Blood Inkだからな」
 これに気付いた香は、文字を書いたことに怒るのだろうか。それとも、その意味に怒るのだろうか。
 ハンマーは覚悟だなと思いながら、「臆病者の自分だからこそ、この言葉がどこまでも彼女に染み込め」と撩は願った。


 ───Tu sei mia a vita.


 ───「一生おまえは俺のもの」だと。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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