Ambivalent and Vague

This page is the only Fan Fic.

Transmigration of Souls 3

VIRTUAL

 
 一人の女がゆっくりと目を覚ます。身体を起こしてあたりを見回すと、そこにはどこまでも黒い空間しかない。暗闇に目が慣れるまで、とじっと見つめていても、彼女の目は何をも察知することが出来なかった。
「なによ、ここ…」
 何も見えないのではなく、はなから何もないのではないか。そんな場所に、どうして自分は寝かされていたのか。彼女はその理由を全く思いつけなかった。
 このままここにいても仕方がないと思った彼女は立ち上がって、当てもなく彷徨うことにした。どんなに腕を大きく振っても、その指先で感じられるものは何もなかった。どこまで行けば、何かがあるのだろう? そう思った瞬間、黒い空間が突然切り抜かれ、視界には眩しい光が飛び込んできた。その光の中から、人影がぼんやりと浮かび上がる。
「おい、誰かいるのか?」
 その声から、人影は男性のようだ。答えていいものかどうかと思うも、彼女はその問い掛けに答えた。
「あ、あの。あたし…」
「まずはこっちに。話はそれからだ」
 男に促されるまま、彼女は光の向こうへと歩き出す。そこは、無機質な空間が広がっていた。コンクリートの壁には窓がなく、色あせた緑の金属扉が点在している。天井の蛍光灯は、ときおりチカチカと点滅していた。大きなタイルが貼り巡らされた床にぼんやりと伸びた、二人の影。遠くを見ても置いてあるものは他になく、寒々しい光景が続くだけだ。それはここに、ヒンヤリとした空気が漂っていることと関係しているのかもしれない。
「大丈夫か?」
 男は彼女の顔をのぞき込むようにして言った。自分よりも高い身長、そして漆黒のような髪と瞳。体格はガッシリとしていて、Tシャツの上に羽織ったシャツは、肌触りがよさそうな素材だ。ジーンズに隠された足は長く、頑丈そうな革靴を履いている。
「ありがとう、大丈夫。…ここは?」
 すると、男も困惑した表情になった。
「俺も気付いたらいたんだ。ここがどこか、思い当たるところはないな」
「あたしもです。起きたら真っ暗な中にいて」
「お互い、よくわからず、か」
「そうですね」
「そうは言っても、出口を見つけるしかないな。…俺はRYO、きみは?」
「KAORIです」
「じゃ、KAORI。一緒に出口を探さないか?」
「はい、RYOさん。こちらこそお願いします」
「堅苦しいのはいいよ。それに、RYOでいいから」
「う、うん、RYO」
 どこかはにかみながら言う姿に、RYOはくすぐったさを感じる。自分よりは低いとはいえ、女性としては高めに分類されるであろう身長、スレンダーで長い手足。ジーンズと黄色いボタンシャツというシンプルな服装だが、それが却って彼女の肌の白さを浮き彫りにする。化粧を必要としないほど色付いた顔は、その眼に男の姿を映し込んでいた。
 吸い込まれてしまいそうだ。
 RYOはそう思ってしまった。そんな自分を誤魔化すように視線を上げると、茶色いショートヘアが柔らかく動いていた。


 二人の靴音だけが響く廊下は、どこまでも伸びている。分岐点をどちらか選べば、来た道はコンクリートの壁となって戻れなくなっていた。同じようなことが何回起こっても、二人がいるのは、終わりのない廊下だ。
「なんだここは…。何が起こっているというんだ」
 RYOは少し焦りを含んだ声色だ。それがKAORIを不安にさせてしまったのか、RYOの右腕にしがみついて、ジャケットを握りしめる。ヒンヤリとした空気がそうさせているのか、それとも違う要因か、KAORIの手は震えていた。そんなKAORIを安心させようと、RYOは自分の手を重ねて、ゆっくりと小さな手に体温を移そうとする。その温もりがもたらす安心感にKAORIが包まれていると、急に感覚が途切れてハッとした。パッと離した手を、RYOは訝しそうに見ていた。
「どうした? イヤだったか?」
 イヤだったのではない。むしろ、これからも包まれていたいほどの安心感だった。しかし、途切れた安心感の間に入り込んだのは、冷たいほどの孤独感だった。どうしてそうなったのか、KAORIにもわからない。
「ううん、イヤじゃ、ない…」
 RYOにそう伝えるのが精一杯だった。


「RYO、あそこに少し色の違う扉があるわ。もしかして…」
「そうだな。ここの出入り口かもしれん」
「もし違ったら…」
「いずれにしても、開けなけりゃ、いつまでもここに居続けるんだぜ? 試してみる価値はある」
「そ、そうね」
 KAORIが強がっているのがわかり、RYOは優しく微笑んだ。そして、片手の指を彼女のそれに絡める。RYOの行動にハッとしたKAORIは、ずっと行動を共にしてきた男を見上げた。覗き込む漆黒の瞳は力強い。
「一緒に出ればいい、そうだろ?」
「うん、そうだね」
 RYOの提案に、KAORIが反対するわけはなかった。出逢ったときから思うことは一つだ、この人に付いていこうと。根拠など、何もない。KAORIの中で、RYOへの強い信頼感がゆっくりと生み出されていく。それだけが証だ。
 だが時折、ブレーカーが落ちるように訪れる間隙を埋めるのは、決まって不安の一種だった。
 しかし、今はその不安も訪れない。


 RYOは色の違う扉に手を掛ける。意を決したようにドアノブを回して押すと、中から七色の光が洪水のように流れてきた。
「うわ〜ぁ!!!」
 二人に光の圧力がかかる。一瞬にして飛ばされそうになるも、RYOは扉の枠を掴んで何とか留まった。繋いでいた手すらも解こうとする圧力に、RYOはより力を込めて抗う。
「KAORI、しっかり掴まってろ!」
「RYO!」
「絶対に、一緒に出るんだ」
「でも、もう、手の力が…」
 七色の光に曝され、KAORIの手から力が失われようとしている。それはつまり、RYOと離ればなれになるということを意味していた。
「KAORI、頑張ってくれ」
「RYO…、力が、もう…」
 KAORIの声が弱くなると同時に、その手からも力が失われた。気付けば、RYOが掴んでいた温もりが一瞬にして消えている。
「KAORI! どこに行った、KAORI!!」
 KAORIを気にした一瞬の隙、その気の緩みがRYOを七色の光へと突き飛ばした。
「ち、ちきしょう。ここまでなのか…」
 光の中で漂う自分は、どこか寒さを感じる。この手に掴んでいた温もりが消えたこと、それと関係ないとは言い切れない。
「KAORI、どこへ行ってしまったんだ…」
 つい先ほど出会った存在は、RYOの心の中を埋め尽くしていた。だからこそ、彼女の喪失は自らを寒々しくする。
 この光の中では、どこにも掴まる場所はない。このまま流れに身を任せて、どこかへと辿り着くのを待つだけだ。いや、そんな終着点などは存在せず、ただこの無為な空間に漂い続けるだけなのかもしれない。それも、永遠に。
「また、彼女に会いたい。KAORIと同じ時をずっと刻み続けていたい」
 そう思ったRYOの耳元で、カタッという音がした。
 その瞬間、RYOの意識は途切れた。










 機械ばかりが並ぶ部屋で、男は目の前のエンターキーをポンと叩いた。その音に気付いた別の男が、キーを叩いた男に声をかける。
「博士? もうデータをリセットされるのですか?」
「あぁ、FALCON。同じ状況でのデータを何回も取らなければならないからね」
 博士は、ふぅと息を吐いた。くしゃりと指を挿し入れた髪の毛は黒く、軽くウェーブがかかっている。
 二人以外は誰もいない研究室の中でも、博士はスーツの上に白衣といった装いだ。深緑のスーツは誂えられたものか、男の体型に合っている。白衣はしっかりとアイロンがけされ、博士のきっちりとした性格が見えるような姿だった。
「なるほど。…今回の被験者、アメリカと日本でしたっけ?」
 FALCONと呼ばれた男は、棚の書類を整理する手を休めずに博士へ質問した。その大きな身体は、高いところにある書類も簡単に届いてしまう。白いシャツに黒ズボンというシンプルな服装に、掃除をするからと身に着けた水色のエプロン。スキンヘッドにサングラスをかけているから、彼の表情は読み取りにくい。こんな店員がいたら、見た目だけで後ずさってしまいそうだが、その細やかな心遣いは客の心を掴むに違いない、と博士は思っていた。
「そう。被験者の頭部に接続された機械から、この仮想空間へと送り込む。そこで彼らが何をするか、その観察が目的なんだが」
「何かあったんですか?」
「今回の被験者二人は、どうにも同じようなパターンにしかならないんだよ」
 博士は困惑した表情で言った。
 今までの被験者では、繰り返される中で違いが見えていた。選択の違い、そして結末の違い。同じ二人でも、色々な状況を作り出していたのだ。しかし、今回の二人はほぼ同じ選択、そして結末だった。こんな被験者は、博士にとって初めてだ。
 そんな博士の様子を見てか、FALCONは近くの机に置いていたパッドを手に取り、大きな指で画面を器用に操作していく。検索したのは、今回の実験で被験者になっている二人の情報だった。
「RYOとKAORI、ですね。RYOがアメリカ、KAORIが日本ということですが。二人とも、被験者募集の公告を見ての応募ですね」
「そう。特に問題となる点はないし、これまでと同じように、いろんな思考過程が見られると思ったんだ。しかし」
「なんでしょうね。これまで99回もやっていて、必ず二人は出会っているし、一緒に脱出を探している」
「これも一つのパターンなのかな、とも思うがね。だから時折、二人のどちらかに不安プログラムを送り込んだのだが」
 同じパターンを見続けるのも辛いところだ、という気持ちが博士の表情に出ていて、FALCONは苦笑いするしかなかった。
 人が危機的な状況に陥ったとき、どんな行動パターンを選択するのか。博士は、出来るだけ多くのパターンを見てみたいと思っていた。人が取り得る可能性、そしてその追究。これこそが今回の肝だったはずが、この被験者たちは博士の予想に反していた。
「それでも、ですか。…また、この二人を仮想空間に入れるのですか?」
「いや。これで100回目だから、この二人は終わりにするよ」
「そうですね、わかっていても、規程の100回はやらないといけない。辛いところです」
「また最初からだ。時間もかかるだろうし、私は休憩してくるよ」
「わかりました」
「じゃ、ちょっと頼むよ」
 そう言った博士は、着ていた白衣をイスに掛ける。そして、まるで肩の荷が下りたかのように清々しい表情で部屋を出て行った。
 部屋に残された白衣の胸には、「SHIN KAIBARA」というネームプレートが光っていた。





 ───そうやって、出逢いを即座に繰り返す。
 ───それでいいのだろう? すぐに出逢えるのだから。





 ───出逢うだけでは嫌だ。ずっとずっと、一緒にいたい…。
 ───今度こそ、手放さない。融け合うほどに、ずっと…。





 闇は、神の提案に抗おうとする。そして、願いを口にする。
 そんな闇に寄り添ってきた光は、ここで異論を唱えた。





 ───ねぇ、本当に? 一緒にいれば、それでいいの?





 その瞬間、傷ついた闇は、そのままどこかへ消えてしまった。
 「そうじゃないのに」と思った光は、闇を追いかけるように姿を消した。

スポンサーサイト
  1. [ edit ]
  2. Transmigration of Souls

プロフィール

うーたん

Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

最新コメント

最新トラックバック

« 2017 09  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

検索フォーム

The antenna is here.

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム


pagetop