Ambivalent and Vague

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Anemone 1

Anemone.png
私だけが知らない

 
 ボーッとしていた意識がようやくハッキリしてくる。目にした天井は、アパートではないが、見慣れた場所だった。
「香さん、気分はどうかしら?」
 香がゆっくり頭を巡らせると、簡易ベッドのようなものに寝かされていることに気がついた。ベッドの横に立っていた美樹が、香をどこか心配そうに覗き込んでいる。
「うん、今日もスッキリよ。…私、ずっと寝てた?」
「そうね、後半はほとんど寝てたかしら」
「うわっ、あまりにもリラックスしすぎて、いびきなんてかいてなければいいけどなぁ」
 恥ずかしそうな表情をしながら、香は静かに起き上がった。差し出された美樹の手を借り、高さのある簡易ベッドから降りる。
「いいじゃない、やっているのはリラクセーションなんだから」
 ここしばらくの間、香は定期的に美樹のリラクセーションを受けている。「ファルコンのために練習したいの」と頼んできた美樹に対し、香は即座に快諾した。もともと興味を持っていたリラクセーションをタダで受けられるとあれば、香に断る理由などない。それに、海坊主のために頑張りたいという美樹の気持ちを尊重したかった。美樹がどれほど海坊主のことを想っているのか、それは自分と重ねながらではあるが、香はわかっているつもりだ。
「そう言ってもらえるとありがたいけど…。あら、今回はちょっと時間が長かった?」
 壁の時計は午後四時をさしている。このベッドに寝たのは二時、それから二時間も経っていることになる。
「最初は一時間だったし、ちょっとしたら九十分でしょ。今日は二時間。なんだか、美樹さんのお時間を取っちゃってるみたい」
 苦笑いした香がそう言うと、美樹はどこか焦ったように早口で答えた。
「そんなことない。私も日々研究しててね、新しい方法を取り入れようとすると、時間が必要になって」
「ふふふ、あたしは実験台、ってとこかな」
「そうそう、そんな感じ。って、失礼よね、そんな言い方は」
 美樹は困った顔をしている。そんな表情を和らげたのは、やはり香だった。
「いいのよ。あたしは気持ち良くなれるし、美樹さんは腕が上がる。お互いにメリットがあるんだから」
「ありがと、香さん」
「こちらこそ、今日もありがとう。…じゃ、もう夕飯の用意をしなくちゃいけないから」
「えぇ、また一ヶ月後にね」
 嬉しそうな香が部屋を出て行くと、美樹はどこか複雑そうな表情をしていた。何かしようと考えるが、そうすることがいいのかどうかがわからない。だが美樹は決断し、部屋の隅にある受話器を取った。相手が電話に出ると、どこか元気のない声で美樹は話し始めた。





 その数日後、撩と香は依頼の真っ最中だった。なかなか尻尾を出さない犯人をやっと突き止め、一気に解決すべく乗り込むところだ。
「香、アパートで話した通りだ。おまえは、この中のトラップを解除して回れ。俺は直接、犯人のところに行く」
「うん、わかった。…でも、撩」
「なんだ?」
「犯人、本当にこの奥の部屋にいるのかな」
「はぁ?」
 今から突撃しようというときに、作戦をひっくり返すようなことを言わないで欲しい。撩は心からそう思った。
「ほら、ずっと潜んでいたような人でしょ? わかりやすい場所にいるのかしら?って」
「…まぁな。大抵は、一番奥の部屋とかにいるもんだが。ま、そうだとしても、入るしか方法はない」
「そうだね」
「そんな風に思うなら、相手の出方に気をつけろ。わかったな」
「まかせておいて」
 素早く建物の近くまで走り寄り、その入口に二人で立つ。自然と顔を向き合わせた二人は、お互いにニカッと笑って健闘を祈った。パンッと頭上で手を合わせ、そのまま二人は反対方向へと走っていく。
 撩は一番奥の部屋を目指しながら、香の言葉を思い出していた。今までの経験からすれば、犯人は最上階や最奥にいることが多い。しかし、今回の犯人は周囲の人間を騙してまでも、その存在を隠していたのだ。その騙し方は人間の思い込みに付けいり、側にいた人間が気付いた頃には跡形もなく消えていた。そんな人間が、果たしてセオリー通りの隠れ方をするのだろうか。
 どんな場所であれ、撩自身が犯人と遭遇するのならば構わない。香は嫌がるかもしれないが、最悪、この銃で仕留めればいいだけの話だ。しかし、香が出会ってしまったら、一体どうなるのかがわからない。
「犯人が得意とするのは、催眠術、か…」
 その得意とするところが、撩にはどうしても引っかかってしまう。そこまで深い催眠術など簡単にはかけられないと知っていても、自分の知らないところで何かあっては困るのだ。今はただ、この予感だけは当たってくれるな、と願うしか出来なかった。
 撩が奥に近付くと、犯人の仲間がそれなりに潜んでいたし、やはりこちらにいるのだと思っていた。仲間は、なぜか必要以上に興奮している。ちょっとのことでは大人しくしてくれず、撩は一人ずつ気絶させていった。


 奥の部屋を開ける。しかし、そこには誰もいない。
 撩の背中に冷たい汗が流れる。ここまで対峙してきた敵の興奮度合いは、通常ではありえない。やはり、犯人に催眠術をかけられてのことだと思っていいだろう。そして犯人は、この部屋にはいない。しかし、この建物の中にはいる。撩は出会っていない。
「香っ!!!」
 撩は部屋を飛び出し、自分がまだ踏み入れていない場所へと走り急いだ。いくつもの空間を駆け抜けると、向こうに人影が見える。
 立っている者、横たわっている者。
 目に入るのは、その二人だけだ。立っている者が高く上げた足を振り下ろそうとした瞬間、どちらが香なのかを撩は判断した。力無く横たわっているのが香だ。
 迷う必要などなかった。撩は懐からパイソンを取り出し、立っている者に向かってトリガーを引いた。「うがぁっ」という悲鳴と共に、男の身体が吹き飛ぶ。男がどうなったのかなど見ず、パイソンをしまった撩は香に駆け寄った。何をされたのかがわからないから、抱き上げて揺さぶることも出来ない。香の耳元に顔を近づけ、いつもより大きな声で撩は香の名を呼んだ。
「香っ! しっかりしろ、大丈夫か!!」
 力無く横たわっている香は、どこか青白い顔をしている。どんなに呼び掛けても、撩の声に応じる気配はない。
 香に状況を聞けないのならば、わかる人間に聞けばいい。吹き飛んだ男は気絶することなく、パイソンの衝撃にもがき苦しんでいた。そんな姿を見ても、撩は何も思わない。香をこんな姿にした報いは受けるべきだ。そう思うことは、撩にとって当然のことだった。
 コンクリートの床をジャリッと音を立て、撩はゆっくりと犯人に近付く。ジーンズのポケットに手を入れたまま、撩は男を見下ろした。
「こいつに何をした」
 吹き飛んだことも、低く冷たい声で問われたことも、男にとっては予想外のことだった。突然のことに頭が回らず、何も言えずにヘラヘラしている。その様子がさらに撩を苛つかせ、撩は男を大きく蹴り上げた。
「ぎゃあぁ!」
 宙に浮いた男は床に叩きつけられ、ゲボッと液体を吐き出した。
「もう一度聞く。こいつに何をした」
 ここで答えなければ、自分はこのまま死ぬことになるのだろう。そう理解した男は、口が回らないままで答えた。
「き、傷付けてなど、いないっ。ただっ、俺の顔を見られて、しまったから」
「だから、どうした?」
「催眠術をかけて、記憶を混乱させようとしたら、突然倒れて。…本当だ、それしかしてないんだ!」
 どうやら香は、犯人の顔を忘れるように、催眠術をかけられたようだ。だが、催眠術が成功したのかどうかわからないまま、香は倒れてしまった。そして、男は足を振り上げたのだ。それしかしてないどころではない、撩にとっては許されることではない。
「それしか、だと? こんなことをしようとしていた、おまえが?」
 今度は足を振り上げ、下ろした足は男の腹部を直撃した。男が吐き出した液体には、赤が混じっていた。息をするのもやっとの男に背を向け、撩は香を静かに抱き上げる。顔色は良くないが、定期的な呼吸は撩を安心させた。
「そのまま待ってるんだな。運が良ければ、警察に助けて貰えるだろう」
 男に見向きもせず言い捨てて、撩はそのまま建物を立ち去った。香を後部座席に横たえ、撩は車を発進させた。





「こ、こは?」
 香が目を開けると、そこはアパートでもキャッツでもなかった。何回も足を運んだことがあり、一回はこの天井を同じように見上げたことがある。視界がハッキリすれば、ここが教授の屋敷だということはすぐにわかった。
 自分の名を呼ぶ、男と女の声が聞こえる。何回も耳にしてやっと、それが撩と美樹の声だということに香は気がついた。
「目が覚めたか」
「香さん、気分はどう?」
「撩…、そして美樹さんも」
 香は建物での出来事を思い出す。香の予感通り、犯人は奥の部屋にはいなかった。トラップを解除しているところで出会ってしまったのだ。どうにかしなければ、と緊張していたところに、男は柔らかな口調で香に近付いてきた。まるで香の敵ではないと思わせるようなその口調に、香はつい男との距離を近くしてしまった。そして相手の顔を見た瞬間、目の前が暗くなってしまったのだった。
「また、やっちゃったんだね…」
 何も出来なかったと悔やむ香を見て、撩はその髪に手を置いて、ゆっくりと撫でた。
「そんなことないさ。後から見たが、トラップはほとんど解除されてた。犯人がそこにいたのなら、発動させてもおかしくはない。おまえはすべきことを、よくやった」
「でも…」
「犯人があそこにいたのは、俺の判断ミスだ。おまえのせいじゃない。…今はゆっくり休め。な?」
 髪を撫でる掌から撩の優しさが伝わるようで、香はその優しさに甘えようと思った。静かに目を閉じると、急速に睡魔に襲われてくる。
「りょ、ありが、と…」
 言い終えないうちに、香はすーすーと寝息を立て始めた。今のところ、香の様子に大きな問題はなさそうだった。


 撩と美樹は部屋を後にする。広い廊下の少し離れた場所で、二人は小さな声で話し始めた。
「美樹ちゃん、この前の件もそうだけど…」
「そうね、何事もなければいいんだけど。さらに様子を見ていかないといけなくなったわ」
「そんなに悪い状態だったのか?」
 撩が険しい表情で尋ねると、美樹は申し訳なさそうに溜息をつく。
「悪いというか、安定しないのよ。普段は大丈夫なんだけど、香さんの何かしらが影響しているみたいで」
「香自身のファクターか。すぐにわかればいいが、難しそうだな」
「申し訳ないけれど、その通り。…こんなときは、安定が一番の薬よ。だから冴羽さん」
「あぁ、わかってる」
 撩と美樹は二人、今は何も出来ない自分たちを歯がゆく思っていた。そのまましばらく、二人はそこから動かなかった。





 精密検査にも異状が見られなかった香は、数日後には教授の屋敷からアパートに戻ることが出来た。依頼も解決しており、いつもどおりの生活がまた始まる。
 香が目覚めたとき、撩はああ言ってはくれたが、香自身はまだ引きずってしまっていた。自分がもっとしっかり対処出来ていれば、撩に手を煩わせることもなかったのだ。犯人がどうなったのかもわからず、一緒に取り組んだはずの依頼は、結局自分だけが蚊帳の外という気持ちになった。これは撩が悪いわけではない、全ては自分が悪いのだ。香はそう思っている。
 撩のパートナーであるためには、撩から必要とされるには、一体どうすればいいのだろう。気がつくと、そればかりを考えてしまっている。
 今日も伝言板には依頼がなかった。そんなに連続して来るはずもないよね、と思いながら歩いていると、どこからか聞き慣れた声がする。
「おっねぇさ〜ぁん、ボキと一緒にあっそびっましょ〜ぉ!」
 撩が街中の女性に声をかけ、しつこく迫っているのが見えた。髪の長い女性は、最初こそ嫌がる様子を見せていたが、次第に態度を軟化させていった。
「もうねっ、撩ちゃんには、おねーさんがとっても必要なの。いやいや、おねーさんだから必要なの! だからさ、ね〜ね〜」
 ヘラヘラと笑う撩と笑顔で応じる女性は、これからどこかへと移動するようだ。


 その光景から、香はどうしても目が離せない。撩のナンパが成功したから、ではない。なぜかはわからないが、その光景が香の奥深くへと挿し込み、頭の中の何かをこじ開け、歪ませようとしている。
 香の頭が急にガンガンしてくる。それと同時に、アラーム音のようなものが脳内に響き渡る。このままではいけないと思っても、今の香には、身体を動かすことすら出来ない。目の前の光景はだんだんと現実感をなくし、代わりにあるイメージが現れた。


 歪みの奥から、何かが這い出てくる。それは出てきてはいけないはずなのに、歪みが生まれてしまっては、香には止める術がない。そのまま浸食されるのを待つしか出来ないのならば、自分はどうなってしまうのだろうか。


「香さんっ!」
 強く呼び掛けられ、香はハッとした。買い物袋を持った美樹が、いつの間にか真横に立っている。美樹は焦った表情で香を見ていた。
「香さん、しっかりして!」
「あ、あぁ、美樹さん。どうしたの?」
「香さん、香さんよね?」
 香には状況が読み込めないが、あまりにも真剣に香のことを確認する美樹が不思議に思えた。
「もちろん、そうよ。ねぇ、一体どうしたの?」
 美樹の呼びかけでイメージから解放された香は、一気に落ち着いていった。笑顔を見せる余裕も出て、そのことが美樹も安心させた。
「よかった…」
「ねぇ、美樹さん?」
「だって、香さんったら、ずっと呼び掛けても答えないし。だから、どうしたのかと心配したのよ」
「そうだったの。ごめんなさいね、心配かけちゃって」
 まだ体調が万全ではないということなのだろうか。それでも、喫茶店を営んでいる美樹の手を煩わせたくはない。家まで送るという美樹の申し出を断り、香は急いでアパートへと戻っていった。
 残された美樹は、離れた場所で見守っていた撩と視線を合わせる。やはり二人の表情は険しかった。

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うーたん

Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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