Ambivalent and Vague

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48/寂しいということ

いかないで

 
 春の長雨は、人を憂鬱にさせる。雨の珠は、桜を飾るのではない。強く叩きつけて、花びらから命の輝きを少しずつ奪う。自然が咲き誇る季節だからこそ、雨の冷たさが身にしみる。


 強い雨の中、冴子は指示された教会へ到着した。大きく重い扉に手をかけるも、すぐには押せない。この向こうに何があるのかわかっているから、手が震えてしまうのだ。
 見なければ、事実を否認することができる。それでも、事実は変わらない。冴子は警察官として、幾度となくその場面を見てきた。
 それでも、冴子は扉を開けた。


 暗い空間の向こうに置かれた何か。足を一歩一歩踏み出して近付くほど、その何かはぼやけてくる。真横に来てやっと、冴子はそれが棺だとわかった。いや、棺であると突きつけられた。
 蓋をされた棺は、静かに佇んでいる。この静けさを邪魔してはいけないような気がして、冴子はそこに立ち尽くしていた。
「会わないのか?」
 チラリと横を見ると、撩が来ている。冴子のヒールが響かない絨毯は、撩の足音も消していた。
「そうね、会いたいし、会うのが怖いわ」
「認めたくない、か」
「当たり前よ」
 忙しい日々の中、槇村とは会えない日が続いていた。四月になったら、二人で花見でもしよう。その約束が果たされる前に、槇村は旅立った。約束をどんなに心待ちにしていたのか、ここに来て冴子は思い知る。どうして時間を作ろうとしなかったのか、今から悔いても遅い。
 せめて、旅立ってしまった貴方でもいいから会いたい。でも会ってしまったら、旅立ったことを認めなければならない。約束していた四月の再会は、心が握りつぶされるように苦しいものとなった。
「どうする。会うなら、開けるぞ」
 撩が冴子に問い掛けた。ここに正解などありはしない。ただ、冴子の感情だけが選択の鍵だ。
 冴子はじっと棺を見つめる。選択を槇村に委ねたくても、彼は何も言わない。
 フッと息を吐き、目をつぶる。まぶたに浮かぶのは、槇村の笑顔。ゆっくりと目を開けても、暗闇のどこかで槇村が微笑んでいる。そんな気がしていた。
 冴子は振り返り、撩に告げた。
「このまま。このままで帰るわ」
「今夜が最後だぞ」
 冴子は首をゆっくりと横に振る。顔にかかる髪がフワッと動いた。
「見てしまったら私、きっと思い出になんてできない。だから、会わない」
「そうか…」
 撩は、わかったと小さく答えた。


 重い扉がゆっくりと開く。冴子は一人、外に出た。まだ雨は強く降り続いている。
 暗い中ではそばに感じていた槇村が、今はどこにもいない。探しても探しても、あたたかな笑顔は浮かばない。どんな姿であっても、彼がそばにいたから。今さらながら、冴子はそれを思い知った。
 槇村はもう、このまま自分から離れていく。
「いかないで…」
 やっと口にした言葉は、雨に叩きつけられて消えていった。

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好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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