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Ambivalent and Vague

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31/蜜色

甘い魔法

 
 数日前、香は美樹から袋いっぱいのサツマイモをもらった。
「これね、常連さんが育てたサツマイモなんですって。たくさんもらったから、香さんにも」
 そう渡され、香はしげしげと袋とサツマイモを見つめる。同居人の男が食べるなら、あっという間になくなってしまう量だ。しかし、どうやってもサツマイモには甘さが残る。バキュームのように何でも食べる撩ではあるが、サツマイモは苦手なんだろうなと香は勝手に思っていた。だから、これは香自身が消費することになるのだろう。さて、何を作れば。
「どうしたの?」
 じっと見つめたままでいる香を、美樹は心配そうに見つめた。焦った香は、
「ううん、何でもないの。ホント美味しそうね。ありがとうっ!」
と言って、急いでキャッツを立ち去った。





「さて、どうしようかしら…」
 ちょっとした山となっているサツマイモを目の前に、香は腕を組んで悩んでいる。
 今は台所、香はエプロン姿。既に戦闘態勢だ。この難敵をどう攻略しようか、すぐに思いつくはずもない。
「あ、そうだ」
 香が部屋から持ってきたのは雑誌、おれんじ・くらぶ。よく見かける、「この食材でこんな料理も!」のようなお得情報が載っているので、香も重宝している。といっても、キャッツに置いてあった雑誌を引き取っていて、時期がずれてしまうのはご愛敬だ。
「確か、載ってたのよねぇ…」
 ページをめくっていると、目的のレシピに辿り着いた。
「そうそう、これこれ。ちょっと気になってたんだ!」
 ダイニングテーブルに開いたまま、香は台所のあちこちを探して材料を集める。しかし。
「あれ、ブランデーがない…」
 このためだけに買うのも馬鹿らしいから、香はまた悩んだ。恐らく、このブランデーを使うのがキモだ。これを焼酎にしてはいけない。
 と、何かがひらめいたとばかりに、香は拳で掌をポンッと打った。まだ開けていない扉の中には、数々の酒瓶が並んでいた。ここは撩が自分用の酒を置いてある場所で、香はタッチしていない。開くこともまれで、もしかしたら、こうやって見るのは初めてかもしれなかった。
 酒に詳しくない香は、ラベルを見ながらブランデーを探す。
「ブランデーかコニャック…」
 おれんじ・くらぶには、「ブランデー(コニャック)」と書かれていた。ブランデーと書かれたものは未開封が多く、わざわざ開けることなどできない。
「こ、これかな…。ぽーるじろー? へりてーじ???」
 ラベルのCOGNACをコニャックとなんとか読み、開封されたそれをテーブルに置いた。琥珀色の液体は濃くも透き通っている。瓶を開けてみると。
「ぐはっ、ごほっ! なによこれ、げほほほほっ!!!」
 強いアルコールが一気に漂い、思い切り吸い込んでしまった香は激しくむせた。水を飲んでやっと落ち着く。
「なにこれぇ。こんなの飲んでるの? 撩ってやっぱ、お酒に強いんだなぁ」
 香りは芳醇、これがいいブランデーだということは、いくら香でもわかっていた。
「ごめんっ、使わせてもらうねっ」
 香は顔の前でパチンと手を合わせ、どこにいるともわからない撩に謝った。





 焼き上がったスイートポテトは蜜色で、香りを運ぶ湯気が立ち上っている。黄金色のそれをテーブル上に出していると、
「かえったぞぉ」
と玄関から声がした。作っていた材料や道具はもう片付けたから、もちろん撩のブランデーもしまわれている。感覚に優れた男だ、この匂いだけでわかるかもなぁと思いつつ、それならそれで構わないやと香は思っていた。それぐらい、このスイートポテトは美味しそうだった。自分が作ったにもかかわらず、よだれが出そうだ。
「おい、ただいま」
「あ、おかえりなさい。ごめんね、手が離せなかったから」
 撩の目に入ったのは、エプロン姿の香とスイートポテト。撩自身は好んで食べないが、なぜかその黄色い物体から目が離せない。くんくんと嗅ぐと、慣れた匂いが漂う。
「それ、どうしたんだ?」
「作ったのよ。あたしのおやつ用に」
 香が作った。ブランデーの香りが漂っている。料理用にブランデーはストックしていない。
「おまぁ、俺の酒を使ったな」
 直球勝負で来た撩に、香はもちろんギクリとした。すぐに気付かれるのは想定内、だから誤魔化すこともしない。
「うん。だけど、ちょっとだけだよ」
「おい…」
 撩がそれをよしとしていないのが声でわかるから、香は心がキュッと縮こまった。
「ごめん。今度買ってくるから、怒らないで…」
 あんなに嬉しそうな表情が、今は眉をハの字にしている。実はそこまで思っていなかった撩は、香の急降下にびっくりした。
「いやいやいや、そうじゃなくて!」
「だって」
「俺のを使ったのはいいから、一つぐらい喰わせろよ」
 単に撩は、香が作ったスイートポテトが気になっただけなのだ。普段なら好んで食べないものでも、香が作ったものならば食べてみたい。香について自分が知らないことなど、あってはならない。そんな独占欲から来たもので、香について否定的に思うことは何もなかった。
「た、食べるの!?」
 香が勧めたからではなく、撩から食べると言われたことに心から驚く。今のは空耳か、明日はもう東京に初雪が降るんじゃなかろうか。そりゃ、ブランデーを混ぜ込むときに「撩も食べてくれるかな…」と思っていたし、レシピより気持ち分量を足していたのだが。
 これだけで気持ちがいっぱいになるって、あたしどうなのよ。
「うん、あげる。コーヒー淹れるから、リビングで待ってて」
「おう、よろしくな」
 台所を出て行く撩の姿が、なぜかぼやける。


 どうして。
 どうして願いが叶うと、ただ泣きたくなるんだろう。
 悲しくもないのに。嬉しいだけなのに。
 こんなささやかなことで、こんなにも満たされるなんて。


 嬉し涙が一筋、スッと流れると、香は手の甲でそれをぬぐった。
「よおっし!」
 せっかくだから、キャッツでもらった美味しい豆で淹れよう。
 香は戸棚を開け、ミルと豆の袋に手を伸ばした。





 翌日、リビングの窓から外を見ながら、
「やっぱり、昨日の撩が最後の一押しね。それぐらい、珍しかったんだわ」
と香は一人納得していた。そして、階を違えて自室でくしゃみをする男。
「へ、へっくしょい!!! なんだよ、もっこりちゃんが俺の噂かぁ?」


 スイートポテトの翌日、十一月には珍しく、東京には雪が降り積もったのだった。

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好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息してたけど、只今休眠中。

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