Ambivalent and Vague

This page is the only Fan Fic.

  • 2017_10
  • <<
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • >>
  • 2017_12

Crime and Punishment

愛する罪には愛されない罰を
原作中期〜後期ぐらいを想定。


 
 依頼を終えた二人は今、何も言わずに向かい合っている。


 約束した喫茶店で香が待っていると、時間を約三十分遅れて撩が入ってきた。何かあったのかと心配になった香が撩を見れば、彼の表情はいつもより少しだけ硬かった。
「撩?」
 声を掛けてもいいのかどうか、そんな戸惑いが声の弱さに出た。撩は呼び掛けに答えることなく、香の正面に座る。テーブルの灰皿を手繰り寄せ、煙草を取り出す。忙しない手つきは、ジッポを何回もカチカチとさせた。ゆっくりと紫煙をくゆらせ、その行方をじっと見つめている。白い煙はやがて、空気の中に溶けて消えていく。
「撩…」
 何かあったのだろう、と香は思う。だが、それが何かはわからない。香がじっと見つめても、撩は思考の世界へ飛んでいて、対人関係には戻ってこないのだ。
 距離の近さをこんなにも寂しいと思ったことはなかった。





 依頼のため、二人はとある会社に潜入していた。
 香は一般職として管理課に入り、一人の社員から仕事を学びながら過ごしていた。総務課に入っていた撩が依頼に関係した不正の証拠を掴んだのは、入ってから一週間後のことだ。
 不正をしていた専務は、撩が突きつけた証拠に逃げも隠れもしなかった。否定することなく、淡々と事実を認める専務に、撩は何も思わない。ただ、彼の協力者はどう思うのだろうか、となぜか気になった。


 女性が一人、会社の地下倉庫にスルリと忍び込む。パチンと壁のスイッチをつけたとき、目の前にいたのは見慣れぬ眼鏡姿の男性だった。
「あなたは…、総務課の鯖江さん?」
 つい最近、中途採用で入ってきた男だと記憶している。その女性、美桜子の聞き方はストレートだ。さして接点がなかったはずなのに、美桜子は社内のことをよく把握していた。
「鯖江、と言いたいところだけど。そんなことより、待ち人はここにもう来ないぜ」
 スクエアの眼鏡を外しながら、撩もストレートに告げた。美桜子は目を見開き、その手は震えている。
「何を、言ってるの?」
「専務の不正に、君は協力していた。管理なら伝票操作もできるし、社内のことも大まかには把握できる」
 美桜子の所属は管理課だ。この一週間、香は美桜子に仕事を学びながら、彼女を監視していた。
「だから、何を」
「専務は不正を既に認めている。あとは依頼主の判断だが、君の処遇までは指示されていない」
「どうするかを私に決めろというの。悪趣味ね、あなた」
「自覚はしてるさ。それに、聞きたいこともあった」
 撩が不正を調べて行くと、時間が経つにつれて、美桜子の存在がどんどん色濃くなるのが読み取れたのだ。
「君たちは叔父と姪だろ。いくら親戚関係とはいえ、なぜここまで君は協力したんだ?」
 その急激なのめり込み方は、恋に落ちた人間のそれを思わせた。つまり、美桜子から見れば叔父も一人の男だということになるが、二人が関係を持った痕跡はどこにもない。
「どうしてここまで専務に協力したのか、ちょっとわからなくてね」
 単なる疑問だったんだとばかりに軽く問えば、逆に美桜子は目を吊り上げて撩を睨み付けた。
「あなたになんて、わからないでしょうね。こうするしかなかった、私の気持ちなんて」
「どういうことだ?」
 撩には、美桜子の変化が急すぎて追いつけない。いつもなら人間関係の深いところまで踏まえて考察する撩も、今回は時間的制約から証拠集めに追われていたのだ。美桜子の姿から推理しようにも、よくわからない。そんな態度が、美桜子をますます苛つかせた。
「こうするしかなかったのよ。だって叔父よ、好きになっても、結ばれることなんてない」
 美桜子は叔父である専務への想いを吐露し始めた。
「愛する男に求められて、それに応えて何が悪いの? それが不正の協力でも何でも、私は必要とされたいの。彼に必要とされたいの!」
 だんだんと大きくなる美桜子の声が、地下倉庫に響く。もう叫びとなっても、美桜子は言葉を止めようとはしなかった。
「わかってる。彼は甘い言葉を囁いて、私という便利な協力者を作っただけだって。そこに愛も何もないって。だけど、思わせぶりな言葉を聞いたら、期待したくなるでしょう? 自分の幻想を彼の言葉に重ねたくなるでしょう? 昔から好きだったのよ。叔父だってわかってて、愛してた。だから、愛されてるんだって、彼の幻に縋りたくなるじゃない。私だって、愛しちゃいけない、愛されるなんてとんでもないって思ったわよ。でも、気持ちはどうしようもないのよ」
 美桜子は髪の毛を掻きむしりながら、頭を激しく振った。黒い長髪があちこちに乱れる。
「なら、都合のいい存在だとしても、それでつながっておくしかないじゃない!」
 最後は泣きながら地面に崩れた。伏せながら告白した美桜子は、確かに恋する女だった。


 香と約束した場所へ行く間も、撩は美桜子の言葉が頭から離れなかった。そして考えるのは、自分はどうなのだ?ということだ。
 香を愛している、という気持ちはもう偽ることができない。ただ、その「愛すること」こそが赦されない罪だとしたら、撩はどうすればいいのだろうか。
 愛されるなど、そんな大層なことは求めない。いや、求められない。
 しかし、香が撩に気持ちを寄せていることもわかっている。日常の背後で惜しみなく注がれる愛情は、撩にとって掛け替えのないものだ。わかっていて手を伸ばさないのは、香の想いを踏みにじることにはなりやしないか、とも恐れている。いや、もうしているはずだ。それでも香は、撩についてきてくれている。
 ───甘いのは、俺だ。
 だからこそ、香だけはどんなものからも護りたい。撩は強くそう思う。





「撩?」
 何度目かの呼び掛けで、撩はやっと気がついた。
「あ、ああ」
「どうしたの? そんなに大変だったのなら、呼んでくれれば手伝ったのに」
 香は心配そうに撩を見ている。彼女のその目でどんな気持ちを投げかけているのか、それがわかるから、撩はこう答えるしかない。
「そんなんじゃねぇよ。おまえが来たって、同じだ」
 香の心配など無用と偽って答えれば、彼女の表情が変わる。怒りとも悲しみとも取れる、撩にとっては見たくない表情だ。
「なによっ…」
 香も感じていたことがあるから、ハンマーで終わらせることなんて出来なかった。手を握りしめたまま、下唇を噛んで堪えていた。それも、撩にとっては見たくない表情だ。
 ───笑顔を見ていたいだけなのに。
 それが出来ない。こんな立場で出逢わなければ、素直に愛し合うことができたのだろうか。ただ愛し愛され、彼女をこの腕の中に閉じ込めることが赦される可能性。
 しかし、可能性は幻だ。想いは現実なのに、その行き場を失っている。今はまだ、秘めた想いで構わないと逃げる自分。


 そんな欺瞞など、とうに崩壊しているとわかっているはずなのに。


 香に伸ばそうとした手はテーブルに落ち、灰皿に煙草を押しつけて止まった。

スポンサーサイト
  1. [ edit ]
  2. Short Story

プロフィール

うーたん

Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

最新コメント

最新トラックバック

« 2017 11  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

検索フォーム

The antenna is here.

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム


pagetop