Ambivalent and Vague

This page is the only Fan Fic.

  • 2017_10
  • <<
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • >>
  • 2017_12

Transmigration of Souls 5

GARNET

 
 クリスマスも過ぎ、あの浮ついた雰囲気が少しだけ落ち着いたような気がする。それでも、年末年始もイベントだから、やはりまた街は雑多な熱気に溢れるのだろう。香はそう思いながら、帰宅の途についていた。
 冬にしては暖かかった日々も終わり、また冬のキリッとした寒さが肌をキュッと縮ませる。まだ十二月だ、年明けから二ヶ月はまた寒くなるというのに、こんなに寒さを感じてどうするというのだろう。香は首にふわっと巻いていたマフラーをキュッと締めて、より首もとを温めようとした。
「あ…」
 しかし、すぐにマフラーを元に戻す。寒いと言っておきながら、緩く巻かれたマフラーからは、すっと伸びた首もとが見えた。香は顎を引き、そこに視線を向ける。目は優しく、どこか恥ずかしそうでもある。
「なんか、もったいなくて」
 首もとには、一粒の宝石がついた、金色のネックレスが光っていた。





 それは、クリスマスよりも前のこと。そう、確か十一月の終わりだった。ハロウィンも終わり、クリスマスもまだちょっとだけ先だ。イベントの狭間で日常を過ごしていた撩と香は、依頼もなくのんびりとした日々だった。


 経済的なことを考えれば、伝言板にXYZが定期的に書かれ、収入が確保されることが理想だ。とはいえ、依頼のない日々がどうなのかと問われれば、香は好きだと答えるだろう。二人で静かに過ごす時間。それはのんびりとしていて、依頼時とは全く違う。異なる存在が同じ空間にいるというのに、二人の空気は融け合って馴染んでいく。人からすれば何てことはないのかもしれないけれど、香にとっては大切にしたい時間の流れだった。
 例えば。
 リビングで陽の光を浴びながら、香が雑誌を読む。すると、撩がふらっとやって来て、銃の手入れを始める。ある日、じっとその様子を見ていると、
「なんだよ」
と言われた。撩の口調は不機嫌なような、恥ずかしそうな。纏う空気は拒絶ではないから、香は素直に答えた。
「ん。だって、何の迷いもなくバラバラにして、綺麗にして、また組み立てて。いつも見てるけど、やっぱりすごいなぁって」
「昔っからやってることだからな。今となっては、よそ見してても出来るだろうよ」
「そんなこと言って。よそ見なんてしないくせに」
「当たり前だ。商売道具で、これに命を預けてる。よそ見して扱うもんじゃない」
「そうだね」
 ナンパなど軽いノリを見せる一方で、本当に大切なものにはとことん付き合おうとする。知らないところはないとばかりに、撩はこのパイソンを大切にしてきたのだろう。そう、本当に大切なものを撩は粗末にしない。どこまでも信じ、パイソンを自由自在に操る。命を預けているのか、支配しようとしているのか、香にはよくわからないけれど、切っても切れない絆があるのは羨ましかった。


 自分と撩はどうなのだろう、と香はふと思う。兄の死によって共に過ごすようになり、いろいろなことがあった。もしかしたら、自分たちが離ればなれになるような選択肢、分岐点もあっただろう。それでも、なぜ二人は離れなかったのか。それこそが答えなのだろうと思っても、普段の扱われ方が酷すぎて、「二人の時間が答えです」なんて陳腐すぎる。
 撩の過去を知り、その決着を見届け、言葉をもらった。直後の日々は気持ちが盛り上がって、次はどう進むのかと勝手に思い浮かべた。撩が特に動きを見せないと、期待した分、勝手に失望した。勘違いの怒りから撩を避けようとしたこともある。「もう知らない」と無視しようとも思った。
 二人には距離があって、これまで少しずつ近付いてきた。撩が言葉にしたら一気に近付いた、ではない。言葉は二人の距離を明らかにし、自覚させただけだ。腕を伸ばせばお互いに触れられる、その腕を取って抱きしめられる。その距離感にいると、やっと認められるようになったのがあの時だ。
 勝手に失望した香が撩から距離を取ろうとすれば、その分撩が近付いてきた。一歩退けば一歩、三歩退けば三歩。結果、二人の距離は変わらない。そして時折、香は撩に腕を引かれて腕に包み込まれていた。頭を撫でられていくと、意固地になっていた自分が少しずつ溶けて、離れようとする気持ちも消えていた。
 別に身体を重ねるわけでもない。まだキスもしていない。それでも、撩の温かさを実感する機会が増えていった。


 そんな日々が続き、寒さが厳しくなってきた十一月の終わりのこと。帰宅した撩はリビングの入口に立って、そこから動かなかった。
「撩、そこじゃ寒いでしょ。中に入りなよ」
 香がそう言っても、撩はそこから動こうとしない。視線を忙しなく彷徨わせて、落ち着かない。どうしたのだろうと訝しがっていると、どこか意を決したような撩が、胸元から何かを出した。
「これ、やるよ」
 撩からポーンと投げられた物体を受け取ると、それはジュエリーボックスに違いなかった。黒く小さい箱、蓋には赤いオーガンジーのリボン。震える手でそっと開けて見ると、そこには赤い宝石が輝いていた。
「これ…」
 いつの間にか、撩が側に来ている。ゆっくりと見上げると、苦笑いしている撩と目が合った。撩が箱から宝石をつまみ上げると、金色のチェーンが続いて引き出される。細く煌めく金色の真ん中に、深く赤い一粒のハート。シンプルだが、どこか可愛らしい。撩の大きな手が首筋を掠めると、そこにはネックレスが残った。
「似合ってるんじゃね?」
「これ、どうして…」


 これまで、撩から物をもらったことはなかった。唯一のものは、兄の形見であるローマンだ。パートナーの証でもあるそれを、香は大切に扱ってきた。それで十分だと思うようにしてきたのに、今になってこんな贈り物をされると、どう理由付けしたらいいのかがわからない。
「これだ、って思ったから」
「え?」
 撩は何となく歯切れが悪い。それでも香は、撩の言葉を聞きたくて、続きを待った。
「なんつーか、ちょっと野暮用で店に入ってだな」
「お店の女の子と一緒だったんでしょ?」
「その通りです…」
「それで?」
 撩が誰と一緒だったのか、そんなことはどうでもいい。香は撩がこのネックレスを買った理由を知りたかった。
「これが飾ってあって。これは香の石だ、って思った。だから」
「だから、買ってくれたの?」
 香が問えば、撩はむすっとしながら頷いた。本当は理由なんて言いたくなかったのだろう。それを言わされた恥ずかしさから来る表情だと思ったから、香は撩の表情は気にしていない。それよりも、買ってくれたという事実の方が香にとっては大きかった。もしかしたら、今までも香を思い浮かべるような物はあったのかもしれない。しかし、撩がそれを買うことはなかった。それが今回、買って贈ってくれたのだ。


 形に残るものを、香に。


 指で赤いハートに触れる。箱の上で光っていたハートは赤く、どこまでも深かった。何かが潜んでいるような、隠されているような、そんな色。もしかしたら、昔はもっと光をたたえていたのかもしれないが、今は静かに光を閉じ込めている。
 その瞬間、香の脳裏にはさまざまな場面が浮かんでは消えていった。


 ───白いローブを着て空に浮かび、何かを祈っている自分。
 ───光輝く泉に向かって、泣き叫んでいる自分。
 ───七色の光の中で、温かな手から離れてしまった自分。
 ───黒い世界で、「またね」と微笑んでいる自分。


 鼓動が一気に激しくなって、香は胸を押さえてうずくまった。突然のことに撩は焦り、
「大丈夫かっ」
と肩に手を置いた。心配で顔を覗き込むと、香の呼吸が荒い。まずは休ませようと、香を抱き上げてソファに寝かせた。胸の動きはまだ激しいが、香の表情は少しずつ落ち着きを取り戻している。と思いきや、香は胸を押さえた。
「香?」
 鼓動が激しくなった瞬間、香に流れ込んできたのは、撩への思慕だった。自分が意識していた以上の想いが香の中を占め、どうにもならなくなってしまった。
 経験したことのない場面ばかりでも、香にはわかる。どの場面にも撩がいて、何度出会っても自分は、獠を心から想っていたということを。撩の気持ちはわからないが、一瞬見えた撩が、どれも真剣な表情で叫んでいた。もしかしたら、撩も。そして、これまで何度も願いながら、叶えられなかったこと。
 ───でも、今は一緒にいる。
 香はゆっくりと顔を上向きにした。撩は目の前で膝をつき、香をじっと見つめている。
「香」
「大丈夫。ごめんね、なんか、ちょっと…」
「ゆっくりすればいい。今日はもう、駅へは行かないんだろ?」
「うん。午後の確認はしたから」
「そっか…」
 撩は手で香の頭に触れ、その髪の毛をゆっくりと撫でた。柔らかな髪質は、どこまでも自分とは違いながら、どこか懐かしさを感じさせた。いつまでもこうしていたい、撩は心からそう思う。


 店でこのネックレスを見たとき、撩も実は同じような経験をしていたのだ。息苦しくなり、フラッシュバックのように頭へ挿し込まれる映像。その全てで自分は何かを求めて叫び、絶望していた。それでも、なぜか一欠片だけ希望もあったようにも思えた。どの場面でも一瞬見えた、香が自分に向かって微笑んでいる姿は撩を癒し、空虚を埋めていた。だからこそ、引き裂かれた際の絶望と、香を求める渇望は次第に大きくなっていったのだった。
 もしかしたら、香も何かを思い浮かべたのかもしれない。そう思っても、次の瞬間には、所詮は自分の思い込みだと考え直した。もし過去に何度も出逢っていたとしても、今の自分はここにいる。自分が意識出来るのは、今この瞬間しかない。
 ───今の自分は、香と共にあるのだから。
 関係を先に進めるのもいいだろう。心を通わせた香と身体も一つにすれば、さぞかし心地良く、包み込まれる安心感もあるのだろうと思う。だが、身体を重ねることが二人のゴールではないし、想いの深さを表す最も適切な行動様式というわけでもない。


 ずっと一緒にいられれば、それでいい。


 これも、撩の偽らざる想いでもある。以前なら、香が自分のもとから旅立とうと願えば、それを全力で叶えていたはずだ。人を殺めることだけに長けた撩が香にできること、それは、旅立つという彼女の願いを叶えることだけ。自分の願いなど、そこに重ねてはいけないと思っていた。
 だが、香は撩の想いをずっとずっと受け止めてくれていた。どんなことがあっても、何を見せても、香は撩の側にいた。隣にいることが当たり前となってしまった今となっては、香と離れていることこそが苦痛だ。香が一緒にいたいと願ってくれるなら、自分の秘めた願いと重なるそれを現実にしてもいいのだろう。やっと、そう思えるようになってきた。


「ねぇ、撩」
「ん?」
 まだソファに寝ている香が、撩を見上げている。どこか甘えたような言い方が新鮮で、撩は思わず微笑んだ。
「なんかね、喉渇いちゃった」
「じゃ、コーヒー入れるか」
 撩の大きな手が近付き、癖のある香の髪を再びそっと撫でた。優しさはそのままでスッと指は下り、頬を撫でる。
 これまでずっと、二人はコーヒーを手に時間を過ごしてきた。これからもきっと、撩と香は同じように進んでいくはずだ。共に歩み、心を重ね、そして。
 やっぱり、触れたい。お互いに、そう思うのは自然だ。
「りょ、撩が入れてくれる、なんてね」
 頬がくすぐったくて、慣れない状況にドキドキして、言葉がうまく流れない。撩はくすりと笑いながら答えた。
「高いぞ。じゃあ、特別料金いただきます」
「え〜っ。たまには撩が入れてもいいじゃ…、えっ!?」
 指は次に赤く色付いた唇をなぞる。頬を指が撫でた後に続いたのは、また別の温かさだった。香の顔に黒い毛先が触れ、こそばゆい。その向こうには、目を閉じた男の顔。香はドキドキしながら、どうしても考えてしまうのだ。指が辿る場所を撩の唇が追いかけるのならば、次は…。
 香が手をギュッと握りしめる。撩なら怖くないはずなのに、どうしても身構えてしまうのは、自分が恋愛に対して幼いからだろうか。
 そんな香の姿に撩が気付かないはずもなく、しかし、自らの動きを止めることもなかった。二人の唇が弾むように軽く触れ、相手の体温という余韻を残して離れていく。再び顔が離れた撩は、穏やかに微笑んでいたと思ったら、次には唇を歪めていた。
「いただきました、特別料金」
「あ、え、はい…」
「コーヒー入れてくる。そのまま待ってろ」
 台所へ去っていく後ろ姿を香は、ボーッとしたまま見ていた。ついさっきまでの時間が夢か現実か、そこを混乱するぐらいに気持ちは焦っている。自分の唇に指で触れれば、まだ撩の体温が残っているかのような錯覚に陥りそうだ。たまらなくて、今度はネックレスの石に指をやった。深い赤はガーネット、信頼と愛情の石。


 ───やっとだね。やっと、一緒にいられる。


 重なりあう声は香の耳に届き、そしてふわっと消えていく。とても嬉しそうに聞こえて、香は思わず微笑んでいた。

スポンサーサイト
  1. [ edit ]
  2. Transmigration of Souls

プロフィール

うーたん

Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

最新コメント

最新トラックバック

« 2017 11  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

検索フォーム

The antenna is here.

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム


pagetop