Ambivalent and Vague

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雪の華

彼の獣、彼女の願い

 
 年が明け、空気が一段と冷たくなってきた。キリッとした寒さで手がかじかみ、ついつい手のひらにはぁっと息を吐いてしまう。見上げた空はどこか泣いているようで、雲が低い。天気予報では何も言っていなかったが、雪が降るのかもしれない。香はそう思いながら、街中を歩いていた。
 さきほど息で温めたはずの手も、寒さにすぐ負けて冷たくなってしまう。一瞬の温もりは心地良かったが、その後の冷たさを際立たせるようで、少し寂しくなる。こんなことが続くから、人は温もりをもっと求めるのかもしれない。それは、香も同じだった。
 今度は冷たい風が吹き抜ける。頬を寒風が切りつけ、全身が縮こまるようだった。冬の匂いが満ちるこの空間で今、香は一人だ。「カイロでもいいから、温かくなりたいな」と思う香は当然だし、しかし手元にカイロはない。やはりまた手に息を掛けて、切なくなる一瞬を迎えるしかないのは寂しい。


「香〜ぃ」
 自分で自身を抱きしめながら寒さをしのいでいると、どこかからか声が聞こえてきた。振り向けば、そこには撩が立っている。
「撩じゃない。珍しい、ナンパしてない」
「こんな寒くちゃ、ナンパなんてできん」
「なによ、ボクちゃんが温めてあげますからね〜ぇ、っていつも言ってるじゃない」
 笑いながら言う香に、撩はどこか憮然としている。何か言ってしまったかと思うも、思い当たる節はない。どうせ撩のことだ、いつものことを今さら言われて、何となく気分を害したのだろう。香はそう思うことにした。
「ねぇ、今日は寒いから、鍋にしよっか」
「いいな、それ。何鍋にすんの?」
「まだ依頼料が残ってるから、好きなのでいいよ」
「よーし、後から文句言うんじゃねぇぞ!」
 香が珍しく言うものだから、撩は鼻息を荒くした。真っ直ぐ香を指差す姿にどこか幼さを感じて、香はくすりと笑った。撩はまた、憮然とした表情だ。撩のことだ、香が思っていることなど、手に取るようにわかるのだろう。だとしたら、この表情は恥ずかしさから来るものなのかもしれない。もしかして、先ほどの表情も同じということかも、と香は思っていた。
「香?」
 今日の撩はいつものロングコート姿だ。さすがに下はTシャツだけではなく、上にシャツを羽織っている。そんな姿の撩が両手をポケットに入れながら、身体をかがめて香を見ている。目線の高さが同じになっていて、香はなぜかドキリとした。
「あ、あああ、、はいっ、はい! じゃ、スーパーに行って選ぶわよっ」
 顔が赤くなりそうな自分を誤魔化すため、香はすぐさまくるりと回った。ずんずんと大股で進む姿を、今度は撩がくすりと笑った。結局、素直じゃないのはお互い様だ、と撩は思わずにはいられない。





 撩が選んだ具材は牡蠣。大粒のものをたくさん購入した。香の提案は、牛乳鍋。白菜やしめじ、人参、葱、春菊などを追加して、クリームシチューのような鍋にしようと思ったのだ。今まで食べたことのない鍋に、撩は乗り気になった。
「最後はリゾットにしようと思うの」
「じゃ、チーズはたっぷりな」
 撩が持ってきたチーズの量に、香は目を丸くした。両手どっさりのチーズをどう使おうというのだろう。いくつかは棚に戻させて、それでもたっぷりチーズを入れてあげようと香はカゴに入れていく。
「家にあったよな、白ワインと日本酒」
「あった、あった。じゃ、お酒は買わなくてもいいわね」


 レジでもらった大きな袋には、重い品物をどっさりと。小さな袋には、潰したくない品物を少し。いつもの調子で香が二つともに手を伸ばすと、大きな袋が忽然と消えていた。
「あ、あれ?」
「ほれ、そっちをおまえが持て」
 撩が重い袋を持っている。さすがというか、袋の重さを感じさせず、軽々としていた。自分に残されたのは、軽い袋。ここで「両方持ってくれればいいのに」と思えないのが香だ。むしろ、「重い方を持ってもらっちゃって悪いな」と思ってしまう。買い物は自分の仕事だと思うからこそ、どこか罪悪感が湧き起こる。荷物持ちに来いと文句を言いつつ、心の奥底ではそんな罪悪感。でも、撩が持ってくれるという嬉しさ。自分はなんて単純なんだろう、香は自分自身をそう思う。
 香は小さな袋を持ち、既に歩き出していた撩に走っていった。


 買い物に時間が掛かったため、外の空気はさらに冷たくなっている。手がかじかむ様がすぐにわかって、袋を持っていない右手に息をはぁっと吐いた。
「寒いのか?」
 撩がチラリと香を見る。自分のどんな行動も見逃さない男、香は撩のそんな一面をもう知っている。
「冬だから、寒くなるのは当然じゃない」
 笑い飛ばそうとした香を、撩はじっと見つめている。何を言うこともなく、ただじっと。こんな風に見つめられることなどなかったから、香から笑顔が消えた。代わりに現れたのは、困惑した表情だ。





 男女の関係に慣れた女ならば、ここでしなだれかかってくるのだろう。胸元へ滑り込み、「あなたで温めて欲しい」くらいのことも言うかもしれない。ただ、香の行動としては想像がつかない。「少しぐらいは甘えてもいいのに」と思うも、そうさせずにむしろ遠ざけているのは撩自身なのだから、思うこと自体が矛盾している。
 香だって、二人の距離を近づけたいと思っているはずだ。それが出来ないのは、撩がこれまでに放ってきた言葉と扱い方だろう。見えない傷を作ってきたのだから、今さら「香から近付いてきてくれればいいのに」と思うのは虫が良すぎる。自分から手を伸ばせばそれで済むはずなのに、香に対してはそれが出来ない。香が拒まないとわかっていても出来ないのだから、自分の意気地無しを誰かどうにかしてくれ、と撩は誰かに願いたいくらいだった。天下のスイーパー様でも、苦手なことはある、きっと。


 ───今、香は寒いって言っているのに。なんで、それを俺は暖かくしてやれないんだろう。
 『そりゃ、おまえが本当にそうは願ってないからだよ』


 どこかから願いもしない突っ込みが入ると、撩は反論したくなる。


 ───香のことは心から想っている。けれど、どうしてもいいのかがわからないだけなんだ。
 『だから、それが言い訳なんだろ。本当にやりたかったら、文句を言われてもやるくせに、よく言うよ』


 自分のことをよーく知っているかのような突っ込みは、多分空から降ってきている。そして、聞こえているのは撩だけだ。雪が降りそうな灰色の空と寒さで、自分はどうかしてしまったのだろうか、と撩は珍しく少しだけ戸惑った。


 ───失敗なんてできねぇんだぞ。下手に手を打って失敗したら、どうしてくれるんだ!
 『失敗したって、そこで人生が終わるわけじゃない。本当に欲しかったら、何回でもチャンスはあるだろ』


 どんなに伝えても「そりゃ、おまえの言い訳だ」としか断じない声に、撩はイライラしてくる。


 ───おまえに俺の何がわかるってんだ。やっと手にできるかもしれない願いが、零れ落ちるかもしれないんだぞ。
 『だから、失敗なんてしない。あいつはどんなおまえでも受け止める。信じてないのはおまえだ』


 ここで、撩はふと思う。自分に対してここまで言える存在は数少ないはずだ。しかも、香のことも言えるなど、一人しか当てはまらない。その男が「どんなおまえでも受け止める。信じてないのはおまえだ」と言うのならば、その通りなのかもしれない。冴えない風貌をしておいて、その眼は鋭く真実を見通していた。見た目に誤魔化されず、その中枢に近付くことが出来ていた人間だった。だったら、聞きたいことがある。


 ───なら、どうすればいいんだよ。気の利いた言葉も思い浮かばない、行動して嫌われたくもない。
 『だから、思いつく精一杯をすればいいだろ。それが恋愛ってもんだ。俺だって苦労したんだから、おまえも苦労しろ』


 ここまで来て苦労なんてしたくはない。しかし、別の意味で苦労しなければならないのかもしれない。撩が思い描いていた香の幸せは、香のそれとは決してイコールではなかった。自分が思う通りに事を進めようとして、でもなかなか進まない事態に悪戦苦闘してきた。それは、自分だけだったのかと問われれば、決してそうではないだろう。撩自身の思い込みに、香だって巻き込まれてきた。結果、大切に想ってきた彼女を傷付けてきたのだから、その兄に何か言われても反論出来ない。突き放すために苦労してきたのが今までならば、これからは距離を近づけるために苦労しろ。その提案をされれば、飲まざるを得ない。


 『香を信じろ。そして、おまえ自身も信じろ。そうしようと思えなきゃ、恋愛なんてできんぞ、撩』


 最後にビシッと言われ、撩の心は敗北気味だ。いや、確実に敗北している。


 槇村の死後、時間が経つにつれて、撩は自分が槇村に勝てる要素が少ないと感じていた。確かに自分は、どうすれば相手を確実に仕留められるのか、銃器の効率的な扱い方とメンテナンス方法、人を殺めることに関する知識は膨大に持ち合わせている。他に身に着けたことも、全ては仕事に繋がっているのだ。だが、誰かを心から幸せにする言葉を知らない。仕事の一貫として依頼人の心までフォローするのではなく、自分のプライベートとして誰かを幸せにし、自分も幸せになる。そんな言葉を撩は持ち得てはいないのだ。だから、考えろと言われても無理な話で、教えてもらわなければわからない。知っているのは、相手をいかに支配し、自分が優位に立てるのか。その言葉選びと運び方だ。
 何が幸せなのか、それを知ったのも最近だというのに。知識としては知っていても、実感できたのはここ数年だというのに。
 どんな言葉を紡ぎ出せば、二人とも幸せを実感できるのか。そんなのは誰も教えてなんかくれなかった。海原ですら、彼自身で撩に教えてきたことを踏みにじっていったのだ。


 だから、教えて欲しい。その言葉を、自分に。


 けれど、空から声が降ってくることは、もうない。声は撩の心を直面化し、これ以上に誤魔化しを許さなかっただけだ。兄の心情としては理解できるも、やっぱりきっついなぁ槇ちゃん、とは思ってしまう。
 条件付きの信頼ではなく、条件なんて関係のない信頼を持てということなのだろう。そしてそれは、これまで撩と香の間で少しずつ築き上げてきたもののはずだ。その絆が強固ならば、そこに恋愛という要素が明らかに加わったからといって、壊れることはないだろう。しかし、撩は知っている。恋愛が関係を大きく動かし、今までのようにはいかないということも。
 ───あぁ、面倒だ。
 そう思っていたら、風が一瞬強く吹いて、空から何かが降ってきた。





「ねぇ、撩! 雪だよ、今年最初の」
 こんなにも考えていたはずなのに、現実世界では一瞬のことだったらしい。空から舞い降りてきた白い華は撩の髪に落ち、別の華は頬を掠める。
「雪が降るなんて、ここまで寒くなるのは当然ね」
 灰色の空から、白い華がどんどん舞い降りてくる。ふわっと浮かぶ華は、香の髪にも身体にも静かに乗っていく。その様子に、どこか嬉しそうな香が空を見上げた。
 ───この雪に香が隠されるとは思わない。だが、こんなに寒いのに、どうして自分はその手を温められないのか。
 そう思っていたら、袋を持っていない香の右手を自分の左手で包み込んでいた。


 またしても突然のことに、香はどうしたらいいのかがわからない。確かに、今は寒い。何か温もりがあれば、この手は温かくなるのだろう。だが、この状態をこれまで願えなかった。願っても、叶うことはないと思っていた。だから、最初から諦めていたところがあったのだ。諦めの悪い香の、数少ない諦めの一つだった。
 ただ、手を繋いだだけ。寒い冬空の下、雪の中で二人がやっているのはそれだけだ。なのに、香はなぜか泣きたくなってきている。諦めて奥底に沈めていた願いが突然叶った戸惑いもあるし、叶った嬉しさもある。単一ではない、さまざまな感情がミルクを落としたコーヒーのように渦巻き、そして混ざり合っていく。
 人間こうなると、次を願いたくなるものだ。男のきまぐれとして、次の瞬間にパッと離されるのは悲しい。この温もりをずっと感じていたい。これ以上の関係なんて望まないから、今この温もりを感じながら、手をつないでしばらくこのままでいたい。きっと本当にささやかで、二人にとっては大きな願い。
 撩が自分を求めてくれるのなら、全てを受け止めたいのに。戸惑うかもしれないけれど、逃げることはしないのに。
 大きな手のひらの中で、香はくるりと自分の手を回す。手のひら同士が合わさり、香は撩を求めるようにキュッと指で熱を掴んだ。


 その動きは撩に伝わり、香が自分に応えてくれたことがわかる。ついやってしまったことだったが、こうして香が求めてくれることに嬉しくなる。そして、撩も次を願いたくなるのだ。こうして近付くことでこんな気持ちになれるのならば、もっと欲しい。今まで知らなかったことを、香から教えて欲しい。一度やってしまえば、行動する前の緊張が少しはやわらぐものだ。次もすぐ出来るような気持ちになってくる。今まで感じていた恐れなどを乗り越えて、いつまでも続くことを祈りたくなる。神なんて信じてはいない自分が、空にいるはずの誰かには告げたくなるのだとしたら。
 香がまた空を見上げるから、撩もつられて見上げた。こんなささやかな瞬間を、今までどれだけ香と一緒に過ごせてきたのだろう。大きく何かをすることが幸せを作るかもしれないし、こうしたささやかな積み重ねが幸せに近付く方法なのかもしれない。そうだとしたら、自分はどれだけ近付く方法を見落としてきたのか。こうやって二人、空を眺めているだけで胸が締め付けられるというのに。


 雪はどんどん降り続く。人の姿を薄め、音を消しながら。
 でも、手にしっかりと熱を感じているから、香は消えない。
 彼女はここにいるとわかる。
 それだけで、なんて幸せなことだろう。
 この幸せをこれからも感じられるのならば、きっと何だって出来る。
 守るためには、何だって。





 二人同時に顔を動かすと、また顔を見合わせた。香がさらにぎゅっと手を握ってくる。だから、撩も握り返した。
「降ってきたな。急いで帰るか」
「うん、お家に帰ろ」
 香が嬉しそうに微笑むから、撩も口元だけ笑みを浮かべた。
 香と一緒にいる数年間、以前に比べて平和なものだと思ってきたけれど、今この時はなんと平穏なことだろう。撩はしみじみそう感じる。大切な彼女と一緒の家に帰って、二人で選んだ夕ご飯を食べる。何てことはない営みの尊さが、今になって撩の心を掴んで離さない。今までだって知っていたはずなのに、急に実感してしまえばこのザマだ。彼女の笑顔だって温もりだってもっと欲しいし、そのために撩は何だってする。自分から香を奪う者がいれば、消すことさえ厭わない。


 誰かの為に何かをしたいと思えるのが愛というのなら、不器用な獣にとっては彼女を貪り、敵に牙を剥き出して喰らい尽くすことなのかもしれない。そうだとしても、香は自分に笑いかけてくれるのだろうか。自分を抱きしめ、受け止めてくれるのだろうか。
 こんなことで、自分に眠っていた獣は鎖から解き放たれてしまった。今さら、知らなかった時になんか戻れない。でも、香の前では、愛を欲しがる彼女だけの獣だ。
 まずは今日、温かな食卓を一緒に囲もう。今は素直にそう思える。


 本当は感情を出しにくい撩の内面など、香がすぐ掴めるはずもない。目の前で微笑んでいる撩の中で獣が解き放たれたなど、香は知らない。香だけを求め、逃げることを許さない獣の束縛はきっと、彼女にとって余りにも強すぎる。
 それでも香は、今までとは違った意味で傷ついたとしても、撩に腕を伸ばして抱きしめることに変わりはないのだろう。香の願いだって、二人一緒にいることなのだから。


 ポッと灯った街灯が二人を照らし、背後に影が伸びる。影は手を繋いだまま、何かを噛みしめるようにゆっくりとその場を立ち去った。







 皆様、明けましておめでとうございます。今年ものんびり更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

 今回は、少しだけ思いついたものを引き延ばした話です。うまくまとまないまま、アップしてしまおうと思います。見返して、こっそり修正するかもしれません…。

 日中はまだ暖かさがありますが、日が沈むとやはり寒くなりますね。皆様、体調を崩されませんよう、ご自愛ください。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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