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Ambivalent and Vague

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33/なにもいらない

Reasonless
「一目惚れだから仕方ないよね」 Rの場合


 
 この冬、撩は香にジャケットを贈った。誕生日でもクリスマスでもない、他の記念日でもない。日常の中にポンと投げ入れられた贈り物。
「これ、やる」
「はい?」
 香は撩の行動が理解できず、それが彼女への贈り物だとすぐに気付いてはもらえなかった。今までの言動がそうさせているのだから仕方ないものの、撩としては納得がいかない。
 やっと受け取った香は、いそいそと包みを開けた。包装紙を破かないよう丁寧に開けようとする彼女に、撩は微笑ましく思う。自分が差し出したもの全てを大切にしてもらえるようで、どこかくすぐったい。
「うわぁ!」
 香の手には、グレーのムートンジャケット。首もとと手首は、裏地のボアが見えている。形としてはライダースジャケットだが、ムートン生地であるためか、印象は柔らかい。ボーイッシュにもフェミニンにも合わせやすく、使い勝手がよさそうだ。
「あったかいね」
 季節はもう冬、風吹けば寒く、羽織らなければ身が縮こまる。このジャケットを着れば、寒さはしのげるだろう。香が気に入った一番はそこだ。身に着ければ、より実感できる。
 香が気に入ってくれたらしいとわかると、撩は妙にホッとした。気がつけば掌には汗をかいていて、実は自分が緊張していたのだとわかる。泣く子も黙るスイーパーがどんなザマだと思いながら、そんな自分も嫌いではなかった。





 翌日、香はさっそくジャケットを羽織って出掛けた。リビングで撩がコーヒーを飲んでいると、
「じゃーん」
と言って、目の前で香はくるりと回ってみせる。その笑顔が眩しくて、撩は声が掛けられない。
「お、おう」
と言うのが精一杯だ。自分が贈っておいてけなせないし、それで香から突き返されれば悲しい。香を振り回す立場でありたいと願いながら、その一挙手一投足が気になってしまうのだから、実は撩が香に振り回されているのかもしれない。彼女は無意識のままで、撩としては勝ち目がない。
 リビングの窓から下を覗くと、ジャケットを着た香が、足取り軽く新宿駅に向かっていた。今日の香はジーンズで、どちらかとボーイッシュな格好だ。襟足は、あの日から伸ばしていない。
 二十代も後半となり、女性として成熟しつつある彼女に、過去の姿が重なる。それは十年ほど前、香がまだ高校生だったときのことだ。その頃の撩は、自分には何もない、まだそう思っていた。
 槇村から託された香を、撩は「槇村との約束」という大義名分で守ってきた。手放さなければならないとわかっていても、まだ危険があるからと手元に置いていたのだ。結果、今度は撩のパートナーだという価値が広まり、本当に手放せなくなった。


 ───本当か? 本当に、それだけか?


 撩はリビングのソファにごろりと転がり、テーブルにあったタバコを取って火を点けた。ふうっと吐き出した煙は、スッと天井へ消えていく。
 どうして香の手を離せなかったのか、思いついた理由はすぐに「違う」と消えていく。思いつくことなど真実からほど遠いとするならば、もはや理由など見つかるわけがない。


 ───理由などない、ということか…。


 振り返ってみれば、彼女に対しては一目惚れだったのかもしれない。あくまでも振り返れば、だ。当時の撩は自分の願望を凍らせることに長けていて、把握できるはずもなかった。
 理由などいらないのだ。香だったから欲しかった、ただそれだけが事実なのだから。


 手の中のタバコは、だいぶ短くなっている。どうやら、少し思索の世界に入っていたようだ。灰皿に押しつけて、撩はタバコの火を消した。
「キャッツなんか寄らねぇで、早く帰ってこい」
 極端なことを言えば、撩は香がいればそれでいい。今は彼女にとって安全なパートナーで構わない、撩はそう思っている。ただ、自分の奥底にある酷薄さには、もう気付いているのだ。彼女を自分のもとへ留めておくためには、何をしても構わない。
「その髪も、頬も、唇も…」
 手持ち無沙汰になった指は、宙をゆっくりと撫でていく。
「だから、おまえの他には」


 ───なにもいらない。


 この狂った執着心は、果たして彼女を幸せに導くのか。そして、両刃の剣になり得るとわかっているにも関わらず止まれない自分に、撩は冷たく微笑んだ。

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好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息してたけど、只今休眠中。

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