Ambivalent and Vague

This page is the only Fan Fic.

Dozen Roses

誰が為に薔薇は咲く

 
 いつもの日々、いつもの関係。
 撩と香はそれこそが尊いものだと知っているから、毎日を大切に過ごしているつもりだ。ある時からそこに恋人という要素が加わったけれど、それでも二人の日々に対する姿勢は変わらなかった。二人の想いは強いし、関係が崩れることはないと思っていても、出来ることなら、その信念を支える何かが欲しい。
 そう思ってしまったのは、実は撩の方だった。
「関係を続けるなんて、んなの香が初めてだしぃ」
 ナンパという名目でアパートを飛び出した撩は、公園のベンチに座って一人空を見上げていた。
 何となく口にしてしまったが、中米でのゲリラ時代を除けば、長年に渡る関係など少ない。そしてその最後は、いい別れではなかった。ゲリラ時代の関係だって、海原との記憶がこびりつきすぎて、エンジェルダストがどうしても記憶を歪めてしまう。楽しいことや嬉しいこともあったはずなのに、投与されたもののせいで色が失われている。
 現在進行形で続いている香との関係が信じられなくて、本当かどうかを確認したくて香を試し続けた日々もある。「自分の本音」と「香の幸せ」に揺らいでいたと香には告げたものの、本当のところは香を試していたのだろうと撩は秘かに思っていた。
 今はもう、香を試すようなことはしたくない。何回試しても香は撩を選んでくれているのに、それを信じられないのは自分の問題であると撩はわかってしまったからだ。自分が変わらなければ、試し行動で香は傷つき、本当に自分のもとを離れていくのかもしれない。それだけは避けたかった。
「なんかねぇかなぁ」
 不器用さの向こうに潜む真っ直ぐな想いを、どうやったら香に伝えられるのか。これからもずっと二人でいたいのだと、撩でも伝えられそうな方法はないのか。そのヒントを探すべく、立ち上がった撩は公園を立ち去り、繁華街の中心へと向かっていった。


「げっ、そうか」
 街中に女性が多いと思ったら、そろそろバレンタインだ。最近は夜の街でもらうチョコも、カードの宛先が撩と香の二人になっていたりする。情報収集の礼として店には赴くが、誰もが皆、撩が香を大切に思い、一緒に過ごしたいと思っているのをわかっているのだ。ただそれ以上に撩はプロであり、テリトリーの見回りは怠らない。そのこともわかっているから、日々のやりとりは止めずとも、以前より早めにアパートへ帰すことが増えた。
 撩にとって、香からのチョコレートが重要であり、これだけは絶対にもらわなければならない。とはいっても、女性から男性にチョコレートを渡すのは日本独自の習慣であり、諸外国では男女関係なく、大切な関係の中でプレゼントがやりとりされる。ならば、撩だって香に何かを贈ってもいい日であるはずだ。
「しっかし、ピンと来るものがねぇなぁ」
 残るものだと香が気を遣いすぎて難しいし、かといって貧相なものは贈りたくない。女性で賑わうチョコレート売場に撩は溶け込めなくて、素通りしようと思っていたその時、一つのショーケースが目に留まった。





 バレンタイン当日。
 香はいつものように、日々のお礼を込めたチョコレート菓子を配っていた。日持ちするようにと毎年同じチョコクッキーではあったが、受け取った者は皆、味と香の気遣いに心が温かくなる。
 撩にももちろん渡すのであるが、恋人である彼にはもちろん特別なチョコレートとなるわけで、今年はグランマルニエをたっぷりきかせた小さなガトーショコラだった。
 夕食後の珈琲タイムに渡された撩は、香の目の前でリボンを解いていく。何回渡しても香から緊張が消えないから、撩は苦笑いをこぼした。
「な、なによっ」
「だってさぁ、いつまでも香ちゃん、カチンコチンなんだもんな」
 揶揄するように言うと、香は眉をハの字にして言った。
「何回渡したって、美味しいって言ってくれるまでは緊張するわよ」
「なんで? 俺はおまえの料理を残したことはないし、うまいと思ってるけど」
 以前ならば出てこなかった台詞も、今なら口にすることができる。これが年季というやつなのかなと思いながら、撩は香に言った。
「うん、それはわかってるんだけど。だけど、今回はどうだろうって心配になるじゃない。だって、去年より美味しいものをって思ってるんだから」
 香は手のひらを胸の前で組みながら、祈るようにそう告げた。その一生懸命さにどれだけ撩は救われてきたのか。懸命に撩を追う香が、何もかもを諦めて変わることを放棄した撩に変化をもたらしたのに、香だけがそれをわかっていない。ただ、香が理解しているかどうかは大きな問題でもなく、香の努力を撩が受け止めるかどうかが重要なのだから、
「なら、早く食べさせてくれよ。今年も期待してますよ、香さん」
と言うのが正解なのだろう。それを聞いた香はハッとして、
「うん、わかった!」
と台所へ準備をしに行った。


 簡単に言ってしまうと、今年のチョコレート菓子も美味しかった。撩がそれをきちんと香に伝えると、咲き誇るような笑顔を見せて喜んでいる。自分の気持ちを告げることでこんなにも笑ってくれるのなら、もっと早くに言えばよかったと思うものの、昔の天の邪鬼だけが取り柄のような撩では難しかったというのも事実だ。今も言葉にするには躊躇いが残る。言葉は頭の中だけでぐるぐると回り、結局は表現の機会を失っていたのがこれまでだ。どんなに思慮深く考えていたとしても、結局のところ撩が得意なのは行動で表すことだった。
 だから今回も、行動を選択した。
 「ちょっと待ってて」と告げてリビングを立ち去った撩が戻ると、茶色い紙袋を手にしていた。
「撩それ、もらったの?」
 第一関門失敗。今までの経験からそう導きだされるのはわかるけれど、そうじゃないことはわかってほしい。
「うんにゃ、俺が買った」
「はあああああ!?」
「これ、やるわ。俺の気持ちだから」
 紙袋を押しつけると、撩はリビングの入口に瞬間移動した。目をあちこちに彷徨わせ、明らかに挙動不審だ。香も同じく混乱状態だから、撩の姿をよくわかっていない。
「じゃあ俺、飲みに行ってくるわ」
「あ、あ、行ってらっしゃい。ツケは増やさないでね」
 香の声に後ろ姿で手を上げて、遠く玄関の扉が閉まる音が聞こえた。音でハッとした香は、撩から渡された紙袋を覗き込み、中に入っている箱を取り出した。





 翌朝、夜遅かった撩はまだ寝ている。昨夜のことがあって、何となく気持ちが落ち着かない香は、伝言板を見てくる旨を告げて出掛けてしまった。もちろん伝言板に期待する文字はなく、軽く落胆しながらキャッツの扉をくぐるのもいつものことだ。
「いらっしゃい、香さん」
「美樹さん、海坊主さん、こんにちは」
 開店したてはまだ静かで、その中で珈琲を飲むひとときが香は好きだ。いつものようにカップを出され、口にすればやはり美味しい。
 香にとってはいつもの過ごし方なのだが、この二人に隠し事はできないようだ。どこか違う空気を読み取り、美樹が声を掛けてきた。
「香さん、昨日何かあったの?」
「え?」
 やはり鋭い人だなと香は思う。ここで誤魔化すのも一つの方法だが、香としては昨夜のことが整理出来ていない。美樹ならからかいながらも、香の整理を手伝ってくれるだろう。そう思い、撩からも贈り物があったことを告げた。
「あら、あの冴羽さんがねぇ…。確かに、外国では親しい関係で贈り物をするという感じだから、男性からもありなんだけど」
「そうなんだ。だから撩はくれたのかな」
「でも、そのチョコにも意味がありそうよね。冴羽さんって、結構考えている人だから。…ねぇ、もうちょっとチョコを詳しく聞いてもいいかしら」
 美樹は何か確信を持って言っている。むしろ香の方がよくわからないものの、撩の気持ちがわかるかもしれないからと、チョコの説明を始めた。
「えっと、バラの形をしたチョコレートでね。確か、商品名はクロンヌだったかな」
「あぁ、花のリースのことね。幸福や平和、永遠のシンボルだと言われているわ」
「そうなんだ。だからバラや葉っぱが輪になっていたんだ」
 香はそれだけでも大きな発見だったが、美樹はもっと何かあるはずだと思っていた。香との生活に幸福を見出し、永遠の平和を願う気持ちを込めていたとしても可笑しくはないが、冴羽撩という人間はそれだけでは終わらない。あれだけの人間が大切な存在に贈り物をするのだから、もっと意味が隠されているはずなのだ。そしてそれを知る権利が、香にはある。いや、知らなければならないのだ。
 ふと、美樹はバラからあることを連想した。この美樹でさえ「まさか」と思うことでも、確認してみる価値はある。
「ねぇ香さん、ちなみにバラはいくつあったの?」
「えっと、三つの味が四個ずつだから、全部で十二個よ」
 その個数を聞いて、美樹の中では推理が完結した。撩が何を考え、どんな想いをこのバラに込めたのか。
「香さん、ダズンローズって知ってる? 男性が女性に贈る十二本のバラのことなんだけど」
「ダズンって、ダースのこと?」
「そうよ。十二本のバラには意味があってね。感謝、誠実、幸福、信頼、希望、愛情、情熱、真実、尊敬、栄光、努力、永遠。その全てを男性が大切な女性に捧げるのよ」
「うわぁ、すごいわねぇ。なんかそれ、プロポーズみたい」
 単なる感想として言った香に、美樹は優しい微笑みを返した。
「みたいじゃなくて、そうなの。ヨーロッパの伝統的なプロポーズよ」
「あぁ、そうなんだ。………って、えっ、えっ!?」
「香さん、そういう意味なんじゃないのかしら」
「いや、そんなことは。だってあいつ、戸籍ないし、結婚できないし」
 自分が引き当てた爆弾を自分で爆発させてしまったように、香は頭の整理なんてものから遠くにいってしまった。素直に受け入れればいいものの、これまでの二人を考えると無理かもしれないわね、と美樹は思ってしまう。さてどうしようかしらと策を練っていると、
「美樹、今日のサンドイッチに使うマスタードが足りん。ちょっと買ってきてくれ」
と海坊主が美樹に頼んできた。策を練る姿に香へのからかいを感じ取ったのだろう、海坊主の助け船だった。そうだとわかっても、マスタードが足りないのは事実のようだから、美樹はこの場を立ち去らなければならない。惜しいなぁと思いつつ、「ごめんなさいね」と告げて出掛けていった。


 しばらく、店内には沈黙が続いた。香がいくら美樹の言葉を咀嚼しようとしても、撩とプロポーズが全く噛み合わなくて、混乱するばかりだ。
 確か撩は、「俺の気持ちだから」と言っていた。わざわざ高そうなものをからかいの種にしないだろうし、何か意味があるのだろう。クロンヌの意味はわかっても、プロポーズまではないだろうと思ってしまう。
 そんな香を助けたのは、やはり海坊主だった。
「香、チョコレートを受け取って、どうした?」
 事実ならば答えることが出来る。香はまだ口にしていないと答えた。
「なら、どれか一つをヤツに喰わせてやれ。美樹の話が本当なら、ヤツはそれを待っているはずだ」
「プロポーズのこと? まさか」
「おまえの考えはわかる。だが、結婚という仕組みを抜きにして考えたとき、プロポーズにはどんな気持ちが込められているのか、考えてみろ」
 トラップの師匠は今、香に考えろと言っている。香が困ったとき、ヒントをくれたのも海坊主だ。撩と同じ裏の世界で生きる男だからこそわかることがあるのだろう、香は師匠の言葉を聞き、その通り考えた。
「プロポーズは結婚のためだけど…。結婚して、これからも一緒にいたいし。って、もしかして…」
「あいつは確かに戸籍がないから結婚できないし、そういうプロポーズはできん。だが、おまえと一緒にいたいという願いは持ってもいいんじゃないか?」
 そんな海坊主の言葉に、香は戸惑いを覚える。今だって一緒にいるし、香はこれからもずっと撩のそばにいるつもりなのだ。なぜ改めて気持ちを告げられるのか、自分が何か撩を不安にさせてしまったのかと、今度は逆に香が不安になってしまう。
「でも、今もあたしたちは一緒にいるし」
「だからだ。撩は大事なことをおまえに告げてこなかっただろう。今回だって、わかりにくいところはあいつらしい。だが、おまえにちゃんと伝えたいと思ったから贈ったんだ」
 そう言われると、あの実は不器用な撩が自分に対してしてくれたことにきちんと応えたい、という気持ちが湧いてくる。その気持ちを告げてくれたのなら、香だってちゃんと返事をしたい。
「わかった。ありがとう、海坊主さん」
「ふんっ、おまえらは本当に面倒臭いやつらだ」
 ここにも不器用な人がいたなと、香はクスリと笑った。





 この日の夜も、いつもの珈琲タイムだ。二人リビングのソファに座り、テレビを見ながら珈琲を飲んでいる。
「撩、おかわりいる?」
 飲み干した撩のカップを覗き込みながら、香はそう言った。もうちょっとこの時間を過ごしていたい撩は、
「あぁ、頼む」
と返事をする。香は二人分のカップを持ち、台所へと立ち去った。
 次に現れたとき、撩にとって見たことのある箱を持っていた。それは昨日、撩が香に贈ったチョコレートだ。テーブルに珈琲を置くと、香は撩の横へと座った。
 「もしかして」と撩は思う。パズルのように潜めてある想いを読み取ってくれたのだろうか、と期待したくもなる。ポーカーフェイスを保ちながら、その心臓はバクバクとしていた。
「これ、ありがとうね。とっても嬉しかった。クロンヌっていうのね、意味を美樹さんに教えてもらっちゃったわ」
 箱を開けて中身を見ながら言う香に、撩はやっぱりそうだよなと思う。
「これを撩にもらえて、あたしは幸せよ。だからね」
 そう言うと香は十二個から一つ、ピンクのバラをつまみ上げた。
「これを撩に食べて欲しいの…」
 ダズンローズでは、ブーケを受け入れた女性はその中から大切に思う一輪を選び、男性の胸元に差すのが風習だ。つまりはブーケとブートニアにつながるのだが、香は今、それと同じことをしようとしている。
「香?」
「撩がたくさんの気持ち、くれたから。そこから一個なんて選べないけれど、でも、これかなって思って」
 はい、と差し出されたバラは、なぜか震えている。香だって、勇気を振り絞っての答えなのだとわかり、撩はさらに香を愛おしく思った。
「なら、喜んで」
「えっ!?」
 撩は香の手首を掴み、香の指ごと口にした。ラズベリーの味が溶けてなくなると、今度はそのまま香の指を味わい、優しく甘噛みする。
「やっ、だめっ」
 驚いて手を引こうとすると、逆に香が引き寄せられた。そのまま二人は倒れ込み、香は撩の上に乗る形で横たわっている。
「あっ、あのっ」
 香の指が撩の口から解放されるのと同時に、今度は腰に手を回されて動けない。撩の右手が香の背中をさすると、それだけで心地良くてたまらなくなる。撩に教え込まれたものが引き出されそうで、堕ちそうなその瞬間が怖い。人差し指だけになった手が背骨をなぞり上げ、うなじを撫でると、香の身体がピクリとする。香の吐息が少しずつ熱くなり、快感が香の肌を薄紅に染め上げていた。それは撩の支配下に入ってきつつあることを示し、そろそろ香は快楽に抗わなくなる。
 頭を撫でられることが心地良くて、香はその厚くて広い胸に身を任せていく。頬ずりをして示すと、撩の唇が白い額で弾んだ。
「香は優しすぎだ、俺が付け入る隙を与えるくらいに」
 腰に残っていた左手が今度はセーターの中に入り込み、ブラジャーのホックをパチンと外した。直に触れてくる熱がたまらなく、香はもう逆らえない。
「香のすべては、もう俺のもの…」
「えっ、あ、あのっ」
「だから、これからもずっと一緒、だろ?」
「うん…」
 香には、その一言が精一杯だ。これから始まるであろう容赦無い愛撫を思い、香の身体は期待に震えた。

スポンサーサイト
  1. [ edit ]
  2. Short Story

プロフィール

うーたん

Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

最新コメント

最新トラックバック

« 2017 09  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

検索フォーム

The antenna is here.

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム


pagetop