Ambivalent and Vague

This page is the only Fan Fic.

Backstage

恋する二人の舞台裏

 
 二人は今、森の中で複数の敵に追われている。急に襲いかかってきたため、十分な準備もない状態で立ち向かわなければならず、いくら撩でも銃弾を気にしながらの応戦となっていた。その場にあるもので簡単なトラップを仕掛ける腕を香が持っているため、敵を足止めをすることは出来る。しかしながら、何人いるのかと思うほど途切れない追っ手に、まずは香が疲れを見せていた。
「ねぇ、撩。どうするの?」
「うーん、どうしようかなぁ、って思ってる」
「ちょっとぉ!」
 こんな危機的な状況なのに呑気でいられる撩を見て、唖然とするやら理解できないやら。それが冴羽撩という人間なのだと、これまでの経験からすぐに考えることが出来たから、香が怒りを覚えることはない。
「いや、烏合の衆みたいだから、こういうのは頭を倒せばどうにかなるんだ」
「その頭とやらは、どこにいるのよぉ」
「それがわからん。隠れて姿を見せない」
 トラップの仕掛けと自身の逃走、それで精一杯だった香にとって、撩がこの状況をここまで見極めていたことに驚いた。あの光景を見て、どうしたらこうも考えられるのか。それこそが、撩を裏世界ナンバーワンのスイーパーとして君臨させている一因であることもわかっている。香は自分が平凡すぎて、少しだけ悲しくなってきた。撩に近付こうとしても、どうしても越えられない壁を突きつけられるようで、ほんの少しだけ。


「でさぁ、香ぃ」
 撩の呼び掛けに意識を戻した香は、
「な、なに?」
としどろもどろで返事をした。撩は目の前のどこかを見つめながら、
「香、おまえ、ちょっくらそこら辺を歩け」
とサラッと言ってのける。
「は?」
 せっかく何とか隠れたのに、自分から姿を曝せとはどういうことなのか。あれだけの追っ手に一人だけ、どうなるかは明白だ。
 とはいえ、何の考えもなしに撩がこう言うはずもない。それを確認するのが先決だ。
「あたしが歩いたら、何が起こるの?」
「ここでギャンギャン言わなくなったのは、成長だな」
 香をチラリと見てニヤリとする、そんな撩の姿に香は不覚にも胸がいっぱいになった。昔も今も、ずっと香のことを見ている。そして、彼女の変化をちゃんとわかってくれている。それが本当に嬉しい。
「おまえ、ユニオンの将軍を覚えてるか?」
「うん、覚えてるよ」
「じゃあ、もうわかるな?」
「あ……」
 かつて、ユニオン・テオーペの将軍と相まみえたとき、将軍は姿をくらましたところから二人を狙撃しようとしていた。銃の操作音を撩の耳が聞き逃さなかったことで場所が判明したのだが、そのきっかけは、香が将軍の前に姿を見せたことだった。
「あたしが出れば、その頭の場所がわかるの?」
「追っ手は、あくまでも俺らをここに追い詰めるよう動いているだけだ。殺そうとする気配はまるでなかった。とすれば、追い詰められた最後に頭が出てくるってこったな」
「うん、わかった」
 香は過去を思い出す。将軍のとき、もう明日はないかもしれないと歩いた緊張感は、今でも忘れられない。その一歩、次の一歩、それが最後になるのではないかと怯えながら、しかし撩のことを信じてもいたのだ。
「怖いか?」
 いつの間にか、撩は香に視線を向けている。その漆黒の瞳には真摯な色が浮かび、大丈夫だと告げていた。それを見ると、香も大丈夫だと思えるから不思議だ。
「怖くないよ、大丈夫。だって、撩がちゃんといるもん」
「そうそう、その感じ。サクッとやるから、香ちゃんよろしく」
 口調は軽いが、瞳の色は変わらない。香は大丈夫だと伝えるつもりで、口元に笑みを浮かべようとした。しかし緊張は、とびきりの笑顔までは許してくれない。
 そんな自分を見られたくなくて、香は一歩ずつ、ゆっくりと歩いていった。隠れたところから出ると、舞台のように開けた空間が、ぽっかりとそこにある。きっと、この中心でショーのように殺すつもりだったのだろう。なんて悪趣味なんだと思いながらも、香の足はその一歩を重くしていった。
 怖くないなんて、嘘だ。本当は怖い。撩の腕を信じていたとしても、命の危険に自分を曝すのだから、やはり怖いのだ。だが、撩という人間を信じていたからこそ、怖くないと嘘をついた。それは全て、撩が今すべきことに集中するためだ。
 香はゆっくりと空間の中心に向かう。一歩一歩、まるで断頭台に向かう囚人のように重苦しくも、何かを決意したような表情で足を進めていた。


 鳴り響く、数発の銃声。


 ビクッとした香は、その瞬間、目を瞑った。もしやられるのならば、こんな場所で自分を守れるはずはない。せめて身体を弾丸が突き抜け、血を噴き出す瞬間を見なくてもいいように、自分の視界を暗く閉ざしたのだ。
 だが、香には痛みもないし、血も流れていない。


「勝負あったな、まったく、悪趣味だこと」
 いつの間にか、撩が隠れていた場所から姿を現していた。彼の視線の先には、手をかばいながらうずくまる一人の男の姿が見える。銃を持つには不釣り合いな、たいそうご立派な格好はどこか滑稽に思えた。
「あれが……」
「そう、こいつらの頭だ。あんな仰々しい格好をしてさ、なんだってんだろうな」
 コルトパイソンを右手に持ったまま、撩は男に近付いていく。自分に銃口が向けられていないのを好機と思ったのか、男は撩に向けて発砲しようとしたものの、今度は銃が暴発して悲鳴を上げる。獠の素早い動きは滑らかで、頭に向けられた銃口からは細い煙が立ち上っていた。
「もう銃は撃てねぇな。遊びはここまでだ。さ、どうされたい?」
 ゴリッと銃身を頭に突きつければ、男はさらにうなだれる。勝負が決した瞬間であった。





 クーパーでアパートに戻ると、二人はリビングのソファに身体を投げ出した。
「あ〜、もう、やってられないぜ」
「撩、おつかれさま。珈琲を飲むなら、淹れるわよ」
「あぁ、頼むわ」
 撩を労るように微笑んだ香は、台所で珈琲を準備した。豆を挽き、ドリップするために湯を細く垂らす。立ち上る珈琲の香りは、自分たちがアパートに戻ってきたのだと香に実感させてくれていた。
「帰ってきたんだなぁ」
 またこんなふうに珈琲を淹れて、二人で飲める幸せ。それは当たり前のようで、実は当たり前ではない。わかっているからこそ、戻ってこられたことをありがたく思わずにはいられない。


 香は撩から言われて、あの舞台に立った。出演俳優の全貌はわからないまま、シナリオもわからないまま、そこに立ち続ける恐怖。普通なら、逃げ出してしまいたいと思うだろう。しかし、香はそうしなかった。
 撩は確かに敵を倒したし、あのときもそれを疑うことはなかった。単に信頼が厚かったからなのか、どうなのか。
 なぜあそこまで、香は撩を信じることが出来たのだろう。撩が自分を助けてくれるなんて保証は、実はどこにもない。確証もなく信じ続ける、そんなことがなぜ出来たのかが不思議だ。


 とはいえ、今の香にはわかっている。


 香が信じたかったのだ。想いを寄せている撩を信じて待ちたい。それは、恋する人間の勝手な想い。だから香の恋は、あの場でも明確に表すことが出来なかった。自分勝手な想いを表して、撩の重荷にはなりたくない。自分が信じているから頑張って、なんてことを言いたくはない。撩が動きやすいようにパートナーとしてアシストしているのであって、感情で足を引っ張ることだけはしたくないのだ。
 こんなふうに、撩の居場所とは別の舞台裏に想いを隠して、香はあの舞台に立っていた。
 そして今も同じだ。日常生活という舞台の裏のどこかに、香は想いを隠している。
「だって、まずはパートナーだもの……」
 ぽたぽたと垂れ落ちる珈琲は、まるで砂時計のように時を刻んでいた。





 香の珈琲を待ちながら、撩は横たえた身体をさらにソファに預けていた。脳裏に浮かぶのは、隠れていた場所を出ようとしたときの香の顔だ。笑顔になれないまま、どこか緊張を残して香はその場所を離れた。
 本当は、香を駒のように扱いたくはない。しかし、信頼できるからこそ、そのような危険な役割を頼めるのも事実だ。撩を香は裏切らない。それでも、危険に曝すのには変わりがないから、撩にも覚悟が必要になる。


 まだ、彼女とは始まってもいない。こんなにも一緒にいるのに、近くにいるのに、二人はどこか遠慮して距離を近づけることが出来ていない。
 自分と香は、紛れもなく男と女だ。それをお互いに誤魔化し続けて、今がある。二人の背後に横たわる、相手を大切に想うしっとりとした感情。それを否定してしまうのはなぜだ。
「喪いたくないからだろうなぁ」
 始まってもいないから、終わることもないのだ。
 だが、自分を誤魔化しながら逃げ続け、そのうちに香が他の男を見つけたらどうするのか。危険な自分のもとから離れ、世間一般的な幸せを掴んだ香を遠くからそっと見守ることができるなら、それでいいのだろうか。
「まぁ、それも一つの未来なんだろうが」
 自分が口にしたそばから胸が痛むのだから、どうしようもない。それでも、香が撩ではない誰かと幸せを見つけ、二人で育んでいくという選択をしたのなら、撩はそれを応援するしかない。香が男女として経験する初めては、まだ見ぬその男が全て掻っ攫っていく。
「初めて、か。香の恋愛遍歴なんぞわからんが……」
 まだ抱いてもいないから、香が処女かどうかもわからない。恥じらいながらもどこかさばけている女だ、実は男と付き合ったことがあって、身体の関係を経験していてもおかしくはない。
「ま、初めての男になれるかどうか、は別に構わねぇや」
 そう、それは別に構わないのだ。初めての男になれたからと言って、関係がいつまでも続くとは限らない。お互いに想い合っていても、初めて燃え上がった炎が枯れないという保証はどこにもない。
「だったら、俺は最後の男で十分だ」
 例え香が他を求め、撩がそれを見守る立場になったとしても、戻ってきたのならば受け入れる心づもりはある。自分勝手な恋愛を繰り広げてきた撩のように、香だっていくつもの恋愛を経験したっておかしくはないのだ。その果てで撩を選んでくれれば、そのときは香の手を離す気はない。
 と、撩は手のひらで顔を覆い、自らを嘲るように笑った。
「まったく、俺も勝手なやつだよ。やっぱり、香のことを決めつけてるじゃねぇか」
 最後の男にすらなれない可能性なんて、本当は考えていない。どこかで香は撩を求め、そのときは逃がさない。いや、最初から逃がすつもりなどないのだ。


「りょお〜。珈琲入ったよ〜」
 台所から香の声がすると、淹れたての香りが少しずつ強くなる。
 本当は最初から最後までずっと貪り続けたい欲望を胸の奥に隠し、撩はゆっくりとソファから身体を起こした。

スポンサーサイト
  1. [ edit ]
  2. Short Story

プロフィール

うーたん

Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

最新コメント

最新トラックバック

« 2017 09  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

検索フォーム

The antenna is here.

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム


pagetop