Ambivalent and Vague

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あなたがわたしにくれたもの

Rain for a time.
Turning brighter later.


 
「どうしよう…」
 二枚のチケットを前に、香は困った顔をしていた。今話題の映画、しかも座席もいいときている。だが、日付は今夜だから、行く行かないをすぐに決めなければならない。立ち寄ったキャッツで、「行けなくなってしまったの」と美樹から手渡されたものだった。
 「冴羽さんと行けばいいじゃない」と美樹には言われたものの、香から誘ったが最後、撩からの返事は香を揶揄するものに決まっている。そうわかっていながら誘おうと挑戦するなんて、香には出来ない。これまでの散々なやりとりが、香の行動を止めようとする。それはきっと、これ以上自分が傷つきたくないからなのだろうけれど、撩を想う気持ちをそれが上回るなんて、近頃の自分はどうかしているということはわかっていた。





 つい先日のこと、ツケを払おうと店を回っていた香に対し、
「香さぁん!」
と甘ったるい声がかかった。まだ着飾っていない彼女はこの店のトップで、撩のお気に入りであることも知っている。
「どうしたの、瑞穂さん」
「あのね、今度の金曜日は私の誕生日なの。撩ちゃんには来てって言ってあるんだけど、香さんからもダメ押ししてくれないかなって」
 トップではありながら嫌な裏表はなく、この台詞も本当に撩には来て欲しいからこそなのだろう。香にだってそれくらいはわかるのだが、彼女と撩の領分を自分にまで押しつけないでほしい、そんなことは二人の間で完結させてほしい。そう思うのはわがままではないはずだ。
「あら、瑞穂さんの頼みなら、撩は絶対に覚えていると思うし、行くと思うけど?」
「そう思うんだけど、やっぱり確実にしたくて。ね、お願い」
 手を合わせてまで頼まれると、人の良い香は無下に断れない。瑞穂に利用されたと言われればそれまでだが、彼女の人となりにいやらしさは感じておらず、むしろ断れない自分に虚しさを感じているだけだ。
「うん、わかった。言っておくね」
「ありがとう、香さぁん!」
 手を上げて喜ぶ瑞穂を見ながら、香は微笑んだ。喜ぶ人を悲しませる、そんなことはしたくないと思いながら。
 帰宅後の夕食時に瑞穂からの伝言を伝えると、撩は「わぁお! 熱烈だな、瑞穂ちゃん」と喜んでいた。そうでしょうね、と思う香の視界から、現実感が消えていく。そして、心に虚しさが湧き上がる。自分という存在は一体なんなのか、それを突きつける場面を感じたくなくて、自分の心に蓋をした瞬間であった。





 いくらチケットをもらっても、今日は瑞穂の誕生日なのだ。そちらを優先するに決まっている。美樹には申し訳ないけれど、自分が使うことは出来ないのは決定事項だ。
「どうしよう、せっかくのチケットなのにな」
 自分が使うことが出来ないのなら、誰かに使って貰えればいい。手っ取り早くそれを叶えるには、同居人に押しつければいいだけだ。
 そうよ、香。今夜が瑞穂さんの誕生日なら、それに使って貰えれば…。
 どうしても自分で捨てることができない香は、とにかく誰かに使って貰えればよくなっていた。それが例え、結果として自分が虚しくなろうとも、だ。夕食時にでも一方的に押しつければいい、香はそう思っていた。
 向かい合って食べる二人に、今夜は会話がない。いつもなら、香がいろんな出来事や知ったことを話すのに、それがないのだ。撩はそんな香の変化が気になりながらも、どうやって探りを入れればいいのかがわからなかった。落ち込んでいるようにも見えないし、ならば下手に声を掛けても否定されるだけだ。
 何かを言おうとしている撩は、自然と香の顔を見てしまっていたのだろう。
「どうしたの、ボーッとして」
「いや、なんでもない」
 また二人は沈黙に包まれる。こんなにも会話がない食卓はいつぶりのことなのだろう。香もそれはわかっていたけれど、どうにかできるものでもなかった。
 なんのきっかけもなければ、映画のチケットのことなど切り出せない。会話が少しでも発生した今なら、話題にするチャンスでもあるのだろう。
「撩、これあげる。もらいものだけど、レイトショーだから、誰かと行けば?」
 誕生日の主役である瑞穂は難しいかもしれないが、レイトショーの時間なら店を抜け出して誰かと行くことも可能なはずだ。撩の反応はどうでもいい、ただ受け取ってくれれば、それでいいのだ。
「ごちそうさま。あたし、ちょっと疲れたから横になる。食器はシンクに漬けといて」
 喜ぶ姿も、受け取るのに難色を示す姿も、どちらも見たくはない。撩の反応全てを見たくなかった香は、体調不良を理由にそこから立ち去った。
 食卓には、呆然と香を見送る撩だけが残されていた。


 香から渡されたチケットに隠れた事情を、撩はほぼ察してはいた。それなら香を誘えばいいのだが、どうも香はそれを拒絶している。撩との間に壁を築いた香をどうしたらいいのか、撩にもわからない。
 香はきっちりしたところもあるから、食器は使ったすぐ後に洗いたい性分だ。今までも体調不良のくせに食器を洗おうする彼女を、撩は何回も見てきた。そんな香が撩から逃げることを優先するなんて、本当はおおごとなのだ。どうにかしなくてはいけないのに、何の策も浮かばない。
 食べ終わった食器をシンクに運び、コップに水を注ぐ。ゴクゴクと喉を動かしながら一気飲みしても、撩はちっとも満たされなかった。
「どうにかすればいいか」
とチケットをポケットに入れて、撩もそこを立ち去った。


 約三十分後、玄関が閉まる音を耳にした香は、撩が出掛けたことを知った。そっと台所に戻れば、チケットは見当たらない。撩の寝室に入っても同様で、持って行ったのだと判断するには十分だった。
「わかってても、こうされるときっついなぁ」
 部屋に戻った香は、ぽすんとベッドに腰掛けた。
「そうしろって言ったのは、あたしなのにね。バカみたい」
 自分がこうなるのもわかっていたはずなのに、状況を変えられなかった自分だってどうしようもない。止まらない涙を拭うことなく、暗いままの寝室で香はうなだれた。





「撩ちゃん、どうしたの?」
 横に座った瑞穂が、撩の顔を覗き込む。自分を見てくれないのが不満のようで、少し頬を膨らませた顔はやや幼く見える。
「いや、なんでもないよ」
「ううん、何か考えてたはずよ。もうっ、せっかくのパーティーなんだから」
 そう主張する瑞穂を見て思い浮かぶのは、やはり香だ。こんな風に言ってくれたのなら、撩だって何かしらの言葉を返せたはずだ。一緒に行ってと言ってくれれば、撩だって受け入れるつもりだったのだ。だが、香はそうしなかった。
「撩ちゃん!」
「なに、瑞穂ちゃん」
「もうっ…。あら?」
 床に落ちた紙を瑞穂が拾い上げる。
「あ~、これ、今話題の映画じゃない。しかも今日のレイトショー!」
 それは、いつの間にか撩のポケットからはらりと落ちたチケットだった。
「撩ちゃん、これどうしたの? すっごい人気なのよ」
「いやぁ、ちょっと人からの貰いものでね。誰か誘おうかなぁって」
「じゃあ、あたしが行きたい。撩ちゃんと行く!」
 多くを稼ぐ主役の言葉に、他の人間は物申すことができない。結局、映画は撩と瑞穂で行くことになりそうだ。
「瑞穂ちゃん、主役がパーティーを抜けてもいいのかなぁ」
 暗に空気を読んでもらおうと伝えるも、盛り上がっている瑞穂には伝わるはずもない。
「そんなに長い映画じゃないから。ちょっと抜けるだけだしね」
 ねっ、と周囲を見回す彼女に、回りは同意の頷きを返した。撩に対してウインクをする瑞穂を、撩は複雑な思いで見つめていた。


「面白かったぁ」
 瑞穂はそう言いながら、撩に腕を絡めてくる。瑞穂の歩幅に合わせながら、撩は店へと向かっていた。
「あんなに文句ばっか言ってたのになぁ、瑞穂ちゃん」
「あら、そう思ったんだもの」
 悪気なく言う瑞穂に、撩は苦笑いする。自分ならこうするのに、と言い続ける瑞穂に対し、撩は途中からげんなりしていた。撩は空気を読んで距離感を保つ人間を好ましく思っていて、店での彼女ももちろんそうではあったけれど、こうやって個人的に付き合うと違っている。別にそれが悪いわけではないが、もし香と来ていたのなら、彼女が純粋に映画を楽しむ姿を見られただろうし、それを自分は微笑ましく見ていたのだろう。こんな後味の悪い気分にはならなかったはずだ。
「じゃ、店まで送るよ」
「まだいてくれるんでしょ?」
 撩と二人でいることにも盛り上がっている瑞穂は、甘えるように撩を見上げた。「終わりだな」と判断した撩はもう、彼女を目当てに店を訪れることもないだろう。そのために、今日は穏便に別れなければならない。
「これから用事があってね。外せないから、店まで送ったら、もう行くよ」
「なんで? そんなのいいじゃない。用事なんて動かせるじゃない。だって今夜は」
「瑞穂ちゃん」
 穏やかながらもどこか窘める声色に、瑞穂はハッとした。冷や水を掛けられたようで、頭が一気に冴えていく。目の前の撩を見れば、その目には熱が見当たらない。店であんなにも自分を好ましく見ていた、あの熱がどこにもないのだ。
 あの界隈で働いていれば、撩の話は絶対耳にするし、客として来たならば離したくないと思ってしまう。あの撩に可愛がられている自分にうっとりする、瑞穂の状況を言えばこんな感じだ。
 撩の話には続きがある。気に入られれば優しいが、そこには絶対に境界線が存在するということだ。どんなに優しくされても、勘違いしてはいけない。自分が特別なのではなく、彼のお気に入りは今までもこれからも、この街のどこかには存在する。境界線を越えて撩に入り込もうとすれば、撩はもう振り向いてはくれない。
 自分がそれをやってしまったのだと、瑞穂はここで初めて気がついた。トップになったこと、撩のお気に入りになったこと。このことに舞い上がりすぎて、空気を読むということを忘れていたのだった。
 瑞穂の中に、どうしても未練が残る。このまま離れてしまえば、あの店のトップである自分しかなくなる。撩のお気に入りではなくなるのが嫌な瑞穂は、またしてもミスをすることになる。
「朝までやってるから、また来てよ。どうせ、用事の後に帰っても、香さんがいるだけでしょ。それより絶対に楽しいから、ね」
「ほら瑞穂ちゃん、着いたよ」
 撩はもう瑞穂を見ておらず、入口の黒服に声を掛ける。その微妙な様子を感じた黒服は、ママを連れて出てきた。
「ほら、瑞穂ちゃん。皆さんお待ちかねよ、早く戻って」
「撩ちゃんも、ほら」
「ママ、彼女酔ってるみたいだから頼む。あと、ボトルはみんなで飲んでくれ」
 様子を察したママは、まだ縋ろうとする瑞穂に耳打ちして、撩から引き離した。黒服に彼女を任せ、二人きりになった撩に頭を下げる。
「ごめんなさい、悪い子じゃないんだけど」
「あの天真爛漫さがいいんだろうけどね。この先はちょっと厳しいかな」
「そうね、ちょっとした配慮や空気の読みが足りない子だから」
「ま、そこは自分でどうにかするしかないな。甘い世界じゃねぇから、ここは」
 苦笑いする撩に、ママはやっとホッとする。どこか冷たい空気を漂わせる撩は、やはり裏世界のナンバーワンの存在感があった。この場所に君臨する撩を敵に回したくはないし、手放されたくもない。
「ごめんなさいね、教育しておくわ。…もう帰るんでしょ、香ちゃんによろしく伝えてね」
「あぁ、伝えとく。…あ、ところでママさ」
 続いた言葉にママは唖然としたが、すぐ笑って、
「そうね…」
と答えていく。聞いている撩の姿は、それまでと打って変わって真剣だった。


 明け方の帰宅を知ってか知らずか、香は撩を起こしにこない。自分との距離が離れていくようで、撩はそれがたまらなく嫌だった。意を決して撩が階下に行くと、
「あら、起きたの?」
と変わらぬ声を掛けてきた。何も変わらないようで、どこかが違う。砂粒ほどの違いを探そうとしたところで、いくら撩でもすぐにわかるはずもない。
「あぁ。メシある?」
「もう置いてあるわよ」
「わかった」
 その後、香はチケットの行方を聞いてこない。何も言えないまま、数日が過ぎていった。





 十三日の夜、撩は飲みに出掛けていた。ホワイトデーに向け、いろいろと出向くところはあるのだろう。自分には関係ないし、撩にあげたチョコレートのお返しを期待もしていない。期待するから落ち込むのだと、香ははなから諦めることにした。
 十四日の夜、撩はやはり出掛けていた。一人きりのリビングで何をする気力もないまま、ボーッとしながら香は座っているだけだ。


 チケットの件は、体調が悪くなってしまって使えなかった、と美樹には謝っておいた。嘘のつけない香から何かを感じとった美樹ではあったが、元気の無い様子に追及することは止めた。その代わり、「サービスよ」と香りのよい紅茶を差し出した。
 撩にも聞くことができないまま、今日まで来ている。というより、本当は聞かなくてもいいことなのだ。撩が誰と映画を観ようが、香には関係ないし、香が選ばれなかったという事実が残るだけだ。あの日の涙だって、朝には止まっていた。だから辛いことも、いつかは終わりが来ているはずなのだ。そう思いながら、もう寝ようと香が立ち上がると、玄関が開く音がした。
「おっ、香いたのか」
「いちゃ悪いの?」
「そうじゃねぇよ。…もう寝るつもりだったか?」
「うん、今日はすることないから」
「だったら、ちょっと付き合えよ。ほれ」
 撩はレンタル屋のケースを差し出した。中には数枚のディスクが入っている。
「これは?」
「映画。たまにゃいいだろ、夜更かししても」
「いや、それは…」
 言いよどむ香に構わず、撩は廊下からさらなる荷物を持ってきた。持ち運ばれる機材など、荷物の多さに香は唖然とする。
「なにこれ」
「ホームシアターのセット。ちょっくら借りてきたからさ、これで観ようぜ」
「いや、あたしは別に…」
 状況が理解できない香は、撩の提案にも素直に乗れない。例え撩に誘われたとしても、その次に何が待っているかわからないから、頷けないのだ。
 撩もそれはわかっているものの、このままにしておくのは耐えられそうにない。本当は、彼女の悲しい顔など見たくはないのだ。それなのに自分ときたら、誘えるのは笑顔以外だ。
「ちょっとした映画館みたいだろ。ほれ、まず観るやつを選んでおけよ」
 そう言って撩がリビングを立ち去っても、香にとっては訳が分からないままだ。考えようとしてもどこかで情報がこんがらがって、スムーズにはつながってくれない。
 このままではどうにもならないから、とにかく香は映画を選ぶことにした。撩が借りてきたタイトルは五つ、上映当時話題になったもの、今になって口コミで広がってきたもの、さまざまだ。
「おねーちゃんたちとの会話に必要なのかしらね、こういう知識って」
 香の心中は複雑なままだ。撩と恋愛映画を観る気にはなれないし、コメディも笑えそうにない。ここは超大作と呼ばれたものにしておくのが無難だろうと選んだ。


「香ぃ、選んだか?」
 戻ってきた撩は、大きいサイズのジュースとポップコーンを手にしている。映画館に入ればきっと、そういうものを香も買いたいと思うのだろう。
「……あ、映画館?」
 映画館というキーワードをもとにすれば、今のこの状況が少しずつまとまってくる。確かにさっき、撩は映画館と言っていたし、香が撩に渡したのは映画館のチケットだ。一緒に行きたかったのに行けなかった場所。
「まぁなんだ、家でこうやって観るのもいいだろ」
 きっと、あのチケットから撩なりに何かを感じたのだ、香はそう思った。撩の意図まではわからないけれど、いつものように香を揶揄することはないらしい。
「ホワイトデーだからな、こんな時間もいいと思ってさ」
「そっか、ホワイトデーだったね」
 泣きそうだった顔は、いつの間にか笑顔に変わる。チケットの行方がわからなくても、今この贈り物だけで本当に嬉しい。
 だから。
「ねぇ、最初はこの映画を観てもいい?」
 香は撩に、一枚のディスクを差し出した。
「これだな。じゃ、入れるぞ。ほれ香、観やすいとこに座れ」
「う、うんっ」


 映像が始まり、部屋が暗くなる。
 定員二人の映画館、最初の作品は恋愛映画だった。

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うーたん

Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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