Ambivalent and Vague

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Take the air!

桜を辿ればそこに

 
 ───だから私はこの日、旅に出た。





 3月31日のアパートには、香一人。同居人は女刑事の仕事で遠くに行ってしまい、いつ帰ってくるかどうかもわからない。
 いつ帰ってきてもいいように、アパートに日常という時間を用意しておく。そんな選択肢もあった。しかし今日の香は、それではなぜか虚しい。せっかくの誕生日に撩がいないからか、約束を守られなかった悲しみか、それはどうだかわからない。けれど、ここにいても沈むだけだというのはわかっていた。
 だから。
「よしっ、ちょっと旅に出よっと!」





 この季節になると、雑誌では桜を巡る特集が多く組まれている。桜はまだ蕾が多く、綻び始めすら少ないが、木に咲く一輪を見つけるのもまた素敵なことだ。夕方にはアパートに戻るから、香に許された自由時間は約六時間。


 新宿から小田急線で数駅、代々木八幡駅で下車する。そこは代々木公園への最寄り駅で、公園への道には有名なパン屋があった。
「今日の朝食は、ここっ!」
 ちょうど空いた時間に入ることが出来た香はカウンターに座り、大いに悩んでメニューを決めた。ちょっとしてから出てきた料理は、サラダやメインが乗ったプレートにスープボウル、そして数種類のパンと珈琲だ。家でも作れる目玉焼きとソーセージのはずなのに、黄身は光を受けて輝き、白身は蕩けるのを我慢するようにぷるぷるしている。ソーセージをかじれば、中に閉じ込められていた肉汁が飛び散り、はふはふと口を動かした。
「キャッツの朝食もいいけど、ここも美味しいなぁ」
 酸味のきいたドレッシングがかかったサラダ、その次に手が伸びるのはパン。三種類の小さなトーストが皿に乗り、どれもこんがりとして、香に食べられるのを待っている。サクッと軽い歯ごたえを楽しむもの、中のもちもち感を楽しむもの、しっとりとした生地を味わうもの、三者三様で甲乙つけがたい。
「美味しいわぁ」
 人間、本当に美味しいと言葉なんて役に立たず、ただただシンプルに同じ単語を告げるだけなのかもしれない。この時の香はまさにそうで、食後の珈琲を味わいながら、ゆっくりと優雅な時間を堪能していた。


 店を出て少し歩くと、最初の目的地である代々木公園だ。なだらかな坂道を上って広場に出ると、まだ桜の気配は薄い。
「まぁ、そうだよねぇ。最近やっと、暖かくなってきたんだし」
 まだ桜は咲き誇っていなくても、芝生が広がる空間で過ごせること自体が楽しかった。持ってきたレジャーシートを敷き、地面にゴロンと寝っ転がってみる。真っ正面に見える空はどこまでも広くて、その青は深い。
「同じ空の下にいるんだろうけどね、あいつも」
 撩が今何をしているのか、それは定かではない。プロとしての誇りを持っているから、必要とあらば、香の誕生日よりも優先されるべきことはあるのだろう。もちろん、それを香も理解しているつもりだ。ただ、気持ちが追いつくかどうかは別問題で、だからアパートを逃げ出してきたというのに。
「ま、仕方ないよねぇ」
 スッと流れる風はまだ少し冷たく、香の気持ちを引き締めるのには十分だった。


 そこからバラ園を通っていけば、原宿に出ることが出来る。平日なのに原宿は混んでいて、新宿とは違う混みように香は戸惑っていた。
「あれっ、平日だから、もうちょっと空いてると思ったのにな」
 そう言った後で、あることに気がついた。世間は春休み、多くの学生が原宿に来て、いろいろと見ているのかもしれない。それくらい、原宿は若者を引き寄せる街だ。
 人混みをかき分けて大きな交差点を越えると、年末にはイルミネーションで煌めくエリアに入る。さまざまな店舗を覗き込むも、ちょっと香のアンテナには引っかかってこない。パンケーキは予想通り長蛇の列で、もちろん香は並ばずに先を急いだ。途中の店でポップコーンを買い、さらに奥へ進めばそこは表参道。
「えっと、ここからどう行くんだっけ」
 リュックから雑誌を取り出して、本日のコースを確認する。今日は長時間歩くと決めていたから、足元は桜色のコンバース、その上にはロールアップしたジーンズが続き、トップスはざっくりとした白い薄手のニットだ。大まかな編みのため、下にはTシャツを着ており、上にはカーキ色のパーカーを羽織っている。リュックは黒で、小ぶりながらも容量は十分だ。背面のポケットには、ハンマーのブローチが光っている。
 雑誌をしまうと、今度は路地をくねくねと入って、ついに目当ての店舗を見つけた。
「ちょっと並ぶかなぁ」
 先客はいるが数人で、待ち時間が苦になることはなさそうだ。だったら、今しか食べられないものがあるのだから、待つこと一択である。
 入店して席に通された香は、確認していたショーケースからケーキを選んだ。出てきたのは、白いいちごのタルト。そう、ここはタルトのお店である。
 種が赤く色付くと食べ頃になる白いいちごは、今まで香が見たことのない食べ物であった。テレビで特集されていたときから、これは絶対に食べてみたいと思ったのだ。なぜなら、この時期になると思い出すことがあるから。
「初恋の香り、ね」
 みずみずしさはありながらも味は濃厚で、下に敷いてあるババロアがやさしい甘みで包み込んでくれている。
「うん、食べて良かった」
 今度はお供は紅茶、口の中をリフレッシュさせるには丁度いい。
 これまた優雅な時間を過ごした香が店を出る頃には、ニコニコ笑顔が止められなかった。いや、食べているときから顔は緩んでいたけれども。


 そこから歩けば、また坂道だ。某番組でも取り上げられていたように、都内は本当に坂道が多い。車に気をつけながら歩いていくと、今度は霊園に辿り着く。
 桜の名所としてこれまた有名な青山霊園は、規則正しく並ぶ墓石に春の柔らかな光が当たっているためか、石のモニュメントが並んでいるかのように見える。怪談が嫌いな香は、ここをコースから外そうと考えたが、やっぱりちゃんと巡ってみたいと省略するのを止めていた。
「でもやっぱ、ここもまだかなぁ」
 いくつかの緩んだ蕾を見られたことを嬉しく思いながらも、香はやっぱりそこには居続けたくなくて、先を急いだ。もちろん、足早になったのは言うまでもない。


 乃木神社と東京ミッドタウンを越えて行くと赤坂、そこからもうひと越えで国会議事堂が見える。かつて社会科で見学した場所に改めて来てみると、どこか違って見える気がする。気がするだけで言葉にはなりそうにもないから、無理に言葉にすることを香は止めた。
 国会図書館を通り過ぎ、最高裁判所の横には国立劇場がある。
「うわぁ、ここっ!」
 国立劇場も桜の名所であり、さまざまな品種の桜を一度に楽しめる場所となっている。やはりまだ満開ではないものの、品種によってはちらほらと花が見える枝もあり、突然現れたかのような桜色に目を奪われる。本当に桜は美しい。ここはまた来たいなと思いつつ、さらに進むと千鳥ヶ淵。お堀に届かんとばかりに伸びる枝も多く、これが満開になったらどれだけ美しいことだろうと香は思いを馳せる。そんな時期には人も多いだろうから、想像するに留めようと思うのは、彼女の感受性の豊かさかもしれないし、強がりなのかもしれない。
 歩道出口の向かい側にある靖国神社には標本木があり、そのソメイヨシノにはさすがにぽつぽつと花が散りばめられていた。ソメイヨシノの穏やかな桜色もまた美しく、香はいつまで眺めていても飽きない。


 とはいえ、そういうわけにもいかないので、そのまま道沿いを歩く。古書で有名な神保町に辿り着き、これまた有名な喫茶店に入った。幸運なことにお昼を過ぎていたため、狭間の時間で待つことなく入店できていた。
 ここはナポリタンで有名ではあるが、メニューにあるピザトーストも捨てがたい。喫茶店のピザトーストはなぜ美味しいのか、それを解き明かして家でも作るべく、そちらを注文した。
 四枚切りほどのパンに、ハムやらピーマンやらトマトソースやらの具材がこれでもかと乗り、あつあつのチーズがとろけてパンの耳に垂れている。そこにパクッと食いつくと、チーズはどんどん伸びてやがて切れた。香は楽しくなって、何回もやっているうちにごちそうさまだ。
「うん、これも美味しかった」
 本格的に淹れるコーヒーも味わい深く、これまた満足して店を後にした。


 淡路町交差点から神田川に近付き、昌平橋交差点に出る。そのまま真っ直ぐ行けば最終目的地であるが、ちょっと寄り道すれば神田明神だ。五月ともなれば二年に一回、数多の御輿が集まる神田祭で賑わうこの場所も、今はどこかひっそりとしている。横に作られた空中庭園なるところには花が少しずつ咲き始め、もう少しすれば明神の桜も庭園の花も見頃になるだろう。ここに立ってボーッとする、それもまた贅沢な時間の使い方なのかもしれないと香は思った。


 道を戻って妻恋坂に辿りつき、湯島駅を通ってそのまま進むと、目の前に見えるのは。
「うわぁ、これが不忍池ね!」
 香の最終目的地は上野公園。そう、まだ早かったが、桜の名所を辿る旅をしていたのだった。
 公園をどんどん歩き、噴水横のスペースに腰を下ろす。リュックから出したのは、公園へ入る前に寄り道して購入したどら焼きだ。注文してからあんを挟んでくれるので、ふわっふわの生地が楽しめる。
 大きく頬張ってもぐもぐと食べる香は本当に幸せそうで、実際も香は楽しい時間を過ごすことができた。もう夕方、今日も撩とはきっと会えないと思いながらも、待っているだけの受け身はイヤだ。
「そそそ、人生楽しく行かないとねっ」
「なにがだ?」
「へっ!?」
 声がする方を見ればそこには、どこか不機嫌そうな男が一人。どこからどう見ても冴羽撩、その人である。
「なんでいるの?」
「なんでって、香ちゃんを追ってきたに決まっとろーが」
「なんで?」
「なんでなんでって…。あのな、今日の約束ぐらい守りたいんだっつーの」
「はぁ…」
 香は今日の一人旅が楽しくて、しかも撩は帰ってこないと決めつけていたから、実は熱い告白をされているというのに気付いていない。その鈍感さが槇村香たるゆえんでもあるが、背景にカラスでもトンボでもいくらでも飛んでくれと、撩は肩を落としたくなった。
 そんな姿を見てやっと、香は撩が誕生日の約束を守ろうとしてくれたことに気付いた。それはつまり、冴子からの依頼を片付けたということで、この男が途中で投げ出すはずはない。
「依頼、終わったの?」
「あぁ、撩ちゃん、ちょっと頑張っちゃった」
「もうっ」
 急に姿を現した約束に戸惑いながらも、香は撩の気持ちが本当に嬉しくて、それだけで十分だと思っている。何か形に残るプレゼントが欲しいわけではない。なかなか本心を見せない撩が、ちょっとでも自分のために心を砕き、そして気持ちを動かしてくれたこと。それだけで十分なのだから。
「急いで帰ってみればいねぇし、発信器の指すところは動き回るし、一体どうしたんだと思ったが」
「一応ね、リュックにハンマーのブローチはつけていたから、もしかしたらとは思っていたけど」
 やはり香も心のどこかで、今日だけは一瞬でもいいから会いたいと思っていたのだ。そして、兄の墓前には二人で立ちたい。そんな願いを言わなくても叶えてくれるパートナーは、今日だけは優しい瞬間が多くなる。


 ほら、今も。


「槇村んとこ行ったか? まだなら急いで行こうぜ、間に合うだろ」
「うん、そうだね」
 きっと近くに赤いクーパーが止まっているのだろう。
 一人旅という香の冒険は終わってしまったが、ここからは撩との二人旅だ。それもまた嬉しいものだと思いながら、先を行く撩の腕に自分のそれを絡めた。頭上から聞こえる「今年も迎えられたな」という言葉に、
「うん…」
という返事で香は精一杯だった。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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