Ambivalent and Vague

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02/内緒のキス

分かち合う記憶

 
「ほれ、出掛けるぞ。支度しろ」
 あくびと共に起きてきた男の第一声がそれでは、香も「なにそれ?」と思うしかない。
 昨夜、撩はどこにも遊びには行かなかった。なぜそれがわかるかと言えば、二人は既に同じ部屋で寝ているからだ。別に毎日セックスをしているわけではないし、するとしてもスタイルは様々。なんだかんだで撩のペースに巻き込まれつつ、香も日々を楽しんでいる(はずだ)。
 とはいえ、撩の性欲にも波があるらしい。ここ数日はどうも穏やか期に入ったらしく、激しく奥を突かれるほど求められてはいない。だが、熱い手で肌を撫で回され、じわじわとした疼きを奥に燻り出れたまま持ち上げられて達する、そして迎える気怠い瞬間は日課に近い。そこから始まる官能的な束縛時間がどのぐらいなのか、ここが撩の期間によって違うだけなのだ。
 で、昨夜といえば、やっぱり穏やか期であり、香だけが頂点に達して終わった。
「ボクちゃん、これだけで満たされるの」
 とは、裸の香を抱きしめた撩の台詞である。こんな歯の浮くような台詞を言うようになったとは、一体どうしたのだ。冴羽撩、どこか頭のネジがぶっ飛んだのだろうか。そう思いたくなるほど、日中の彼は態度が今まで通りであった。しかし、二人きりのときだけはちゃんと見てくれるようになったのだろう、と香は判断することにしたのだった。
 そんな風に、香としても変化の連続だった。慣れては、次の変化が波のように押し寄せてくる。撩が計算してやっているようで、そこだけは香にとって不本意だった。自分が恋愛に疎いのはわかっていても、全部が男の手の内というのは好かないものだ。
 という日々から来た今である。今から何が起こるのか、さっぱりわからない。


 言われた通り、一週間ほど外泊するための用意をした。もしかしたら、香の知らぬ間に依頼が来ていて、そのために出掛けるのかもしれないと気を引き締めた瞬間はあったものの、その顔色をすぐに察した撩が、
「完全プライベート、だから好きな服を持ってけ」
と言い放つ。まったくもってわからない。香の頭には、数え切れないハテナマークが踊り狂っている。伝言板の確認を心配すれば、
「情報屋に頼んでるから、心配ない」
とのことで、香には行くという選択肢しか残っていない。
 ───いっつもそう。あたしの気持ちなんて聞かないで、全部決めちゃう。
 ハコフグのようにプウッと頬を膨らませると、それを見ていた撩が笑っている。
「なによぉ」
「いや、ご不満なら、俺一人で行ってくるけど。それでいい?」
「だめだめだめっ! あたしも行くのっ!!!」
 香の脳裏に浮かんだのは、美味しい食べ物と温泉の数々だった、と撩には言えない。





 クーパーは軽快な走りを見せ、もう東京を離れている。いつもは依頼といっても都内のみで終わることが多く、こんな風に遠出をすることは少ない。なぜか車に積まれていた観光ガイドを見ているのは香だけで、気になる記事を言えば、「あぁ、そこな」と撩が答える。先にガイドを読んだから、という反応ではなさそうに見えた。
 撩はきっと色んな場所を知っていているのだろう。
 ふと、香は寂しくなる。


 サービスエリアで名物を食しながら到着した先は、一軒の大きな別荘だった。海に面したそこは平屋建てで、贅沢な造りをしていることぐらい香にもわかる。
 撩が懐から鍵を取り出して開けると、さっさと中に入っていった。
「ねぇ、なんであんたが鍵を持っているの?」
「へ? だって、ここを借りてるんだもん。当然だろ?」
「ていうか、話が読めないんですけど…」
「あぁ、言ってなかったな」
 撩が告げたのは、半年ほど前の依頼人だ。とある企業の会長で、社内の不穏な動きを事前におさめてほしいというのが依頼だった。二人は無事に解決し、報酬もきちんと支払ってもらっている。
「それで、なんでまた」
「あぁ、それがな」
 あのとき、撩にだけ告げられていた事実があったというのだ。不穏な動きが別の動きを呼び、とある組織を壊滅状態にまで追い詰めないといけなくなってしまった。撩の実力からすれば簡単なことだったので告げると、会長は「冴羽さんの判断に任せます」と撩に全てを委ねた。把握したその夜に相手方へ乗り込んだ案件であり、香には告げることなく終わって今に至る。
 今回の別荘は、その別案件に対する報酬だったのだ。
「なにそれ〜。言ってくれればよかったのに」
「だってよぉ、もう終わったことだろ。実はって切り出したら、おまえ怒るじゃん」
「今言ったって、怒るわ!」
「だからって、ハンマーは止めろ。ここで告白した俺の勇気を評価してくれ」
 あまりにも真面目くさった顔で言うから、香はついつい噴き出してしまった。香だって、わかってはいるのだ。撩が単に香を置いてきぼりにしたのではなく、様々なことを鑑みて判断しているのだと思っている。確かに、以前ならば言うこともなかっただろうし、今回は遅れた告白でも許してあげようか、という気持ちにもなってきた。
「もう…。そういうの、ヤダけど…。でも、ちゃんと帰ってきてよ、ちゃんと」
「わかってるよ」
 香必殺、無意識の上目遣いが発動すると、その甘い誘惑に身を任せて香をめちゃくちゃにしたくなる。撩はそんな衝動を押さえ、この時は香を優しく抱きしめるに留めた。





 撩の説明はこうだ。
 新宿のうるさい環境こそが自分に相応しいとは思っているが、たまにはこうしてゆっくりしてみたい。今までゆっくりするというのは、戦場で身を潜めていたり、依頼のために潜伏していたり、ということが多かった。ただ身体を休めるためにゆっくりとする、そんなことはほとんどなかったし、やろうとも思わなかった。ただ、香にも休息はやりたいし、だったら作るべきなんだろう。
 撩なりに考えてくれていたのだと、香は嬉しくなる。そして、撩にばかり考えさせてしまっているのだと、申し訳なくもなってくる。
 香はいつもそうだ。嬉しいと思っても、どこかで罪悪感が邪魔をする。感じてしまえば、見なかったことにはできないから、嬉しさに思い切り浸ることができない。
 撩が香の頭でポンポンと手を弾ませる。少し潤ませた目で見れば、撩は香を見下ろして微笑んでいた。全部お見通しなんだろうな、と香は悔しい。けれど、やっぱり嬉しかった。


 食事は会長お抱えの職人がやって来て作るし、ベテランの世話人が定期的に掃除もするとのことで、香は本当に何もすることがない。そうした配慮も込みでの報酬なのだろうな、と食事時に実感する。目の前には懐石料理が並び、日常ではお目にかかれないものばかりだ。食べ方に迷っていると、撩がすかさず教えてくれる。こんなことも知っているのかと驚いていると、
「和食の食い方は、槇ちゃんにみーっちり教えられたし、直された。ホント、うるさいパートナーだったよ」
とげんなりした顔をした。
「そうなんだ。でもわかるなぁ、結構アニキって、そういうところがスパルタだったもん」
「そうなのか?」
 苦笑いしていた撩に香が返すと、撩が珍しく興味を示した。「あのね」と過去のエピソードを披露すれば、「槇ちゃんらしーわ」とプッと噴き出している。
 きっと、新宿にいれば日常に流されて、過去を振り返るなんて出来ない。二人とも避けているわけではないけれど、日々のことで精一杯だ。例えば槇村のことを忘れてはいなくても、確実に振り返るのは命日だけなのだろう。
 だからこそ、香は嬉しくなる。兄を知っている人と、兄の記憶を共有できることの幸せを噛みしめる。誰よりも想いを寄せている人とそれが出来るのだから、香の胸は温かくなり、そして雫が目から零れ落ちた。





「ちょっと離れたところに、露天があるらしいぜ。行ってみるか」
「へっ!?」
 建物の中に内湯もあるし、部屋に露天風呂も付いている。その他、敷地内に別の温泉もあるらしい。さすが温泉地の別荘、規模が違う。建物の中はいつでも入れるのだから、今のうちに行ってみよう、という撩の提案に香は頷いた。
 だが。
「混浴だとは、聞いてなぁい!!!」
 撩は敢えて説明を避けた。当然、香が拒否反応を起こすと思ったからだ。香は、男女別であると疑わなかった。改めて考えれば、ここは個人宅なのだから、必ず男女別にする必要はない。数ある温泉の中から選べばいいだけだ。
「じゃ、じゃああたし、お部屋のお風呂に入ろっかな」
「それなら、俺もそっちにする」
「ちょちょちょっ、待てぃ、きさま!」
 アパートでも一緒に入浴したことはある。浴槽内、後ろから抱え込まれたときの安心感は、香にとってたまらない。身体を重ねたなら、なおさらだ。
 とは言っても。
「やっぱり、恥ずかしいんだもおおおん」
「ほれほれ香ぃ、いつものことだろ? 今さらなんだから、はいはい、脱いだ脱いだ」
 香が恥ずかしさで固まったのをいいことに、撩は担いでそのまま露天風呂へ持って行ってしまった。温泉を目の前にしてさらに固まる香の服を、撩が手際よく脱がせていく。
 夜風が音を立てて流れると、その寒さに香が再起動した。
 自分はもう裸、ここで逃げると後が怖い。何をされるかわからない。それがわかるぐらいに、香は撩に教え込まれている。今までの数々が走馬燈のように浮かび、香は覚悟するしかなかった。
「わかったわよ、入ればいいんでしょっ」
「おい…。ま、ゆっくり入ろうぜ。時間はたっぷりあるんだから」
 獠がそう言いながら舌なめずりしたのは、気のせいではないだろう。とにかく、この状態では寒いし風邪を引く。撩に温泉へ入れられるのも時間の問題だ。それなら自分から入ってやるんだから!と息巻いて温泉へ向かうと、その姿を見た撩が「ふうっ」と息を吐いた。
 ───あんな姿でも艶めかしいんだから、俺も泥沼だな。
 そんな撩の想いを、今の香が知る由もなかった。





 確かに温泉では後ろから抱え込まれたが、今夜はそれ以上のことをしてこなかった。先ほどの舌なめずりは一体何だったのかと訝しがっていると、
「俺だって、いっつもセックスするわけじゃないんだよ」
と少しムスッとしながら撩が話す。
「言ってるだろ、抱きしめるだけでも満たされるんだって」
「じゃあ、それだけでいいじゃない」
 香がそう返すと、目を瞠った撩は、途端に嫌そうな顔になった。
「今日は、だ! …別にいいんだぜ、今からヤッても」
 撩が手を動かすと、湯はちゃぷんと揺れ動く。
 発言の後半は意地悪な彼に逆戻りし、ここで返事を間違えれば確実にヤられると香は確信した。久し振りの遠出、撩との旅行による興奮で疲れているため、寝ないまでもゆっくりと過ごしたい。それが香の本音だったから、正直にそれを言うことにした。
「今夜はゆっくりしたい。ちょっと疲れちゃった」
 香の返事を聞いた撩は、
「わかったよ、今夜はな」
と優しく頷いた。


 二人が部屋に戻ると、撩が冷蔵庫を開けた。
「おーい、香。酒が入ってるから、今から飲もうぜ」
 香に意見をうかがっているように見えながら、実は既に準備を始めて飲む気満々の男である。イヤだと言っても聞き入れてはもらえないんだろうなと思うし、香ももう少し撩と今夜を楽しみたい。
「撩、おつまみはこれでいいかな」
 香の手には、コンビニで購入できる乾物が数袋。
「おまえ、用意いいな」
「えへへ、車の中でどうかなと思って、買っておいたんだ」
 ニコニコして答えていた香は、これまたどこからか見つけてきた皿に手際よく乾物を盛りつけた。
「せっかくだから、少しは雰囲気をね」
「んだな。この冷酒もうまそうだし、早速飲むか」
 冷酒セットに酒を注ぎ入れ、そこからそれぞれのグラスに注いでいく。それだけでフワッと日本酒の香りが部屋を漂い、大きく吸い込んだ香は気分が良くなってきた。
「じゃ、乾杯」
「かんぱーい!」
 カチンと音を立てると、二人は思い思いに日本酒を楽しんだ。撩は一気に飲み干し、さっそく二杯目を注いでいる。香は少しずつちびちびと飲んでいた。
 アルコールがそこまで強くない香は、その一杯だけでもふわふわとしてきて、気分が良くなってくる。だからだろう、今だから、それを口に出そうと思ったのだ。
「ねぇ、撩」
「ん?」
「さっき、撩が和食の食べ方をアニキに教わったって言ってたじゃない」
「あぁ、その話か」
 突然、香が何を話し出したのかと思いきや、槇村の話だ。香の頭にある話のつながりは読めないが、香にとって兄の記憶が何ものにも代え難い、とも知っている。だから余計なことは言わず、先を促すことにした。
「撩から見て、アニキってどんな人だった? どんなパートナー?」
「槇村ねぇ…」
 短期にしろ長期にしろ、今まで組んだことのある人間を撩は忘れていない。その中には裏切られたこともあるし、自分が裏切ったこともある。ケニーのように自分の手で命を止めた人間も少なくない。それがこの世界なのであって、やったこと自体を後悔していない。ただ、その後の顛末に後味の悪さを感じることもある。そう、ソニアのように。
 槇村とは分業制で、実際に動くのは撩が主だった。銃もいい腕を持っているのに、「もう錆び付いているから」と言って解決の表舞台には立とうとしなかったのだ。それでもうまく回っていたから、分業制でいいのだと思っていた。
 だが、もっと印象深いのは。
「槇ちゃんはさ〜、ほんっと、シスコンだったよなぁ」
「そこ?」
 香がキョトンとして聞き返すと、撩は腕を組んでうんうんと頷いた。
「そこだよ、そこ。おまえがいなくなったとき、あいつ何したと思う?」
「わかんない…」
「ずっと泣いてさ、依頼抱えてる俺におまえを探せって。何を言っても、俺がうんって言うまでは、聞き入れなかったんだもんなぁ」
「そ、そうなの…」
 その様子がありありと思い起こせるから、香は苦笑いするしかない。一気に冷酒をあおった撩に、香はとくとくと次を注いだ。
「ホント、あの冷静沈着な槇村がさ、おまえのときは泣きわめくわ、どよーんと落ち込むわ。一緒にいた俺は大変だったぜ」
「あは、あはははは」
 あの兄がそこまでとは、香の苦笑いは終わらない。
 だが、それだけではないことも知っているし、撩だってもちろんわかっている。抱きしめてくれた温かな腕も、当時はうるさいと思っていた小言も、全ては香を思うからこその行動だ。
 そして、まだ槇村が警察にいたころ、香は捜査中の兄を何回か見たことがあった。家での様子とはまた違って、毅然とした態度で他の警官に指示を出していた姿が印象に残っている。
 どれも、槇村秀幸という大切な兄の姿。
「そんな槇ちゃんだったけど、パートナーとしては申し分なかったよ」
 撩の言葉にハッとした香は、じっと撩を見つめた。
「アメリカとは違う日本で、どうやってスイーパーとしてやっていけばいいのか。槇ちゃんとだから、それを模索できたんだろうな」
「撩…」
「槇村には感謝してるよ。一緒にいたころ培ったものは、今でも生きているし、それに…」
「それに?」
 香は先を促したが、撩は首を振って続きを言わなかった。


 二人の会話が途絶えると、辺りの静けさが一気に感じられる。目の前に広がる海の音も聞こえ、深まる夜に眠気も誘われる。香がふわぁと欠伸をすると、撩が立ち上がった。置いてあった銃を手にしてから、香に近付く。
「ほれ、立ちな」
「はぁい…」
 香が差し出された手を掴むと、撩がぐっと引き上げて立たせた。手をつないだままゆっくりと歩いた先は寝室。二つの寝具が仲良く寄り添い、その一つが大きい。
「香、ここに寝ろ」
「うん…」
 撩が片方の布団をめくると、そこへススッと香が横たわる。そして、撩も同じように入り込み、まずは枕元に銃を置いた。何も持っていない手で、今度は香を後ろから抱きしめる。
「今日は移動で疲れたろ。まだまだ時間はあるんだ。今日はゆっくり休もうぜ」
「う、ん…、おや、す…」
 既に香からは寝息が聞こえてくる。移動もそうだし、こんな慣れない場所で緊張したのもあるのだろう。撩はいつだって肌を重ねたいと思うものの、香に無理させることは本意ではない。だから今日は、内緒のキスで我慢だとばかりに、背後から何回もキスを落とし続けた。
 それに。
 ───槇村といたから、おまえと出会えた。なんてこと、小っ恥ずかしくて言えないだろうが。
 ふう、と長く息を吐いて、撩も目を瞑る。辺りには不穏な気配もない。あるのは、この甘い現実だ。
「話をしたからって出てくるなよ、槇ちゃん」
 そう呟いて、撩も眠りに落ちていった。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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