Ambivalent and Vague

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A LOVE NO ONE CAN CHANGE

偽りのない瞬間

 
「撩」
「ん?」
 か細い声で名を呼んだ香に、撩は優しく答える。
「あたし…、あたしっ!」
 その瞬間、香は背を向け、どこかへと走り出した。まるで自分から逃げるかのような様子に、撩は焦る。
「ちょっ、待てよ、香!」
 香はここがどこかはわかっていない。それでも逃げようとする香を、撩は全速力で追った。
「ねぇ、ファルコン」
「どうしたの? あの二人」
「さあ。俺は余計なことに首を突っ込まん主義なんでな」
 その場に居合わせた美樹と冴子は、突然のことでよくわかっていない。海坊主だけが、いつものことだろうと思っていた。





 香は何かから逃れるように走る。それは撩かもしれないし、あの男の言葉からかもしれない。こんなに逃げたことはないと思うほど、息が上がっている。ヒールの足は、もう無理だと悲鳴を上げているが、それでも香は走り続けた。
 しかし、逃げられない。頭にねじ込まれるのは、ダミ声で投げつけられた、あの言葉だ。


「おまえのような素人の女が、シティーハンターのパートナーか。はっ、落ちたものだな」
「何言ってるのよ」
 男の見下すような言い方に、香はカチンと来た。自分だけでなく撩まで見下されているようで、香としては腹立たしい。
「当たり前だろう。スイーパーなんてもんは、頭からつま先まで血塗られてるんだよ。呪われてるんだ」
「そんなことっ!」
「あんただって、冴羽のしてきたことを見てるんだろ? スイーパーってのはな、始末屋なんだよ。人殺し以外の何者でもねぇんだ」
「撩は違う!」
「おーおー、そんな風に理想化してなぁ。そのあんたの姿が、どれだけ冴羽を苦しめていると思ってるんだ?」
 即答する香を見て、男は鼻で笑った。かわいそうなものを見るかのような目を香に向けている。
 香は男の意外な言葉が、どうにも理解出来ない。自分の至らなさが苦しめているというのだろうか、それとも。
「私が、苦しめる?」
 疑問は、そのまま口から言葉となる。わかっていない香を見て、男は笑わずにはいられなかった。おめでたすぎて、笑わない理由がない。
「冴羽があんたを側に置いてるのは、身内を死に追いやった罪悪感だろうよ。そして、あんたは冴羽を無条件に信頼する。そんな女をあいつが放っておけると思うのか?」
「何を言って…」
「冴羽はな、甘ちゃんなんだよ。その優しさが命取り、この言葉があいつほど似合うスイーパーはいねぇのかもな」
「撩はその優しさがあるから。だから、単なる人殺しじゃないっ!」
 尚も自分の信じる道を貫こうとする香を見て、男の笑いが止まらない。
「ぎゃはははは! まだ言うのかよ。あんたを手放せないから、あんたのせいで命を落とすって言ってるんじゃねぇか。そう、これからな」
「なんですって?」
「これからあんたを盾にして、冴羽に容赦なく弾を撃ち込んでやるよ」
「そんなことはさせないわ」
 香はキッと表情を引き締める。ヘラヘラと笑う男と対峙している様は、どこか異様だ。
「おまえに何ができる。せいぜい、攫われて、足手まといになるぐらいだろうが。いや、冴羽を誘き寄せる餌か?」
 こんな夢見るだけの人間は、その夢が目の前で崩れて絶望する姿こそが美しい。だからこそ、香を攫ったのだ。そうすれば、二人の夢を壊すことが出来る。
「……」
「冴羽はおまえのせいで命を落とす。いや、おまえの為に命を落とす。これがおまえらの宿命だ」
 男は勝ち誇ったように、力強く言い切った。





 スイーパーのパートナーであることが、こんなに苦しかったことはない。足手まといで何も出来ない自分が、どうして裏世界ナンバーワンの男と仕事が出来るというのだろう。一緒にいたくて見て見ぬ振りをしてきた事実を、今回は真正面から突きつけられた。こうなれば、香の答えは一つしかない。


 走って辿り着いた先は公園で、そこからは海が見渡せる。かつての港を思わせるそこで、香はあの日のことを思い出していた。本当の自分ではない姿で、愛する男の側にいたひととき。その嬉しさと、偽ることの虚しさも。
 街の灯りが波に煌めいている。あの時は名乗らぬ令嬢だったが、今は着飾ってもいない。香は香のままだ。だが、心は同じように動揺している。呼吸と気持ちを落ち着けようと、煌めく海を見ながら、ただひたすら息を吐いた。息を吐けば、次は吸える。今は自分が呼吸の仕方を忘れてしまいそうだった。
 撩が追いついたのは、そんなときだった。


 立ち止まった香の背中は、何かを拒絶しているようだ。何か声を掛けようにも、撩にはいい言葉が思い浮かばない。何とかしたいと、撩は言葉をひねり出した。
「香、どうした」
 撩の声色が優しくて、香は振り返った。目にした撩は、どこまでも慈しむ瞳をしている。
「どうしたって…。どうなんだろう…」
 香は何かに追われるように走ってきた。逃げたいのは、現状からだ。男の言葉、撩のパートナーであること。そんなことを、撩に言えるわけがない。他に気の利いた台詞が出てくるわけでもない。ただ思い浮かんでいることを言うことで精一杯だ。
「香?」
 気遣うように尋ねてきた撩から顔を隠すように、香は再び撩へ背を向け、目の前の海をじっと見つめた。
「ううん。前にね、素敵な人と港で。そんなことがあったなぁ、って思い出してた」
「それだけなのか?」
「そうよ」
 全速力で走る理由が、そうであるはずがない。しかし、今の香は言わないのだろう。香の言葉はむしろ、撩にもあの日を思い出させていた。


 あの、憂いを帯びたシンデレラを。


 香の発言を茶化すつもりは毛頭ない。あの日を懺悔するのなら、撩こそが相応しい。自分が一言、「香」と言っていれば良かったのだ。そうすれば、二人して後悔することはなかった。楽しい時間の最後、香に嘘を重ねさせることはなかったし、撩も誤魔化さずにいられたのだ。
 時間は戻らない。過去は変えられない。しかし、それぞれの思い出を今、打ち明けることは出来る。
「俺もさ、そんなことがあったよ。思い出した」
 撩が何を話そうとするのか、香にはわかってしまった。撩の表情が気になって、香はつい振り向いてしまう。
「一晩限りの、そう、シンデレラだった。一緒に過ごしていて楽しそうだったし、俺も………楽しかった」
 あの日の想いを今聞くことになろうとは。香は撩の言葉に耳を傾けた。
「シンデレラには魔法がかかっていた。だからこそ、彼女は素直になれるはず、そう思った。だが、それは間違いだった」
 撩は香から視線を外し、黒い海を見つめる。
「どうして。どうして、そう思ったの?」
 香にとっては、本当に素朴な疑問だ。撩がどうしてそう思ったのか、時間が経った今であっても聞きたかった。
「彼女が魔法に苦しみだしたからさ。魔法は自分を解き放つんじゃない、自分じゃない存在へと押し込めるだけだった」
「じゃあ、撩はそのとき、どうしたの?」
「見てるだけ、さ。卑怯だと言われようが、それしか出来なかった」
 どこか悔いが残る言い方に、撩も苦しんでいることはわかる。だが、香だって苦しんでいたのだ。だったらなぜ、その苦しみを二人で分かち合うことができなかったのか。撩と自分は、共に感じることすら許されないのか。そう思うと、撩の独白はなんの救いにもならず、香は悲しくなる。
「かわいそうね、そのシンデレラさん…」
 それ以外、言い様がなかった。偽りに気付いて、虚しさを覚えていたシンデレラ。その彼女から今少しずつ、世の中の彩りが薄まっていく。これは自分ではない、他人事。そう思わなければ、この場で香は崩れそうだ。
「そうだな、かわいそうなことをした」
「そう…」
 撩の言葉が遠くなる。目の前にいるはずなのに、二人の心的距離は遠い。


「だからさ」
 撩は静かに香へ近付き、そっと左手を右耳へ近づける。指先が耳朶を掠めれば、香は身体をピクリとさせた。
「シンデレラの魔法がどうなったのか、俺にはわからない。だが…」
「りょ?」
「今、おまえを苦しめていることぐらいは、教えてくれてもいいんじゃないか?」
 驚いた香が見上げれば、漆黒の瞳はいつになく真摯で、そこにからかいの色はどこにもない。それがわかっても、やはり言えないものは言えない。あのシンデレラの夜をうやむやにしたのはお互いで、今さら種明かしなんて虚しいだけだし、罪滅ぼしなんて香はいらなかった。


 シンデレラの夜はあのときだけ、それでいい。


「別に…、どうってことないから。ごめんね、急に走り出しちゃって。さ、もう帰ろ」
 涙をこらえたような笑い方は痛々しくて、撩はどうしたらいいのかがわからなくなってきた。二人の距離は近いはずなのに、どうして手を伸ばそうとすれば、もう一方はその手を払おうとするのだろう。まるで今の距離が最善だと、そんな暗黙の了解が邪魔をする。
 何てことはないのだと強がる香を、この時ばかりはめちゃくちゃに抱きしめてやりたかった。一気に引き寄せて距離をゼロにしたら、重なった二人から何か生まれるはずだと思いながらも、撩の手は彼女を抱きしめることが出来ない。標的を撃ち抜くのはたやすいのに、生身の人間を撃った汚れが香を飲み込んでしまいそうで、伸ばす手に躊躇いが生まれる。
「撩、本当にごめんね。次はさ、また頑張るから、だから…」
「いや、俺は」
 香の言葉の続きを勝手に読み取り、撩はつい否定したくなった。「だから、パートナーを解消しないで」と言われても、撩にとって香は不可欠な存在なのだ。その事実が揺らぐことはなく、例えこの先に道を違えたとしても、香の存在は撩の中から消えることはないのだろう。そう思っているから、撩は香の心を見誤る。
 香にはもう、撩から離れる選択肢はない。それなのに、自分が撩の荷物以外の何物でもないという事実を男に突きつけられたから苦しいのだ。だから、今はどうしても心から笑えない。撩の前では笑顔でいたいのに、涙をこらえることが精一杯だ。
 血と硝煙の世界で香が生きていくためには、何か力が必要なのだろう。今さら銃を練習したところで、プロの域に及ぶはずもない。海坊主から習ったトラップだって、本当は撩の方が上手に仕掛けられると知っている。パートナーを組んだ頃の何も知らない自分でも、撩に追いつきたくて必死になっていた頃の自分でもない。長い年月を経て、手を血で染めることを自分には求められていないと香は理解している。
 撩のために自分ができること、それは…。


「だから撩、ちょっとだけ待っててね。そうしたら、あたし…」
 あとちょっとだけ時間をもらえれば、今日のことを奥底に閉じ込めてしまえるだろう。今までの悲しみたちが眠る匣に入れたら、また笑うことができる。
 香は海へと振り返る。その背中はどこか張り詰めていて、今は一人にして欲しいと告げている。香がそう願うのならば、そうするのが一番なのだろう、撩はそう思う。
 しかし、と別の自分が撩に問い掛けるのだ。今までずっとそうやってきて、二人の間に何が起こったのか。特に香には何をもたらしたのか。悲しみの涙を流すこともなく、ただ堪えて時が過ぎ去るのを待ち、そして悲しみなど忘れ去ったかのように明日を迎えるのだ。悲しみを味わうこともなく、ただ奥底へと押しやる。それが香にとっていいことだとは、到底思えない。ではどうすればいいのか、妙案が撩に浮かぶはずもない。
 こんなとき、槇村ならばどうするのだろう、と撩は思う。槇村ならどうやって香を導くのか、今はそれを知りたかった。


 ───撩、そんな誤魔化す必要はないんだぞ。想いをそのまま出したって構わないんだ。


 ふと、槇村の声が蘇る。それはパートナーとして組んだ当初、槇村に掛けられた言葉だった。気持ちを極端にコントロールしようとする撩を見て、槇村は少しばかりの苦笑いと共に言っていたのだ。全ての心の揺れ動きを抑圧していけば、どんなにキャパシティのある人間でも、いつかは破綻するはずだ。
 ある意味、撩と香は同じだった。撩は仕事上、今後も自分の気持ちをコントロールしていく必要がある。だが、香にそれを強いたくはない。嬉しいときには笑って、悲しいときには泣いて、嫌なときには怒って。そうやって気持ちを表せていたらスッキリとして、次の笑顔に繋がるのかもしれない。
 それに。
 撩の手が香を抱きしめたら、彼女が汚れる。そんな恐れは撩だけのものであり、彼女を傷付けていい理由にはならないのだから。


「だからね、もう少しだけ。………って、えっ!?」
 気がつけば、撩は香を後ろから抱きしめていた。驚いた香が離れようともがくも、ギュッと抱きしめる熱に抵抗する力も失われていく。撩は香の身体をゆっくりと回して向かい合わせにし、再び抱きしめた。頭を撫でる大きな手があまりにも優しくて、かつて兄から撫でられたことを思い出していく。安心できる感覚に、香はスッとその身を撩に任せた。撩はさらに腕に力をこめる。
「香」
 撩の静かな声が聞こえ、香はその振動を肌で感じる。
「香、おまえが今何を思っているのか、俺にはわからない。だが」
「撩…」
「悲しいときには泣いていいんだぜ。泣いたら、次は笑えるかもしれない」
「りょお…」
「俺にはこれくらいしかしてやれないから。だから今はせめて、ここで泣いとけ」
 撩の優しさが香を包み込むと、香の内側から押し込めようとしていたものが溢れてきた。
 今までのように、見なかった振りをして誤魔化すこともない。気が済むまで泣いてしまえば、いつかは涙も終わるのだから。


 ───次は笑うから。だから、今だけは。


 気付けば香は、声を上げて泣いていた。何がそんなにも彼女をそうさせるのか、詳細はわからない。でも、彼女が今とても泣きたくて、きっと受け止められるのは撩だけで、だから撩はそんな彼女に胸を貸したかった。それだけはわかっている。
「よしよし、頑張ったな」
 明日からはまた、今までの二人に戻るのかもしれない。それとも、何かが変わるのかもしれない。


 ただ今はこうして、お互いの存在を確かめ合いたかった。
 撩も香も、この瞬間の自分を偽りたくはなかった。







 英語タイトルは、アニメシリーズ3の挿入歌です。この曲をモチーフに話を書いていますので、聴いていただけると話がわかりやすくなると思います。タイトルを検索すると見つかるはずですので、ぜひ聴いてみてくださいね。

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うーたん

Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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