Ambivalent and Vague

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あなたに似た声 2

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あなたの声が、ここに

 
「はじめまして、久留井圭一です」
 たったそれだけの自己紹介だ。それなのに、香の手が止まる。飲もうとしていたカップは途中で止まり、ただ湯気だけがゆらめいていた。





 あれから香は、一人で出掛けた。もちろん行き先はキャッツアイ、依頼人と会うためだ。
 リビングで投げかけられた言葉は、今も香の心に爪痕を残している。男と知り合うためにパートナーをやっているのではないと思いながら、今回ばかりは、香ができる範囲で依頼を請けるしかないと思っていた。獠にはもう頼めない、そう思うくらいに香の心は傷ついている。
 香が到着すると、いつものように海坊主と美樹が出迎えた。待ち合わせの時間より少し前だから、深呼吸してリラックスをする時間くらいはまだありそうだ。香がボックスシートに座ると、美樹がコーヒーをそっと置いた。「ありがとう」とコーヒーに口をつければ、いつもの美味しさは香の心を少しだけ落ち着かせていく。


 そこへ、軽やかなカウベルの音が鳴り響いた。チラリとボックスシートを見てから、にこやかに近付いてくる男性が一人。
「あの、今回依頼された久留井さんですか?」
 向かい合わせに座ると、香はさっそく男性に尋ねた。電話で話した男性は代理とのことで、今初めて依頼人本人とコンタクトを取ることになっていたからだ。
「はい、そうです。はじめまして、久留井圭一です」
 静かな店内で穏やかに響く、柔らかなバリトン。その声に、香の身体が動きを止める。今この場所で聞こえるはずのない声が、優しい空気をまとって流れてくる。その声を聞くだけで、香の心はゆらめいた。


 なんて事のない光景のはずなのに、二人を何かが起こる予感が包んでいく。そんな様子を、美樹は心配そうに見つめていた。
「あの、槇村さん、でしたよね。どうかされましたか?」
 動かない香を見て、圭一はそう尋ねる。圭一の表情は真剣で、香を心から心配しているようだった。
「い、いえ…」
 そう声をかけられても、香はそれしか言葉が出ない。だから、視線を逸らすように、香は少し俯いた。


 聞こえてきた圭一の声と、声に滲み出る思いやり。その二つがどうにもリンクしなくて、香の心は混乱するばかりだ。しかし、圭一の声が与えたのは氷の刃ではなく、むしろ温かさである。香がようやくそのことを認識できると、香の心はまた別のゆらめきを見せた。
 香はまた何も言わない。不思議に思った圭一が香を見ていると、その変化にハッとした。今はもう、香の瞳から目が離せない。
 テーブルには、はらはらと雫が落ちていく。


 香自身、自分が涙を流しているのだとまだ気付いていないようだった。





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好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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