Ambivalent and Vague

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彼らの日常 1

二人は夫婦漫才

 
「も、もっこり!?」
 彼女は初めて耳にするその言葉に、そして目の前で繰り広げられている光景に唖然とした。





 彼女の名前は、黒田亜矢子。都内大学に通う学生である。


 最近、道路に突き飛ばされたり、真上からコンクリートが落ちてきたりと物騒なことが続き、自分の命が狙われているとしか思えないようになっていた。最初は警察に相談するも、大した実害がないということと、亜矢子を狙ったという証拠がないということで、捜査対象にはならなかった。


 このままでは絶対にまずい、そう思った亜矢子の耳に入った、一つの噂。それが、新宿駅東口の伝言板への暗号だ。「XYZ」、もう後がないという意味と共に連絡先を書けば連絡が来て、どんな悩みでも解決してくれる。これ以上あてのない亜矢子は、馬鹿らしいと思いながらも、その噂にすがるしかなかった。
 真偽のほどは半々、ある意味実験的だと思いながらも書いた結果は、当日かかってきた電話だ。
「XYZ、こう言えばわかりますよね」
 電話の向こうから、明るく優しい声が聞こえてくる。どんな悩みでも解決してくれるというから、亜矢子は自然と男性をイメージしていた。女性の声にびっくりしていると、「もしもし?」と心配そうな声が聞こえて、亜矢子は現実に戻った。


 一日でも早く解決したかった亜矢子は、その日のうちに彼女と会うことにした。待ち合わせは、駅から少し離れたところにある、屋根が印象的な喫茶店だ。ゆっくり扉を開けると、心地良くカウベルが鳴った。店内をキョロキョロと見回すと、カウンターの中には二人。まるで美女と野獣みたいに、男性の方は大きくて怖そうな印象だった。
 でも、と亜矢子は思う。亜矢子の趣味はマンウォッチングだから、見た目には誤魔化されないぞとばかりにじっと見つめる。カップや器具を扱う手先の器用なこと、そして、大切に扱っていることがわかるような音。どれもそっと置いていることがわかるのだ。だから、この大きい男性は怖くはない、というのが亜矢子の答えだ。


 じっと見つめていた姿が不思議だったのだろう、隣にいた美女が声をかけてきた。
「いらっしゃい、そこで立ってないで、好きな場所へどうぞ」
 言葉は優しいけれど、声にどこか棘を感じるのは、亜矢子の気のせいではないだろう。きっと、あの男性とは仲が良くて、それなのに亜矢子がじっと見つめていたから、気分を害してしまったのかもしれない。
「す、すみません。ありがとうございます。あの、私は待ち合わせで来たんですけど」
「そうなのね、じゃあ香さんかしら。香さ〜ん」
 彼女の目線を辿れば、喫茶店の奥にあるボックスシートにその人はいた。ショートカットの女性が立ち上がり、「こっちこっち」と手招きをしている。そこへ近付けば近付くほど、亜矢子は彼女の背の高さを感じることとなった。こうなると見下ろされる視線なのに、嫌な感じはまったくしない。これはきっと、彼女が持つ雰囲気なのだろうと思いながら、亜矢子は向かい側に座った。
「黒田亜矢子さん、ですね。はじめまして、あたしは、槇村香です」
「はじめまして、黒田亜矢子です。……あの、あなたが噂のシティーハンター」
 そう言うと、香は一瞬口元をキュッと引き締め、それから笑った。
「あたしは交渉担当です。労働担当は別の人間なんですけど、今日は来てなくてすみません」
「いえいえ、槇村さんに来ていただいて、本当に助かります」


 そこから二人は、これまでのこと、依頼内容などを話し合った。亜矢子が命を狙われるようになる数日前、彼女は近道だからと人気のない公園を通っていた。ドサッと小さな音がしたから立ち止まると、向こうに数人の人影が見える。亜矢子がわかったのはそれだけだったが、なぜかそこにいてはいけないような気がしていた。その通り、向こうの人影は一人、二人と亜矢子へと向かってくる。陰に不気味さを覚え、とにかく全速力で走った。やっと人混みの明るい場所まで戻った瞬間、亜矢子は心からほっとしたことを今でも忘れない。だが、次の瞬間に亜矢子は青ざめることとなった。
「あ、学生証がない……」
 どうやら、持っていたハンドバッグからいくつか落ちたものがあるらしい。その中の一つに学生証があった。数日後、学生証は亜矢子の手に戻るが、その顔写真はナイフで切り裂かれていた。これはきっと警告だ、そうとしか思えなかった。
「それ以来、亜矢子さんは命を狙われることが出てきた、と」
「はい、偶然とは言えないほどになってきて。でも、警察には証拠がないからと言われて。だから、槇村さんにお願いするしか」
「わかったわ、うちの労働担当は、あなたなら無条件で引き受けるとは思うんだけど、ちょっと確認を」


「その必要はなあああい!!! もっこりちゃん、ごうか〜ぁく!」


「ちょっと撩、いつの間にあんた」
 被さるような声に、香と亜矢子は二人で驚いた。話し込んでいた二人は、男が近づいていたことに気付いていなかったのだ。
 さて、今回の男性。さきほどの男性ほどではないが、日本人男性としては背が高く、しなやかな筋肉の持ち主であることは服の上からでもわかる。癖のある黒髪、意志の強そうな眉、シャツにジーンズといったラフな格好。だが、目と口はだらしなく、にへらぁと笑っていた。
「香くん、依頼は聞いているんだろ? よし、この冴羽撩ハタチがお嬢さんの悩みを解決して差し上げましょう」
「誰がハタチだ。まったく、調子のいい。あの、すみません。これがうちの労働担当、冴羽撩です」
「これとはなんだ、これとは。もっこりちゃん、こんにちはぁ。さささ、もっと詳しい話はうちで聞くからね、移動しちゃいましょ〜」
「ちょっと、りょお!」
 撩は亜矢子の腕を取り、ズンズンと歩いて行った。一瞬で遅れた香は、「待ってよ」と言いながら追いかけていった。





 今では珍しい昔のクーパーに乗って、まずは亜矢子のアパートへと向かうことにした。そこで着替えなど日用品を持ち出し、次に辿り着いたのは、喫茶店とは別方向にある七階建てのアパートだった。エレベーターもなく、階段も一人通るのが精一杯。そこを撩と香は軽快に上がっていった。
 案内されたのは、アパートの六階。リビングと台所、そして寝室。過ごすのに必要な場所は、その階にそろっていた。
「で、もしものためにも、亜矢子さんはあたしと一緒に寝てもらいますね」
 にっこり話す香に、撩が心底嫌そうな表情をして、異議を唱えた。
「まったく、いつもいつも。いいだろぉ、彼女だって一人で寝た方がゆっくりできるかもしれん」
「そんなことを言って、一人にすれば、どうなるのかわかりゃしない」
「そんなんじゃねぇって」
 亜矢子が見たときには、二人はちょっとした言い争いになっていた。どうやら、客間で香が亜矢子と一緒に寝るかどうか、らしい。そのうち、言葉は会話らしい意味合いを失い、「このぉ」「まだまだ」とリビング内鬼ごっこ大会と化している。
「くぉんのぉ、そこへなおれ、もっこり虫めええええ!!!」
 その瞬間、亜矢子は信じられないものを目撃した。香の手元がピカッと光ったと思えば、次には巨大なハンマーが現れた。書いてあるのは、「しばらく だまらっしゃい」というもの。それが文字も消えんばかりの速度で振り下ろされ、めりめりめりっと撩がフローリングにめりこんだ。


 亜矢子が呆然としていると、気付いた香が「おほほほほ」と取り繕い、
「ごめんなさいねぇ、ちょっと頭を冷やさせてくるわ」
と言いながら、ぼろ雑巾のような撩を引きずって、リビングを去っていった。その後どうやら、撩は屋上から「すまき」なるもので反省させられたらしい。
 亜矢子にとっては、新鮮というか、そんじょそこらのテーマパークよりも興味深く、二人を見ていることが楽しくなり始めていた。





 少し早めの試験期間も終わり、亜矢子が大学に行くのは九月までない。特に出掛ける場所もなく、それよりも冴羽アパートで繰り広げられる二人のやりとりを見ていた方が楽しかった。はっきり言って、これは夫婦漫才だ。決まり切った型がある、ある意味、様式美すら備わったコミュニケーション。
「あら〜、亜矢子ちゃん。ボクちゃんのことをそんなに見つめるなんて、もしかしてぇ」
「あ、いえ。あの、お二人が」
「こんなヤツのことは、いいの、いいの。さささ、そんなボクがエスコートしますよ〜、出掛けましょ〜」
「ちょっと撩、突然なによぉ!」
 焦る香の声も遠くなり、亜矢子は撩に連れられて外へ出た。


 ここ数日は、「まず調べるから」となるべくアパートで過ごすように撩から頼まれていた。それが、今日のこの展開。何かわかったのかと思いたくもなる。
 それにしても、依頼前は怯えながら外出していたのが嘘のように、今は安心して外にいることができる。果たして、シティーハンターの二人を見て気分が持ち上がったのか、それとも、守られているという安心感なのか。


「あの、冴羽さん」
「なにかな。たまには外で過ごすのもいいだろ」
「そうですね。ちょっと出なかっただけで、こんなに新鮮な気持ちになるんだなって思います」
「別に気分が落ちてるようには見えなかったけれど、ちょっと出掛けたくてね」
 アパートから出てきたときのだらしない表情は消え失せて、撩は穏やかな表情をしている。落ち着いているというよりは、ニュートラルで何にも偏っていない状態だ。大人の余裕、まだ大学生の亜矢子にはそう見えた。その途端、なぜか亜矢子は心の奥がキュッと軽く握られたようだった。


 と、その時、亜矢子の腕が掴まれて、もの凄い勢いで撩に引き寄せられた。顔が撩の胸にぶつかり、そのまま逞しい腕に囲われる。ゴトッゴトッと固い何かが地面にぶつかる音がする。そろそろと頭を動かせば、亜矢子が立っていた位置には、コンクリートの欠片が落とされていた。
「こ、これ……」
「君を狙ったんだろう。出てきてすぐこれだから、よっぽど監視してるってことか」
「監視ですか」
 そう言われると、亜矢子は気味が悪くなってくる。自分は何を見たわけでもないのに、あの場所にいたからという理不尽な理由で狙われているに違いないのだ。相手には怒りを覚えるし、その直後に怖くなってくる。
 そんな亜矢子の変化に気付いたのか、まだ抱きしめている亜矢子の背中をぽんぽんと軽く叩き始めた。
「冴羽さん?」
 撩の意図がつかめないから、亜矢子は素直に聞くしか術がない。見上げると、穏やかな撩の表情が目に入る。不思議と、その表情は亜矢子を落ち着かせ、大丈夫だと思わせるには十分だった。
 なぜそう思うのだろう。理由もないのに、これは少しおかしい。
「大丈夫だよ、ちゃんと守るから」
 撩の静かな、しかし男性を隠さない声がする。それは耳からだけでなく、密着している身体も振動として感じていた。はじめは微かな衝撃も、身体を駆け巡れば大きくなる。それは心に集まり、ドクンと高鳴らせた。


 ──私、冴羽さんに守られたい。


 恋なのか、憧れなのか。
 亜矢子は撩に対して、心からそう思った。





 というしっとりとした場面が、なぜか長くは続かない。


「りょおおおおお、コソコソとなにやっとんじゃあああああ」
 ドゴオオオオンという轟音と共に、あんなにときめいた撩はハンマーの下敷きになっていた。
「か、かおりちゅわん、誤解だ誤解」
「じゃ、容疑者には釈明する時間を与えるわ。さあ、家に戻ってご飯よ」
 またしても、撩は香にずるずると引きずられていく。亜矢子もその後について歩いたが、今度は撩と香、その二人をじっくり見る機会に恵まれた。
「香ちゃん、敵の出方がどうなのか、確認したかっただけなんですけどぉ」
「だったら、ちゃんとあたしに説明すればよかったでしょ」
「いや、すぐにでも、と思いまして」
「それが怪しいっていうのよ。……いつもいっつも。もう、知らない」
 香は手をパッと離して、大股でズンズンと歩いていく。ぽつんと地面に残された撩は、ハッと気付いて声を上げた。
「待てったら、香ぃ!」
 亜矢子が側に行くと、起き上がった撩が亜矢子を促す。自然と早足になる撩に、亜矢子は頑張ってついていった。
 気になって、亜矢子が撩の顔を見上げると、どこか焦っているようにも見える。
 どうして、撩は焦っているのか。その理由は、これまでの二人を見ていれば簡単に導けるものだったけれど、高鳴る胸はそれを否定してしまう。


 ──しばらくはこのままで。


 本当はそんな願いなど、してはならないのだろう。それでも、亜矢子はそう願わずにはいられなかった。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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