Ambivalent and Vague

This page is the only Fan Fic.

あなたに似た声 6

voice2.png
俺の声、僕の声

 
 この現実は、いつもの延長なのか。それとも、偽りの世界なのか。


 あの日以来、二人は今までと同じように日常生活を送りながらも、その間にはどこかズレが生じていた。話をしたくても、どう言葉にすればいいのか考えてしまうのはお互い様で、聞きたいことは何も言えずないまま、ただ時間ばかりが過ぎていく毎日だ。


 撩はあれから、依頼人である久留井圭一の人柄からその周辺までを徹底的に調べ上げた。ミックが言っていたとおり、叩いてもホコリなど出てくる人物ではなかった。
 地位も何もかもを持っている男、それは撩だって同じだ。圭一は表でそれを成し、撩は裏というだけなのだ。だが、裏の世界には危険がつきまとい、どうしても二人で生き抜くには、ある種の覚悟が必要だった。なにがなんでも守り抜くと約束しておきながら、共にこれからも生きていくためには香の覚悟も必要だろう。香の手を血に染めさせるということでは決してなく、あくまでも気持ちの問題だ。だが、相手が圭一であれば、そうする必要などない。


 もう一つ大きな点がある。それは、撩がこの世に戸籍を持たない人間だということだ。紙がなくても、家族として生きることは可能だし、子どもだって望める。だが、どうしても生活上、香にさまざまなことを強いるのは目に見えていて、共に生きていることでしか証を残せない男が一体何をできるというのか。ここのところ、撩の思考は振り出し近くへ戻りがちだった。


 そんな思考に浸っていた撩を、電話の呼び出し音が現実へと引き戻した。
「香〜ぃ!」
 リビングから呼び掛けても返事がない。どうやら、声が聞こえない屋上あたりへと行っているようだ。仕方がないので、撩が電話を取ろうと近づく。持ち上げた受話器を耳に当て、かったるい声で、
「はーい、冴羽商事でぇす」
と応じた。すると、穏やかそうな声が耳に入る。
「もしもし、わたくし、久留井と申します。槇村香さんはご在宅でしょうか?」
「……」
 この受話器から聞こえてくる声はなんだ? これはまるで、自分の声そっくりではないか。ただ、自分の声が穏やかな空気をこんなにもまとうことはない。おちゃらけているか、興奮しているか、冷酷になっているか。そういうことが多くて、聞こえてくる声が自分のようで自分ではない、そんな声だと撩は思っていた。
「あの、もしもし?」
「あぁ、すまんね。ちょっと待っててくれ」
 自分は気付いても、相手には同じ声だと気付かれたくない。撩にもどこかに意地があって、それが撩の声に少しだけ変化をつけさせた。声帯模写が得意な撩にとっては、朝飯前の技術だ。
 再び香を呼ぼうとすると、ちょうど香が同じ階に戻ってくるところだった。そのままリビングに入ってきた香に、撩は声をかける。
「おい、久留井ってヤツから電話だぞ」
「あ、久留井さん!」
 違う男の名を呼ぶ香が、声を弾ませているのは気のせいだろうか。
「もしもし、あの、お電話ありがとうございます」
 社交辞令のやりとりも、今の撩からすれば親しげに聞こえてしょうがない。今回の依頼から自分は降りた、そのはずなのに、本当は二人から弾かれてしまっただけなのではないか。珍しく、撩の頭はスッキリしない。
「はい、明後日の10時にそこで待ち合わせですね。わかりました」
 はっきり言えば、今回の依頼はデートだ。どんなに探ってみても、久留井の真意はわからなかったが、香と一緒にいたいということだけはわかる。電話を受ける香は撩に背中を向けていて、彼女の表情まではわからない。声が弾むのだから、きっと笑みを浮かべているのだろう。
 ここ最近の香はどこか不安定で、どうしてそうなったのか、撩には想像がつかなかった。
 だが、今なら分かる。声が彼女を混乱に陥らせているということに。なぜなら、自分も一瞬迷ってしまったのだから。





 それから二日後、久留井との依頼を果たす日だ。


 香は絵梨子に選んでもらった服を出し、誰も見ているわけでもないのに、自室でこそこそと着替えた。いや、この姿を撩が見たら、きっといい言葉はもらえない。ともすれば、酷い言葉を投げかけられて、心がズタズタに引き裂かれるだけだ。
 もしかしたら、という期待は微かにある。でも、この前の出来事がそれを否定した。そんなことはない、撩は傷つける言葉しか言わないのだから、微かな期待も持つだけ無駄だ。
 服装に合うメイクも絵梨子が用意し、香は会った日に練習させられていた。そのお陰で、今日はすんなりとメイクができる。色よりもきらめきが肌に映えるような、華やかながらも落ち着きを感じられるのが香は好きだった。
「よし、これでいいわね」
 丸くコロンとしたフォルムのバッグを持ち、香はそのまま玄関へ向かおうとした。しかし、真面目な性格の香は、例えこんな状況であったとしても、撩に一言もないのはどうなのだろう、と思っていた。だから、リビングの扉をそっと開けると、そこにはソファに座って新聞を読んでいる撩がいる。きっと香に気付いているはずなのに、こちらを向こうともしてくれない。それが答えなのだと思いながら、香は声をかけた。
「じゃ、行ってくるわね。食事は用意しているから、冷蔵庫から出して」
「へいへい」
 香が声をかけても、撩は新聞を下ろすこともしなかった。彼がどんな表情なのか、それすらもわからない。これ以上、ここにいても仕方がないので、香は扉をそっと閉じて、今度こそ玄関へと向かった。
 どうしてもアパートでの雰囲気をひきずってしまう香であったが、これから会う圭一には何も関係がないことだ。
「よしっ」
 アパートの入口手前で止まり、ペチペチと手で頬を叩いて自分を鼓舞する。そうして気持ちを入れ替えた香は、ようやく外の明るい世界へと飛び出した。香の姿がなくなったアパートはどこか暗く、影が濃くなっているようだった。





 玄関が閉まると、その音を聞いた撩がやっと新聞を下ろした。角度を調節すれば、新聞を下げなくても見ることはできる。
「ホント、デートなんだな……」
 ソファの背もたれに身体を預けながら、撩は天井へと呟きを吐き出した。





 新宿から電車を乗り継ぎ、待ち合わせに指定された場所にやって来た。使い慣れぬ駅だから、香は迷わないように看板を注意して見ているだけで疲れてしまいそうだ。
 なんとか辿り着くと、すでに圭一が待っていた。
「あのっ、すみません。お待たせしちゃいましたか?」
「いえ、僕も今きたところですから」
「それならよかった」
 それが本当かどうかはともかく、圭一と話をしていると香は安心する。この声は自分を傷つけることはない、そう思っているからかもしれない。何に対してかはわからないが、香はホッとした表情を浮かべた。それはどこか恥じらっているような姿になって、圭一の前に現れる。
「香さん、今日は素敵ですね」
「え?」
「ほら、前回は今日みたいにスカートじゃなかったから。お仕事のこともあって、動きやすい格好を好まれるのかと思ってたんです」
 この声で容姿が褒められるなど、今まであっただろうか。目の前にいるのは撩ではない、圭一なのだとわかっていても、香は他の人から言われるよりも嬉しくなっていた。
「確かにそうなんですけど、今日は久留井さんにお付き合いするんだし、と思って」
「ありがとう。香さんのような素敵な人にそう思ってもらえるなんて、僕は嬉しいですよ」
「やだっ、久留井さんったら……」
 今度は明らかに照れた表情で、香は僅かに視線を伏せた。そんな香を圭一はじっと見て、何かに気付いたように口を開いた。
「今日は名前で呼んでもらえませんか?」
「名前、ですか」
「そう、今日は付き合っていただくけれど、かしこまった風にはしたくないので。だから、圭一で」
「え、あ、う……」
 突然のリクエストに、香の思考回路は混乱しだした。男性を名前で呼ぶことに抵抗はないけれど、圭一に対してはためらいが残る。それでも、これは依頼なのだ。依頼人の希望には応えなければならない。
「わ、わかりました。あ、あの、圭一、さん……」
 その声が心地良くて、圭一は自然と微笑んだ。
「香さん、じゃあ、行きましょうか」
「はいっ」
 二人を包むのは、穏やかで優しい空気。どこから見ても、二人は付き合っているように見えた。





 ここから、二人の一日が始まった。





picture7_2_convert_20170723014309.jpg








Special Thanx to Pound

スポンサーサイト
  1. [ edit ]
  2. "あなたに似た声"

プロフィール

うーたん

Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

最新コメント

最新トラックバック

« 2017 09  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

検索フォーム

The antenna is here.

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム


pagetop