Ambivalent and Vague

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あなたに似た声 8

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声に隠れた秘密

 
 いまだに慣れぬその街で、あたりはすっかり暗くなった。夜になると、同じ道を通る男女が多くなった。とても雰囲気のある街だから、男女の多くはこれからデートなのかもしれない。ただその中、香と圭一は男女でありながら、デートの雰囲気ではなかった。お互いに何かを心に秘め、今日のどこかで決意をし、これから相手に告げようとしている。この時間に決着をつけようと模索しながら、しかし香も圭一も切り出し方がわからなかった。


 どうしてもレストランで食事をする気には二人ともなれなくて、他に時間を潰す術も知らなくて、目についたバーへ入ることにした。重厚な木の扉を開ければギシリと鳴り、中は薄暗い。カウンターもテーブルもあるその店で、二人はあえてカウンターを選んで横並びに座った。座ると同時に香がジャケットを「ありがとうございました」と返すと、圭一は黙って受け取った。その口元に少しの寂しさが浮かんでいたなど、薄暗くて香は気付いていない。圭一は何回か頭を横に振ると、気を取り直して香にメニューを指差しながら聞いた。
「香さんは、お酒が強くないんですか?」
「それほど飲み慣れているわけでもなくて。……マスター、度数が弱い、爽やかなものはありますか?」
 きっと、圭一に同じことを尋ねれば、適切に返してくれただろうと香も思う。ただ、いくらお酒であっても出逢いは大切にしたいし、自分で選びたい。だから、話をマスターに振った。
 そんな香を、圭一は少し複雑そうな表情で見つめていた。そして正面を向いて目を瞑り、ふぅと息を吐いた。
「圭一さん?」
「思い出していたんです、数年前のことを。あぁ、今日と同じだったんだなって」
「同じ?」
 まるでなぞなぞのように肝心なところを言わない圭一に、苛つきはしないがついていけない。今度は香が見れば、圭一はまだ目を瞑っている。脳裏に何かを思い浮かべて、それらを辿っているようにも見えた。少しの沈黙の後、圭一の唇が動く。
「……僕にはね、忘れられない人がいるんです。本当に明るくて、自分の意見をしっかり持っていて。自分の人生にしっかり立っている、そんな彼女が好きでした」
 一息入れると、圭一がゆっくりと目を開く。目の前のジンバックを見つめる目は、どこか苦悩に満ちていた。
「だから、僕なりに大切にしたいと思って。喜んでもらおうと思って、それはたくさん調べたし、彼女に楽しいようにと頑張ったつもりでした」
 ただ……、と圭一が続ける。
「途中から、彼女が笑わなくなったんです。そう、今日の香さんのようにね。僕は、自分のしたことが彼女に合わなかったんだと思って、じゃあこっちならと違うことをしてみて」
「今日の、私?」
 確かに今日は、途中から心が苦しくなっていた。待ち合わせた頃はむしろ嬉しかったのに、時が経つにつれて自分の心がすり減っていった、あの感覚。それが圭一の告白と何か関係があるのだろうか、と香は思った。
「そう。途中で香さんの表情が変わったのを見て、これはあなたに聞かなければならないと思ったんです。彼女と同じ、まっすぐな瞳を持つあなたに、何が起こっていたのかを聞きたかった」
「圭一さん?」
 香の呼びかけに、圭一はゆっくりと顔を動かす。苦悩に満ちた目は、フッと柔らかくなって苦笑いに変わった。
「その前に、今日の種明かしをしないといけませんね。なぜあなたに依頼をしたのか、その全てを」


 圭一はゆっくりと話を続けた。


 大切だった彼女とはいつしか噛み合わなくなり、彼女が別れを告げる形で関係は終わった。ただ、圭一としては、なぜ二人の関係が終わったのかがわからなかった。自分にできる努力はしたつもりだし、彼女のことも軽んじたつもりはない。その後も何回か会って復縁を模索しようとしたものの、結局彼女は首を縦に振らなかった。「まだわからないあなたと、一緒に未来を歩けないわ」という言葉を残されては、それ以上追いかけることもできなかった。
 一年後、風の便りで彼女が結婚したことを知った。どうしても忘れられなかった彼女だから、どうやっても戻れないことが苦痛すぎて意識的に知らせを遠ざけていたのに、いざ耳に入ってしまった近況は決定的なものだった。今の彼女は幸せなのだろうかと調べさせると、報告された写真の彼女は、眩しいくらいに笑っていた。それは、圭一が取り戻すことができなかった表情でもあった。往生際が悪いと言われても仕方なかったが、実際にこの目で見なければ納得できなかったこともあって、こっそりと彼女の様子を見に行ったこともある。二人とも本当に心から笑っていて、もはや圭一が入る隙間などあるわけがなかった。
 それからというもの、圭一はどこか迷路に入り込んでしまったようになって、誰かと付き合うことへ積極的になれない。あんなにも大切だった彼女から笑顔を奪ってしまったように、次も同じになってしまうのではないか。仕事で自信をつければいいかとプロジェクトに邁進するも、会社で認められても心の空白が埋まることはなかった。言い寄ってくる女性はもちろんいたし、親から見合いをすすめられたこともある。もっともな理由をつけ、圭一は何度も話を断っていた。


「そんなあるとき、新宿駅で香さんを見かけたんです。伝言板の前で、嬉しそうにメモを取って。その瞳が彼女と重なって、あなたの姿から目が離せなくなりました」
 そこで香のことを調べさせると、シティーハンターという存在が浮かんできた。どんな困難な依頼でも解決してくれるという、凄腕のスイーパー。シティーハンターとして名を馳せている冴羽撩と香の関係も、もちろん圭一は気付いていた。男女の仲になっていなかったとしても、深い絆でつながっている二人は、圭一からすると羨ましいものだった。
 だからこそ、彼女と同じ瞳を持つ香との時間が欲しかったし、その上で聞いてみたいことがあった。自分と一緒の時間を過ごしてみて、正直なところどう思ったのか。それはきっと、別れた彼女が答えてくれなかったものに近いはずだ。
「来月、僕はフランスに旅立ちます。大きなプロジェクトを任されて、数年間は帰国しません。……いい機会だと思ったんです。それは本当の答えではないかもしれないけれど、彼女と同じ瞳を持つ香さん、あなたなら、僕にヒントを教えてくれるような気がして」
 だから敢えて、今日は別れた彼女にしたように、香に接していたつもりだ。最初は笑顔だった香が、途中からだんだんと表情が暗くなり、圭一の気遣いを義務のように受け取り始めた。それがわからないほど、今の圭一も鈍感ではない。
「だから、聞きたいんです。笑顔を失いながらも取り戻したあなたに、何が起こっていたのかを」
 圭一は、真っ直ぐに香を見つめた。その真剣な表情に、香は本当のところを伝えたいとは思う。ただそれは、香がそもそも持っていた迷いを言語化し、整理していくのと同義でもある。圭一が香の瞳に惹かれたように、香だって圭一の声に惹かれたからだ。そう、撩と同じ声に。
「わかりました。うまく言葉にはできないんですけど……」
 香だって、自分が求めているものがわかっただけで、気持ちを全て整理できたわけではない。それでも、香は圭一に伝えていくことにした。


 圭一の優しさが嬉しかったこと、ただそれが、途中から苦しくなったこと。香に楽しく過ごしてもらおうとする圭一の気持ちはありがたかったが、自分にだって意志があり、自分で決めたいときもある。与えられるだけの関係は、むしろ自分の意志を奪われるような感覚をもたらしていた。
「確かに、普段のあたしもパートナーに守られているのはわかっています。これは、今日のあたしと一緒です。けれど、あたしに任せてくれることもあるんです。暮らしのことでも仕事でも、それは些細なことかもしれないけれど」
 だんだん言葉にすることが苦しくなってきた。でも、言葉にしなければ自分が前には進めないし、圭一の依頼も解決できない。
「決めてもらうことはありがたいけれど、実はそこにはあたしの意見なんて求められていないような気がして」
「じゃあ、冴羽さんは、あなたに任せるときがあるんですね」
「任せるって言っても、ホント、押しつけですよ。家事は任されているけれど、文句ばっかり言われるし。……でもね、あたしがどう思うかって、聞いてくるときがあるんです。意見を求めてくれて、あたしの返事も受け止めてくれて。それだって、彼に甘えているんだって、わかってはいるんです」
 香はここまで言って、一呼吸置いた。ふぅと息を吐き、ゆっくりと息を吸ってから、次の言葉を紡いでいく。
「それでも、嬉しくて。あたしが求められているって、そこにいてもいいんだって。あたしが認められているようで、嬉しかった」
 単なるわがままだし、撩に対する甘えだともわかっている。とはいえ、自分には何ができるのかを常日頃考えている香にとって、撩から意見を求められることはとても大きい。もし「おまえには関係ない」と言われたら、どこまでも落ち込んでしまうのは目に見えている。


 香の話を聞いた圭一は、再び目を閉じた。話を咀嚼するように、頭の中をぐるぐると言葉が駆け巡る。圭一の経験と香の言葉が一つのねじれとなって、ある結論を導き出した。
「僕は、彼女から自由を奪っていたんですね。……自分の足で立つ彼女が好きだったはずなのに、これじゃあ本末転倒だ」
 今度は、少し悲しそうな色を浮かべる圭一の目。
「そうか……」
 今日の結論をゆっくりと飲み込もうとする圭一を、香は声もかけられずに見ているしかできなかった。


 しばらく黙っていた圭一が、その口元に笑みを浮かべた。すんなりと受け入れられるものではないけれど、別に急ぐ必要はないと圭一は思う。顔を上げたとき、圭一はどこか吹っ切れた表情になっていた。
「香さん、ありがとうございました。依頼については、きちんと説明せずにすみませんでした。それでも、こうして教えてくださったことに感謝します」
「いえ、そんな。あたしは別に、なにも……」
 依頼通りにはしたが、香が積極的に何かをしたわけではない。それでも、圭一が何かをつかんだのなら、依頼は解決と言えるのかもしれない。
「冴羽さんにもよろしくお伝えください。今回お会いすることはなかったけれど、あなたを笑顔にする冴羽さんに会ってみたかったな」
「えっ、いやっ、そのぉ……」
 どこかストレートな物言いに、香が返事をしにくくなる。撩とは仕事のパートナーというだけで、他の関係があるわけでもない。それなのに、自分が撩を信じようと思ったのはなぜか。その向こうには、新しい関係への期待が秘められている。
「はははっ、あなたの中の冴羽さんは、あなたの笑顔を取り戻してくれたんでしょう? 僕にはできなかったことです、単純に羨ましいな」
 そう言われてしまうと、今さらながら香は恥ずかしくなってくる。いくら依頼とはいえ、何てことを話してしまったのだろうか。つい赤くなっていると、「そういえば」と圭一が話を続けた。
「香さんに電話をしたとき、最初に出たのが冴羽さんですか?」
「えぇ、そ、そうです」
 圭一がさらに撩のことを話題するものだから、香はしどろもどろになる。声が裏返らないようにするのが精一杯で、香は少しだけ言葉に詰まってしまった。
「その時から思っていたんですよね。な〜んか冴羽さんの声って、似た声を知っているような気がして。一体、誰なんだろう……」
 冗談ではなく、圭一は本気でそう考えているようだ。確かに、自分が聞く声と他人が聞く声では差があるもので、録音されたものでも聞かなければその差には気付きにくい。だから圭一自身が気付かなくて当然ではあるが、あんなに自分を振り回してくれた声の持ち主が気付かないなんて、となんだかおかしくなってくる。その答えは圭一自身なのだと全然気付かない様子に、香はついプッと笑ってしまった。





 バーから出ると、もうすぐ日付が変わろうとする時間になっていた。
 圭一はアパートまでタクシーで送ると提案したが、まだ電車で帰れる時間ではあったし、依頼を通して見つけたことを香は改めて一人で考えたくなった。
「本当に大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です。それに、今日は全部出していただいてしまって。これ以上は申し訳ないです、依頼は完了したのに」
「帰るまでが依頼ですって、そういうわけにはいきませんかね」
 ハハハッと笑いながらそう言う圭一は、本当に優しい人なのだと香は思う。だからこそ、ここからはそれぞれが答えを出していくのだ。そう思えたからだろう、香は自然と微笑むことができた。
「よかった、最後に香さんの笑顔が見られて。バーから出るときも笑ってくれたから、本当に嬉しくて。……彼女の笑顔は取り戻せなかったけれど、今日のことで、自分なりに答えを出せると思います」
「圭一さんならできますよ、きっと」
「香さんもね」
 圭一はスッと手を差し出してきた。それは別れの挨拶であり、この先は二人が出会うことはほぼないだろう。お互いに何かを得ることができた貴重な時間を終わりにするため、香は手をそっと圭一のそれに近づけ、優しく握った。少し長めの握手となり、それからゆっくりと離れた。
「じゃあ、お元気で」
「圭一さんも頑張ってくださいね」
 離れていく圭一の背中を、香は見つめ続けていた。それは依頼の最後、何かを取り戻した依頼人を見送ることであり、これまでもやってきたことのはずだ。
 それでも、香は思う。
 圭一の依頼の中で、香もまた同じく自分に向き合っていたのだと。撩を信じたい自分はもう揺るがないから、今は彼の声が聞きたい。優しい言葉なんて口にしてはくれないのに、言葉を超えて、温かさが密やかに込められている。今はとにかく、それを感じたい。


「依頼は終わったのか?」


 香の耳が、ある声をとらえる。もう圭一は帰ったはずだ、今ここでこの声が聞こえるはずはないのに、とゆっくり振り返ると、街路樹の向こうにもたれかかる男が一人。
 その姿を見た途端、香の心が高鳴り、そして動けなくなる。
 どうしてここにいるのかなんて、理由はいらない。いや、もうわかっているはずだ。どうしてそこに男がいたのかなど、これまでを考えれば明白なのだから。


「撩……」


 名を呼ばれると、撩はゆっくりと姿を現した。





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好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息中。

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