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Ambivalent and Vague

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TRANS The After

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TRANS THE AFTER:
I have to take care of it on my own.


 
 あれから一年以上経ち、もう年末が迫る時期となった。二人は今も、相変わらずの生活を送っている。
 撩が夜に紛れて何をしているのか。道化師の仮面の下には、まだ死神と呼ばれる男がいるのだと、今の香なら理解できる。その彼が世間と修羅の世界を行き来するのに、香という存在を必要としているのだとも。
 死神の唯一で一途な願いは、あるとき責め苦となって香の身も心も貪る。全身に赤い痕を散らされ、言葉は香を縛りつける。「愛している」という言葉がこんなにも嬉しくて、こんなにも恐ろしいものだとは思ってもみなかった。感情がわかりにくい、撩の奥底に潜む激情。マグマのように蠢くそれは、常に香という獲物を狙っている。


 そんな生活を送っても、香はどこか自信がない。「この男は私のもの、私は彼の一番の理解者」、そう言い切ることができないのだ。二人が関係を深めるきっかけを作った、あの女性のように言うことなどできない。考えるほどにぐちゃぐちゃで、どうしてもまとまらなかった。


 それでも、撩の横は自分の立ち位置、これだけは譲れなかった。





「こんにちは」
「あら、香ちゃん」
 今もツケで飲む撩のために、香が支払いに回るのも変わらない。ママたちと話し、彼らは香とも関係を築く。撩が長い時間をかけて張り巡らせた蜘蛛の巣は、日々強固になっていた。
「すみません、いつもいつも」
「いいえ〜。香ちゃんとも話したいから、ちょうどいいわよ」
「たはは……」
 街の皆がどのような過去を持ち、現在に至っているのか。それはわからないし、単なる好奇心だけで聞くべきところでもない。
 香ができるのは、耳を傾けること。
 だから、街の皆は香のことが好きだった。それでも、色々な人間が入りこむのも、またこの街である。


 香は自分に向けられた視線に気付き、その方を見た。店の奥には一人の女性がいる。それはかつて、同じ場所で香に自分の価値を言い切った女性、その人だった。あの日、撩は彼女のもとへ行かなかった。その後もきっと、行っていない。香はそう感じている。
 彼女、茉莉花は挑戦的どころか敵意を隠すことなく、香を見つめていた。
 茉莉花を見ていると、彼女の空気を目の当たりにし、ぐちゃぐちゃだった香の考えが少しずつ形になっていく。


 彼女も撩を愛した一人の女なのだと香は思う。誰にも下心を隠さず迫っていた新宿の種馬が、実はたった一人に自身の愛情を注ぐのだと知れば、その存在になりたいと誰もが思うのだろう。そういう意味では、茉莉花も香も同じなのだ。撩が今その腕に閉じ込めているのは香という、ただそれだけの違いだ。その違いこそが、本当はとてつもなく大きい。自分だっていつ手を離されるのか、わかったものではない。
 だから、茉莉花が自分に向ける敵意はおかしいのだ。香の立場は盤石ではないのだから、撩に愛されたいのであれば、まず撩にアプローチすべきであり、茉莉花の方が魅力的だと判断すれば、撩は間違いなく彼女を選ぶだろう。もちろん、そうならないように香だって努力する。
 結局、愛し愛されるというのはそういうことだ。


 香が何も言わず、静かに佇んでいたからだろう。自分の挑発に乗らない香にいらだち、茉莉花はカツカツとヒールの音を立てて近付いてきた。
「なによ、あんたなんか。あんたさえいなければ!」
 やはり彼女は間違っている、と香は改めて思った。撩が香以外の誰かを心から求めるのならば、そこに香が入り込む余地はないし、権利もない。自分に向いてもらおうと撩にアプローチするのであって、女性に対してではない。女性同士でやりあうのは不毛だ。
「なにか言いなさいよ!」
「あたしが身を引けば、撩は確実にあなたを選ぶんですか?」
「なんですって? もちろんよ、私を選ぶに決まってるわ」


 今ならわかる。一年前に聞いた茉莉花の言葉も、撩の言葉も。茉莉花は自分の理解を撩に押しつけ、撩はそれを受け取らなかった。その事実を認めたくないのか、彼女はいまだに過去の関係に縋っている。形骸化した過去に、何の価値があるというのだろう。
「もし撩があなたを本当に選ぶのなら、あたしは関係ありません」
「なに言ってるの、この子」
 香の言葉が理解できず、茉莉花は半ば呆れている。ともすると、見下しているのかもしれない。
「あたしがいるから、あなたが選ばれないんじゃない。撩が誰を望むのかです」
「あら、ものすごい自信ね。じゃあ、今から撩のもとへ行っても、私は選ばれない、そういうこと!」


 どうしてそう思うのか、と香は不思議だ。全てを手に入れてきたようで、実は何もかもを諦めてきたのが冴羽撩という男だ。その彼が叶えたいと願うなら、香はそれを止められない。撩の横にいたいと願うのも本心なら、撩の願いを叶えたいというのも本心だ。
「違います。あたしは、撩の願いを邪魔したくないだけ」
 自分こそが相応しい、あの男に愛されたい。そう思う茉莉花にとって、香のこの考えを理解しろといっても無理な話だ。それぐらい、香は撩のことを女として愛し、妹として慕い、母のように包み込んでいる。


「これ以上、お話しすることはありません。あたしはあたしで、撩を愛している。ただそれだけなんです」
 強い眼差しを向けると、香は茉莉花の横を通り、出入り口へ向かった。事態を見守っていたママと顔を合わせると、香は苦笑いを浮かべる。
「香ちゃん……」
「また、お邪魔しますね。じゃ」
 ママにはお辞儀をして、香は街中へ出た。店特有の薄暗い照明から、日中の明るい世界に飛び込む。薄暗い世界でさらけ出した本音は、ここまでにしておこう。そう思って、頭の中から考えを振り落とすように、香は地面を蹴って高く飛び上がった。


 香は知らない。店に残された茉莉花が青ざめたまま、表情を固くして、
「あれじゃ勝てないわ。無理よ、私……」
と呟いたことなど。





「なぁにやってんだ、香ちゃんは」
 男の声に振り返ると、撩がジャケットに手を入れて香を見つめている。聡い彼に、今の出来事を言えるわけがない。悪あがきだとわかりながらも、香は彼女の存在を心の奥にしまった。それは香にとって、ライバルを少しでも減らしたいという防衛だったのかもしれない。
「ちょっとね、ジャンプしてみたいなぁって」
「こんなところで、ねぇ」
 やはり、撩は何かを感じている。だからこそ、香は出来事をしまいこんで、幾重にも鍵をかけた。
 撩が愛してくれるから、自分も愛するのではない。香は撩が好きという、その想いは自分のもので、これからも持ち続けていたい。それが確認できた出来事だからこそ、撩には言いたくなかった。
「いいじゃない。ね、夕ごはんはなにがいい? これから買い物に行こうと思うの」
「おまえの買い物に付き合うのかよ〜」
「じゃ、いいわよ」
「まてまてまて、拒否はしてない。愚痴っただけだ」
「同じです」
「だから、まてまてまて」
 撩が苦笑いすると、つられて香も笑い出した。二人で笑いあえる、そんな時間が愛おしい。
 ふと、近くの店舗からクリスマスソングが流れ出す。周りを見れば、これから訪れるクリスマスに向けて、街はあちこちでイルミネーションが輝いていた。
「なあ、香。南口の方、例のやつが始まったらしいぞ」
「え、イルミネーション?」
「そうそう、それそれ……って、おわっ!?」
 撩が言い終わらないうちに、香は撩の腕に自分のそれを絡める。いきなりの動きに驚いて香を見ると、彼女の目は、なぜか期待に満ちている。
 どうやら、さっきの場所では香ちゃんも頑張ったようだから。ここは姫をエスコートしましょうか。
「じゃ、見に行くか?」
「うんっ!」
 とびきりの笑顔を送られて、撩は思わず微笑んだ。この笑顔こそが、撩をこの世間に繋ぎ止めてくれるのだ。


 今夜、撩は死神になる。請われて人を殺めて多額の報酬を得る彼は、どうやってもこの世間に馴染まないのに、香の笑顔が橋渡しをしてくれる。彼女がいなくなれば、撩は世間への橋を失い、再び闇の中のみで生きるようになるだろう。生温くも甘い時間を一旦味わってしまえば、手放すのは惜しいし、遠慮もしたい。
 だから、撩は香を言葉で縛りつけ、激情の檻に閉じ込め続ける。
 これまでも、これからも。
「そうと決まれば、行くか。ほれ」
 腕をゆっくり解いてから手を差し出す撩に、香はスッと手を重ねる。いつから自然と、こんなことが出来るようになったのだろう。それぞれそう思っても、答えを出すこと自体が無意味だと理解していた。撩の手から、決して血は消えない。犯した罪は赦されない。


 過去は過去、未来は不透明。
 今がすべて。
 だから、理由などいらない。


 はぐれないように手を繋いだ二人は、クリスマスで光輝く街の中に紛れ、そして見えなくなった。







 「自分の話で本を作ってみたら、一体どんな感じになるんだろう?」と思って使用した作品が、このTRANSでした。自分でコピ本をこしらえ、差し上げた方からは装丁や段組についてご意見をいただき、今後の参考とさせていただきました。しかしこの先、形になるのはいつなんでしょうね(いつかは…)。
 その際、書き下ろしとして収録したのが、今回の話です。この時期の内容でしたので、今年のクリスマスは、こちらをアップさせていただきました。
 
 恐らく、今回が本年最後のアップになると思います。この一年、皆様、本当にありがとうございました。
 コメントへのお返事もできずにおり、そして話もそんなにはアップできない一年でした。来年も同じような状況かなと思いつつ、ぼちぼちと話を書ければと思っております。
 たまにここを思い出していただき、見に来ていただけると嬉しいです。
 それでは皆様、素敵なクリスマスを。そして、よい年をお迎えくださいませ。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息してたけど、只今休眠中。

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