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Ambivalent and Vague

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ロマンチスト

WILL YOU BE MY VALENTINE?

 
 着慣れない服だと、どうも落ち着かない。撩はそう思うも、今日は誘われた側なのだから、相手に合わせるのが礼儀というものだ。しかし、誘ってきた相手は、パートナーの香である。


 数日前、リビングでゆっくり読書をしていたら、急に飛び込んできた香から一気に「お願い」をまくしたてられた。その勢いに負けて「はいぃ……」と答えると、緊張からか強ばっていた香の表情が緩み、満面の笑みになった。踊らんばかりに喜ばれれば、今さら自分の返事を撤回しようとは思わない。ただ、持っていた本が手からポロリと離れ、床に落ちた胸たわわな女性をすぐには持ち上げられなかったほどには、撩が呆然としていたのも確かである。


 さて、香の「お願い」というのは、「バレンタインの17時から21時までの間、時間を貸してくれないか」というものだった。いつもの格好ではなく、洒落たレストランでも大丈夫な格好でと言われると、それはそれで迷うものだ。ネクタイはなくてもいいとのことで、持っていた服を適当に組み合わせてみた。ダークグレーのジャケットに、中は黒いTシャツ。ズボンも黒ながらも、コットンとリネンが混ざった生地のために軽やかな印象であり、動きやすさも保たれている。


 リビングで待っていると、5分くらいしてから香が入ってきた。撩と同じく黒メインの服装で、ワンピースである。袖がベル状に広がったベルスリーブが特徴の服は、袖だけが白黒のストライプだった。襟元は大きなV字を描き、そこから下には4つのパールボタンが一列に並んでいる。シンプルでありながら、どこか華やかさも醸し出している。そこに白いノーカラーのコートを合わせれば、ちょっとしたパーティーでも大丈夫であろう。用意されていたヒールのない赤い靴はかわいらしさを演出するが、スッと尖った形状と、かかとを覆いストラップに伸びるエナメルのワインレッドが、同時に大人っぽさも加えていた。なかなか難しい着こなしであるも、それをいとも簡単に自分のものとしてしまうのも香だ。「似合っている」とは言えない分、貶さないようにと言葉を抑えるのが撩にとっての精一杯だった。

 ──頑張ってみたけど、やっぱりなにも言ってはくれないのね……。

 香がそう思っているとは気付かず、撩は香の半歩後ろをついていった。





 香に連れられていったのは、新宿から数駅先にあるレストランだ。歴史を感じさせる重厚な建物はライトアップされ、案内された場所から見える庭園は美しく手入れされていた。
 香と向かい合って、食事をする。食事をすること自体は、これまでにたくさんの女性と数え切れないほどやってきたはずなのに、やはり今日は撩の気持ちが落ち着かない。どうしてなのかを考えてみてもすぐに答えが出そうにはないから、せっかくの食事を楽しもうと切りかえようとするも、どこかうまくいかない。
「撩、ここの食事、口に合わなかった?」
 香が心配そうに尋ねてきた。確かに料理は美味しいし、ロケーションも素晴らしい。申し分ないはずなのに、どうにも撩は言葉を発することができない。
「いや、うまいよ」
 やっとの思いで口にすれば、香は少しだけ寂しそうに笑っていた。
 そんな表情をさせたいわけではないのに。もっと笑っていてほしいのに。
 何かに心を占められたまま、レストランでの食事は終わった。どうしてなのか、まだわからないままで。





 次に来たのは、お台場に近い公園だ。遠く向こうには光輝く観覧車が回っており、それを香は時折見つめている。
「乗りたいのか?」
 そう尋ねても、香は首を横に振るだけだった。
 ──どうして、香は今日の時間を欲しがったのだろう。どうして、何も言ってくれないのだろう。どうして……。
 そのとき、撩はふと思いついた。「香の考えがわからない」、今日はそれに尽きるのだ。
 いつも撩は、単純な香のことだから、何を考えているかなどわかりやすいと思っていた。確かにそれは本当で、香は考えが顔に出やすいし、嘘をつくことも苦手だ。彼女の言動をしっかりと見ていれば、何を考えているのかは手に取るようにわかる。ただ、今日はそれがわからないから、撩にとって不確定要素ばかりだった。
 今の自分たちをこのまま流してしまうこともできる。とはいえ、それが最善策なのかどうかはわからないし、撩の勘では不正解だ。
 だったら。


「なぁ、香」
 そう呼び止めると、前を歩いていた香がピタッと立ち止まり、ゆっくりと振り返った。その動きはどこかぎこちなく、香も緊張しているようだ。
「香、今日はなんでおまえ、俺にこんなことを?」
 奥多摩の後、二人の間には明らかな進展はない。そのせいで香が焦り、今日のことを計画したとも考えられる。しかし、そんな単純なことではないような気もして、答えを持っている香に聞くしか、確かめる方法はない。
 少しずつ関係を進展させようとしてきて、いつの間にか自分までぎこちなくなり、ここまできてしまった。撩だって、関係を変えられるものなら変えていきたい。そのきっかけとなるならば、今このときを使うに越したことはないのだ。


 予想通り、香はなかなか答えてはくれない。撩はひたすら、香から言葉が出てくるのを待った。自分が何かを言えば、香はその内容に乗っかるように答えてしまうのだろう。撩が聞きたいのは、香自身の言葉だ。撩に合わせた言葉ではない。
「……あたしが、やりたかったから……」
「え?」
 香の呟きは撩にとって予想外で、つい聞き返してしまった。それを非難と受け取ったのか、香は一気に話していく。
「だって、撩は何もしない。あたしたちは、なにも変わらない。それを撩が望むのなら、このままでいいと思ってた」
 香は自分を抱きしめるように腕を組み、そのままクルリと回って背中を向けた。
「でもね、やっぱり、好きな人とやりたいことってあるよ。あたしにだって、そういうのはあるの。だったら、自分で頑張るしかないじゃない」
「香……」
「撩からしてみれば、面倒だったのはわかる。……一緒に食事をして、こうやって夜景を見て。叶えば、あたしはそれでよかった」
 そう言ったあと、香はうなだれた。
「だけど、撩は楽しそうじゃなかったから、悪いことしちゃったなぁって。……ごめんね、無駄な時間を取らせて。今年のバレンタイン、食事でどうかなぁって思っただけだったからさ」
 香が左手の時計を見る。針はそろそろ21時を指そうとしていた。大きく深呼吸するように、香の肩が上下する。
 一回、二回。
 そして体を回し、再び撩を見上げたときには、笑顔になっていた。
「もう約束の時間は終わったよ。ありがと、付き合ってくれて」
 いつもの元気な香が、今はどこにも見当たらない。この笑顔は健気さのかたまりで、むしろ痛々しい。
 ──どうして、自分は何もしてこなかったのか。どうして、何も言えないのか。
 それでも、撩にだって一つだけわかっていることがある。それは、今すぐ香の手を取らないと、二度と掴めないということだ。
 彼女はきっと、諦める。今日のことは香にとっては賭けであり、望みがないのであれば、最後の記念にするつもりだったのだろう。今後はパートナーとして側にいても、男女としての未来は既に終わっている。彼女が望みを捨ててしまえば、どんなに撩が望んでも受け入れてはくれない。それは、撩が願う未来では決してない。


 立ち去ろうとしていた香の左手を、撩は右手で引き寄せた。香の細い体が撩の胸に飛び込む形となり、撩はそのまま香を優しく抱きしめていく。突然のことに驚いた香は、太く逞しい腕から逃れようと体を動かしたが、逃れることはできない。
「撩、もういいから」
「だったら、ここからは俺につきあって。寒いから場所を変えて、少し話そうか」
 抱きしめた手で背中を優しくトントンと叩けば、ぎこちなかった香の体から少しずつ力が抜けてもたれかかってくる。その重みすら、撩にとっては愛おしい。
 これからもずっと、これが欲しい。この腕で抱きしめ、ずっと閉じ込めていたい。
「いいだろ、な」
 胸元にいる香を見て声を掛けると、香がゆっくりと顔を上げた。香はまだ、不安そうな目をしている。何をすれば、その不安が喜びの色になるのか。それがわかれば、とっくに実行している。わからないから考えようと思っていた、その時間すら香を傷付けていたというのなら、もう待たせることはできない。
 何を言えるのか、香は何を聞きたいのか。
 まだ明確な答えを見出せないまま、撩は香の肩を抱いてコートで包み、夜がやっと始まった街へと足を向けた。





 数時間後、とあるホテルのバーでは、ゆっくりと酒を味わう男と、ふわふわと酒に酔わされた女と。
「香ちゃん、もう眠い?」
「うん、なんだか、もう夢の中みたい……」
 そう聞いた撩は、何か考えるように宙へ視線を彷徨わせた。前を向くと、バーテンダーを呼んで何かを聞いている。数分後、バーテンダーと一緒に現れた黒服のスタッフは、撩と話しながらカードキーを渡した。
「ほら、香ちゃん。行くぞ」
 香は、酔いで歩きがふわふわとしている。彼女の手を握りしめながら、撩は建物の中を進んでいった。
「りょお、どこへ行くの?」
 そう尋ねる香に、撩は優しく微笑みかける。そんな撩を見ていると、香の中にじわりと広がるのは安心感だ。
 再び前を向いた撩が、何かを言っている。ハッキリと言わなかったから、酔いが回る香には聞き取れなかった。


「今日の礼は、一ヶ月後じゃなくてもいいだろう?」
 艶めいた声の企みは、ふわふわと漂う香にはまだ届かないようだった。







今更感満載、10日遅れのバレンタイン話。

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Author:うーたん
好き勝手に書き散らかしておりまする。書いたお話は、まるで千歳飴(どこ切っても同じ)。タニシのようにひっそりと生息してたけど、只今休眠中。

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